深夜の受付にて
これまでは都合の良い事に、異界からの帰還が深夜帯になる事は無かったので、受付窓口が閉まっていないかとか気にしたことはなかった。広場は閑散としている為、周りを見渡しても探索者達の姿は見当たらない。
ふむ、これはあまり期待できそうに無いかな。
「バーナード様、どうなされましたか?」
「この時間帯はさすがに受付は開いていないかも知れないなあって思ってね」
「そうですね、さすがにこの時間帯では難しいかもしれませんね。時間が時間なので仕方がありません」
急に周りを見始めたので不思議に思ったのかアリスが問いかけてきた。窓口に関しては僕の想像でしか無いがアリスも僕と同じ意見のようだ。
「いや、開いてるわよ受付窓口。私は使ったこと無いけどね」
「え、こんな夜遅くなのに?」
などと思っていたら、マリナさんから意外な返答が返ってきた。驚いて反応を返してしまった為に、ちょっとばかり声が裏返ってしまった。……幸い誰も気にしなかったようだ。
「それはそうよ、買い取り窓口が開いていなかったら、素材によっては傷んじゃって使い物にならなくなりかねないしね。異界都市アミルトにおいて、異界から産出される素材の品質確保は重要な事なの。だから深夜帯用に一つだけ窓口が開いているのよ」
「あー、そう言われてみればそうか」
確かに探索者達の立場からすれば、命がけで異界から手に入れた素材が、ただ夜だからと言う理由で品質を落とされては堪ったものではない。それは売る側も買う側も利害は一致するということなのだろう。
マリナさんは僕達よりも長く、探索者として活動しているので、こういった事情に関してよく知っているというわけか。
しかし高給取りな魔術師達が深夜帯に仕事をするとはね。……いや、それほど意外なことでもないか。昔のことだが要職に付いている魔術師達の中には常在戦場の精神で居る者もいた。特にこの都市では領主であるシェリルさんの努力もあって魔術師達の意識はかなり高いレベルにある事は十分理解している。
「でも、ここ最近は探索者達へのアイテムポーチの普及であまり利用はあまり利用されなくなってきているらしくて、もしかしたら近いうちに廃止されるかもしれないらしいわ」
「ああ、確かにアイテムポーチがあれば素材が傷む心配は無いしね。これまでは所有者が少なかったけど、今は大量に貸出が行われているから、持っているのが常識に成りつつあるくらいに」
「そうね、だから買い取りとか記録の手続きは後日ゆっくり行うことにして、とにかく宿や家に戻って休みたいって思いが優先されるって事ね」
異界探索は数日に渡ることが多いから、その意見は至極当然ではある、か。マリナさんが利用したことがないと言うのも同じ理由からなのだろう。マリナさんのアイテムボックスも性能は同じなのだから。
「ふむ、そういうことなら後日に回すのもかまわないけど、折角だから窓口の廃止前に一回くらいは利用しておくのも有りかな。皆はどうしたい?」
個人的な思いとしては利用してみたい。口にしたとおりの理由もあるのだが、実際はもう一つの理由が大きい。
その理由とは今回は第二十五層を踏破したということだ。ポータルを潜る際にもジーク達が緊張していた様に、僕たちは未踏の記録を打ち立てたことになる。
つまり普通の時間帯に受付窓口を利用した場合に大騒ぎになってしまうことは想像に難くない。別に今更あまり目立ちたくないとか言うつもりはさらさら無いが、余計な混乱は避けておいても決して損はない。あとは皆の意見次第だ。
「私はどちらかと言えば今からの方が良いと思うわ。皆は?」
「そうね、賛成するわ」
「俺はどっちでも構わねえぜ」
まず返事を返したのはマリナさんだった。その選び方から、恐らくマリナさんも僕と近いことを考えたのだろう。それに続いたエリーシャも同様の考えに至ったようだ。ジークは、……うん。
「アリスはどう思う?」
「今回の踏破に関しては、遅かれ早かれ騒ぎにはなってしまうとは思います。ですが、その騒ぎが受付の最中に発生してしまうのはあまり良くはないと思います」
アリスの意見に皆が真剣な面持ちで頷く。いや、今ジークだけは一瞬驚いた顔をしたよね?
皆の意見がまとまったので、事務所内に入り深夜受付窓口を探す事にする。
事務所内に入ると、案内の掲示がきちんと成されていた為、特に迷うこと無く窓口を発見することができた。まあ、当たり前といえば当たり前か。
「皆様、こんな夜遅くにお疲れ様です」
受付に近づくと受付の女性は姿勢を正すと、深々と頭を下げて挨拶をしてきた。
僕達が事務所に入った時にはもう気が付いていた様で、ずっとこちらを向いて待っていたくらいなのでタイミングも実に抜かりない。この様子なら手続きも円滑に進むことだろう。
こんな時間帯にもかかわらずに笑顔を絶やさない姿勢には非常に好感が持てる。よく教育が行き届いている証拠である。まあ、一番乱暴に窓口業務を行っているのはシェリルさん本人だったりするんだけどね。
少々考え事をしていると受付の女性が不思議そうに首をかしげる。
「どうかなさいましたか?」
「あ、いえ、窓口業務も大変ですね」
受付の女性は心配そうな面持ちでこちらの様子を窺っていたのだが、まさか労われてしまうとは思っていなかったのだろう。思わずと言った感じに口に手を当ててクスリと自然な微笑みを漏らした。
「探索者の方々に比べれば大したことはありません。この度はどのようなご用件でしょうか?」
「素材の買い取りをお願いします。あと、階層の踏破をしたので、探索者証の記録更新もお願いします」
そう宣言してから、前もってアイテムポーチから出しておいた探索者証と、素材の入ったアイテムポーチを机の上のトレイに乗せる。
「かしこまりました。それではまず先に皆様の探索者証の提出をお願いします」
既に要求されることがわかっていた事もあり、皆が待っていましたとばかりに一斉に探索者証をトレイの上に提出する。そんなに慌てなくても窓口は逃げないよ。
などと思いながら微笑ましく眺めていると、受付の女性が提出した探索者証に目を通しはじめる。――そしてなぜかわからないが、その動きが止まってしまう。そして一拍置いて、手元の資料と探索者証の間を視線が目まぐるしく移動しはじめる。
そして、ついに視線を動かすことを止めて一つ深く呼吸をしてからこちらに向き直った。その表情は非常に心苦しい感情が見て取れる。
「……バーナード様、アリス様、ジーク様、エリーシャ様、マリナ様、申し訳ございません。本日は受付が出来ないようです」
……はい?
受付が出来ないってどういうこと? つい先程までは受け付ける気は十分にあったように見えたんだが……。
「すみません、ちょっとよく聞こえなかったんですが。……聞き間違いかな?」
「は、はい! バーナード様のおっしゃりたい事も重々承知しております。……ですが、その」
「その?」
「りょ、領主様より指示を受けておりまして、お手紙も預かっております。どうぞご確認のほどよろしくお願いします!」
何度も聞き直した事で妙な誤解を与えてしまったのか、一段階上のトーンで答えながら近くの棚に魔力を通し始める。すると棚が開き、中から領主の紋で封された封筒を取り出すと、うやうやしく僕に手渡してくる。
少々想定外だったので、一旦セントラルでスキャンをしてみたものの、間違いなくシェリルさんの物であるらしい。
仕方がないので、受け取った封筒の封を解き中に入っている紙を取り出す。
「ゴメンネ、明日の昼頃に私が担当させて(はぁと)」
……はぁとって、コラ。
受付って逃げることもあるんだね。




