点眼ポーション
確かにジーク達の言うように、ここから先は未踏の領域に入る。慎重になるべきところは当然あるが、だからといってそこまで緊張までする必要は無い。
「前にも言ったと思うけど、最上階まで行くつもりなんだから、まだ半分も踏破してないのにそんな事は気にするだけ時間の無駄だよ」
「……まったく、心臓に毛でも生えてるんじゃねえのか? ああ、すまねえ。悪い意味だけで言ってるわけじゃねえんだ。なんつーか、この天獄塔に関しちゃ孤児院でも色々と聞かされて育ったもんだからよ。どうしても特別な事に思えちまうんだ」
天獄塔への、いや探索者という花形職業への思い入れというものだろうか。魔術の素養がある人間はともかく、それを持たざる者にとっては、特にジークのような孤児院で育った者にとっては、選択しうる中で特別な位置付けなのかもしれない。
だからこそ、ダニスさん達を見るジークの目は子供のように輝いていたのだろう。そう考えると僕たちは、これからそういった立場になっていくことになるわけか。がっかりされるようなことだけは無いようにしないとな。
近代錬金術に関しては都市外にもオープンになったわけだし、いっその事もっと探索者向けの魔道具をアウトプットして次世代の探索者を増やしていくのも有りかな。ふふふ。
「……また何か妙なこと考えていそうね。そんな事よりそろそろ――」
少々思考に入りかけたところで、エリーシャが少々棘のある口調で割り込んできた。我に返り視線を向けると少しではあるが女性陣の機嫌が悪くなっている様に感じる。
「まあ、とりあえずポータルに入って上に行こうか。皆、外に出る前に身体を乾かしたいでしょ?」
「さんせーい、早く入りましょ」
エリーシャがいち早く返事をすると、ポータルに足を踏み入れた。皆もそれに続いて上層へと移動を始める。……際どいラインだったようだ。
ポータルを抜けると、長年見慣れた壁が視界に入る。……コレを見ると落ち着くなぁ。早く研究室に戻りたいものだ。
皆が思い思いの場所に位置取り、荷物を置き始める。一息ついて、アイテムポーチの中を探し始めると、エリーシャが声をかけてきた。
「ところで、さっきバーナード君が乾かすって言ってたけど、もしかして便利な魔道具があったりするの?」
「うん、ちょうど今探してたところ。もちろんあるよ。旅先で風呂に入った時に使っていたやつ。――あったあった」
そう言ってアイテムポーチから一つの魔道具を取り出す。
「このフルドライヤーを使えば、一分くらいで全身が乾くと思うよ」
「随分と大きな箱ね。もしかして中に入って使うの?」
「そうだね。この電話ボックスサイズの箱はあくまで補助的な位置付けで、フルドライヤー本体は中に組み込んである物が本体。箱の中に入って起動すれば、すぐに乾かし始めてくれるよ」
「デンワボックス?」
「ああ、エリーシャでも馴染みがないか。ごめん、忘れて良いよ」
「まあ錬金術の言葉はなれない言葉が多そうね」
ふむ、確かに錬金術、特に近代錬金術に関する造語には一般に馴染みがない名称が多かったりはする。セオドールがぽんぽん新しい言葉を使って説明し始めるもんだから、僕も含め皆がそれを理解するのに苦労したものだ。
勿論、電話ボックスというのもセオドールが発信元となった言葉である。
まだ僕達が若い頃、近代錬金術の爆発的な普及に伴い、とある計画がセオドールの手により発案された。それが電話ボックス設置による通信網革新計画である。
その壮大な計画では、通信機を入れた箱を全都市に設置し、これまで魔術師が雇える金持ちしか使うことができなかった都市間の遠距離通信手段を一般に普及するというものだった。
この計画はとある重大な問題によって廃案と成ったわけだが、その時に試作された箱を再利用しているので、つい表現として使ってしまった。
