オハナシしましょうね
そう言えば皆の装備に防水、いや撥水といえば良いのだろうか、その機能は付加した記憶が全くない。
割と時間を掛けて改造したので、皆の装備に関しては概ね万全の状態である認識でいた。しかし撥水機能に関しては僕の装備にもはるか昔に付加したものなので抜けてしまっていた。
よくよく思い返して考えてみれば、カーボネーテッドウォーター・エレメンタルとの戦いの辺りで気付くチャンスはあったのだが、まあ今さらか。
問題はこの皆からの文字通り刺さりそうな視線をどう切り抜けるか、今一番考えなければいけないのはそこだ。
「……トゥルー・アンセスターは灰になったみたいだね」
「はーい、こっち見よーか?」
……ダメか。
視界の端に灰になったトゥルー・アンセスターが見えたので、ダメ元で話題を振ってみたのだが、すかさず近づいてきたマリナさんに頭を鷲掴みされて無理やり振り向かされてしまった。力強すぎませんかね?
「水も滴る良い女ということで何とか――」
「なるわけないよね?」
「デスヨネー」
いかんな。これ以上は火に油を注ぐ結果に成りかねない。ここは諦めて小言を聞くことにしよう。
――先ほどまで烈火のごとく怒っていたマリナさんが離れた事で、遠巻きに傍観者と化していたジークが近寄ってくる。次は君か?
「そんなに警戒すんなって、言っとくが俺は別にそれほど怒ってやしないからな。まあ怒っててもマリナの後じゃ逆に冷静になっちまうさ」
「それは助かるよ。アレはさすがにちょっと疲れた」
「何か言ったかしら?」
「イエ、ナンデモナイデスヨ」
「なんでカタコトなんだよ」
せっかく落ち着いたばかりなのに、再燃させるわけにはいかないからな。
少々呆れが混ざった様子でこちらを見ていたジークが、何かを思い出したように視線を巡らす。この魔道具に興味があるのだろうか?
「それにしても、また随分と変わった魔道具だな。しっかし、なんで美容なんて気にしてんだよ」
「いや、別に美容のために作ったわけじゃないんだけどね」
少なからず興味を持ってくれたのか、手元の魔道具に目を近づけて上から下から眺めているジークの様子がちょっと嬉しい。
「この魔道具は色々な液体を霧状に噴出することが出来るんだ。例えばこれにポーション入れて使うと疲れが一発で吹っ飛ぶ。訓練とかで疲労が溜まったりした時に結構重宝するんだよ」
「ほー、そりゃすげえな。特訓した日とかにあると便利じゃねえか」
「そうだね、ポーション霧の中で鍛錬すると疲れ知らずだよ。相当長く特訓してもなかなか疲れないしね」
疲労回復という名目はジークにとっても非常に惹かれる魅力的な機能だろう。まあ、唯一問題があるとすれば、なかなか使える場所がないことだろうか。
ここみたいな水浸しになっても問題がない場所というのはどうしても限られている。……そうか。折角シェリルさんという都市開発を喜んでくれそうな要素があるのだ。コストはそれなりにかかってしまうが一度提案してみるのも良いかもしれないな。昔の様に研究成果を発表して終わりにせずに、もっと広く色々な分野に展開していくべきだろう。
可能であればリラックスが出来る静かな場所であることが好ましい。例えばこの城のように柔らかい光は雰囲気が出ていいだろう。そう思って辺りを見渡すと城内に差し込む月明かりが、室内を薄っすらと照らしており幻想的な雰囲気を醸し出している。……月明かり?
マズい!?
慌てて視線を灰になったトゥルー・アンセスターへと向ける。――やはりいない!?