ちなみにその重大な問題というのは、遠方の都市との通信が必要となる人は殆どが金持ちで、殆どの人は生まれた土地で一生を終えるわけだから、そもそもターゲットとなる層が存在しなかったと言う、セオドールにしては非常に片手落ちな理由だ。あの一件で発案したセオドールは、その発言力を一時的に落とすこととなったのだが、まあこれは余談か。
そんな訳で箱の大きさを表す名称にだけが結構広まっていたのだが、それすらもこの時代には残っていないということだ。
閑話休題、フルドライヤーの使い方をエリーシャに教えていると、気がつけば皆が僕の説明に聞き入っていた。皆、びしょ濡れだし当たり前か。
非常に民主的な話し合いの元で利用順が決定され、エリーシャ、マリナさん、アリス、ジークという順番になった。ジークは少々不満気味だが男性一人対女性三人など始めから勝負にも成りはしない。
今、丁度マリナさんが乾燥を終えて、箱から出てきたところである。箱内の温風がよほど気持ちが良かったのか、とてもとても上機嫌である。
ところで、先ほどまであれ程のプレッシャーを放ち続けていたマリナさんだが、未だにオハナシとやらは成されていない。……いっその事、この上機嫌のまま、すっぱりと忘れてくれれば良いのだが。
「それにしても、何だかまだ目の感覚がおかしいぜ」
ジークが何度もまばたきをしながら、時折目をこすったり、視線を床や壁の間を行き来させながら危険地域をあるき始める。頼むから黙っていてくれ……まったく、余計なことを。
しかしとっさの判断だったとは言え、確かにジークに迷惑を掛けてしまったことに関しては反省するべきではある。というわけで、マリナさんが何かを言い出す前に行動を開始する。
「とりあえず、視界の回復にはこのポーションを使うと良いよ」
そう言って、アイテムポーチから該当のポーションを取り出してジークに手渡す。それを受け取ったジークは首をかしげながらまじまじと眺め始めてしまった。そんなに妙に感じたかな?
「随分と小せえなコレ。バーナードが出すもんだからもちろん効くんだろうが、その分苦いとか落とし穴がありそうだ」
「失敬な。そんな落とし穴あるわけが無いでしょ。それは他のポーションとは使い方がちょっと違うんだよ」
「使い方?」
「そう、使い方。実はそれ、飲むんじゃなくて、目に直接点眼するんだ」
「はあ!? マジかよ!? そ、そんなことして本当に大丈夫なのか?」
「もちろん大丈夫に決まってるじゃないか、ほら上を向いて目を開いて」
促されるままにジークが上を向いたのだが――
「ほら、目を閉じない」
視線の先見える点眼ポーションに緊張しているのか、ジークのまばたきの回数が激増する。しかたがないので、点眼ポーションを持っていない方の手でまぶたを押さえて、目薬を瞳に投下する。
「ぐあぁ目が、目がぁ!」
再びのたうち回るジーク。ああ、言い忘れていたけど、コレ結構目に染みるんだよね。
その後、何とかジークの抵抗を押さえ、両目への点眼を完了した。
ようやく落ち着いたジークだが、まだちょっと涙目になってしまっている。
「どう? ちゃんと聞いたでしょ」
「あ、ああ。効いたと言えば効いたんだが……」
はて、点眼ポーションを体験した割に、ジークの反応は乏しい。体験した本人も言っていることだから、さすがに効き目がなかったということは無いはずなのだが。
「見えすぎて、なんか感覚がおかしい」
「ああ、そっちか。しばらくの間は色々なものがよく見えるから、効果に慣れるまで休憩しようか」
そう言って、ジークの肩を支えエリーシャの近くに座らせる。
ちなみに、アリスの後にフルドライヤーを使おうとしたジークが盛大に転んでしまったのだが、幸い怪我はしなかったようだ。
ジークの感覚が元に戻るまで休憩を取った後、皆の撤収準備が整ったことを確認してから、ポータルを使い出口に向かうことにする。
ポータルを抜けると、まず目に入ったものは閑散とした広場だった。それもそのはず、第二十五層で地下迷宮を歩き回ったせいか時間の感覚は少々怪しいが、モノクル越しに確認できる情報からは確か現在は深夜で間違いはない。
そういえばこの時間って受付やってるのか?