トゥルー・アンセスターを見失ってしまった焦りから、咄嗟にミストサウナを起動すると再び勢い良く白い霧が吹き出し始める。すると当然起こり得る事象と言えば――
「ぐあぁ目が、目がぁ!」
突如魔道具から吹き出した白い霧が、排出口を覗き込んでいたジークの目に直撃したのだ。目を押さえながら先ほどのトゥルー・アンセスター宜しく床をのたうち回るジーク。
……ごめん。咄嗟の判断でそこまで気が回らなかった。しかしその甲斐あってか、月明かりで灰の状態から復活してマリナさんの背後に忍び寄っていたトゥルー・アンセスターも仲良くのたうち回っていた。
ちょっとしたトラブルはあったものの、復活したトゥルー・アンセスターを苦なく無力化出来たので、ひとまずの安心を得ることは出来た。
これまで遭遇したことがなかったために忘れかけていたのだが、真祖の吸血鬼は灰になってもそれだけでは完全に死ぬことはない。そして月明かりを浴びることにより、復活することがあるという話を聞いたことがあったのだが、ギリギリで思い出せた自分を褒めてやりたいところだ。
完全に滅するためには確か……そう、灰を流水に流せば良い、のだが生憎このガーディアンの領域には川も水路も無いため流水は存在しない。他の手段といえば、確か心臓に金属の杭を打ち込むことでも滅することが出来るはずだ。
よし、善は急げだ。
「今度はちゃんと止めを刺さなきゃね」
そう言って、アイテムポーチからミスリルの塊を取り出して杭の錬成を始めると、僕の手の中で淡い光を放ちながら、ミスリルの塊が少しずつ形を変えていく。精度が非常に落ちるので普段はやらないが今回の用途は武器ではなく、あくまでも杭程度なので精度は必要ない。適当でも十分だ。
程なくして、一本のミスリル製の杭が出来上がった。
強化聖水の霧のお陰で再び灰になりかけているトゥルー・アンセスターの元に歩み寄る。復活なんかしなければこんなに何度も苦しまなくて良いのになぁ。
片膝立ちの体勢になり逆手に持った杭を振り上げる。
「これで終わりだよ」
勢い良く振り下ろしたミスリル製の杭が、胸元に吸い込まれるように突き刺さった。すると、先ほどまで灰に成りかけていた変化が止まり、手足の先の方から昇華されるように消滅していく。
「あ、忘れるところだった。よいしょ」
せっかく復活してくれたことだし、完全に消滅する前に牙を回収しておかなきゃね。
口に手を入れて牙をへし折ると、パキッという心地よい音が響き、僕の手元に二本の犬歯が残る。そして犬歯以外は跡形もなく消滅した。
終わってみればあっけなかったが、皆にとってはなかなか戦いにくい部類の敵だったようだ。どちらかと言えば魔術師や司祭が得意とする敵なので、今回のような苦戦は仕方が無いことだとはわかってはいたが、実際に目の当たりにしてしまうと悔しくもある。
今後はもう少し苦手な敵を減らせるように攻撃手段を増やしていかなければいけないな。この探索から帰ったら早速取り掛かることにしよう。
さて、と。それじゃあ上層へのポータルを探しますかね。
「バーナードくーん、助かったわ。でも、後でゆっくりとオハナシしましょうね」
静かな、でも非常に強いプレッシャーを感じて振り向くと、そこにはマリナさんがこれまで見たこともないような満面の笑みで立っていた。
皆で上層へのポータルを探そう。……ね?
ポータルへと続くであろう階段は、トゥルー・アンセスターが座っていた玉座の後ろの床が開いたことで割りと容易に見つかった。
「また地下かよ」
「ふふ、そう言われてみればそうね。怖い?」
「ばっ、ばっかやろう! そんなわけねえだろうが!」
この城にたどり着くまでずっと地下迷宮を通ってきたわけだから、ジークの嫌そうな言葉には皆が同意を示した。エリーシャだけはそのツッコミも慣れたものだ。
ちょっとしたお約束を終えて皆の意識がまとまったところで階段を降り始めた。
階段は地下迷宮から上がってきたときほど長くもなく、少し下りただけでポータルのある部屋にたどり着く。
「いよいよですね」
「ん、何が?」
アリスが発した言葉の意味がわからず、つい反射的に問い返した。すると何故か皆の反応がおかしい事に気が付く。……はて?
「いやいや、この先は本当の意味で未踏の領域だろうが、なんでそんなに落ち着いてんだよ?」
若干緊張しつつもどこか呆れた様子でジークがそう言い放つ。
……ああ。




