逃げ場は残らない
僕が動き出すよりも一瞬早くジークが動いていた。これは少々驚きを隠せないレベルの出来事とも言える。マリナさんも突然の出来事に時間が止まったかのようにも見える。
これまでは確かに反応速度は向上してはいるものの、それはあくまで自身が敵と相対する事に偏っていた。今までのジークでは間に合わなかったと思う。しかし今の行動は以前に比べて明らかに視野が広がっている。
もしかしたら地下迷宮で行った索敵訓練が、僕の思っていた以上に効果を上げていたということなのかもしれない。索敵性能に関してはエリーシャに及ばないが、戦場や味方に向けて視野が広がり今回のような形で役に立ったようである。
「ぼさっとしてんな、一旦下がれ!」
「え、あ、わかったわ!」
突然の出来事であったが故に皆が呆気にとられる中、ジークが発した言葉をきっかけにマリナさんが我に返る。
慌てて飛び退き、トゥルー・アンセスターとの距離を空け、再び戦闘態勢に入る。手に持った武器は光剣。光銃は先程避けられたイメージが色濃く残ってしまったのだろう。
「テメエもいい加減に離れやがれ! おらっ!」
ジークと接敵したまま不気味な笑みを浮かべるトゥルー・アンセスターに苛立ちを感じたのか、腕を押し返すように一歩前に踏み出して、そのまま武器を振り抜いた。この距離とその鋭い一撃なら――残念ながら、トゥルー・アンセスターには当たらなかったようだ。
押し返される寸前で再び霧状に変化すると、巻き起こる剣筋に乗ってジークの剣に巻き付くように移動し距離を取る。そして口角を釣り上げ嬉しそうに笑みを浮かべた。
今回の敵にダメージを与えるのはかなり難易度が高そうだ。先ほどの件で射撃による点、剣閃による線、それぞれ見事なまでに回避されてしまった。そうなると次は面、ってどうすれば良いんだ?
今後の攻め手に関して、少々考えを巡らせていると再び皆が動きだす。アリスとジークがトゥルー・アンセスターを挟み込み、次々と攻撃を繰り出す。そしてその隙を狙いすましたかのようにエリーシャが精霊の力を借り、風の精霊魔術をぶつける。
この連携攻撃は効果があったようで、霧状になったトゥルー・アンセスターは元の姿に戻りよろめく。とはいってもその直後にジークが振り抜いた一撃は霧になって回避されてしまった。効果はあるものの決め手には欠ける、か。これが外なら風の精霊魔術も有効なダメージソースに成るのだが……。
さて、と。
先ほどからの数回の攻防で、トゥルー・アンセスターの攻め手に関しては、今のところはこれと言った脅威は感じない。しかし、こちらの攻撃も有効打には欠けているのも事実。ひとまずは地道に削っていくしか無いだろう。
「クソッ、ちょこまかと逃げやがって!」
先程から少しずつイライラが溜まり始めているジークは、その言動からも感情が伝わってくるようになった。
とは言っても、これだけシームレスに霧になられては、こちらの攻撃もなかなか当たるものではない。冷静さを欠いては当たる攻撃すら当たらなくなってしまいかねない。
「こいつもアンデッドなのよね? 前みたいに強化聖水は効かないの!?」
「効くか効かないかであれば、効くよ。普通の吸血鬼なら炎を上げて消滅させられる。まず間違いなく有効ではあるけど、それが真祖の吸血鬼にどれだけ効くかは判らない。……それに、霧状になった相手にはなかなか当たらないしね」
相手の攻撃のスキを狙えないかと思いいたり、先程から数回に渡りカウンター気味に反撃をしてみたのだが、それでも霧になって躱されてしまったのだ。どうにも慎重な性質を持っているのか、攻撃を諦めてでも回避を重視している程である。
このままでも倒せないことは無いだろうが、とにかく時間がかかってしまいそうだ。そうなると一度のミスが戦況に悪影響を及ぼしてしまう可能性もゼロではない。念のため何かしらの打開策を講じる必要があるだろう。
とにかく霧状になられるのが一番厄介だ。霧、か。――あっ!
突如頭の中に一つのアイディアが閃いた。とっさに周りに視線を巡らせて現状の確認をする。――大丈夫だ。
今閃いた方法ならばトゥルー・アンセスターがいくら霧になろうが回避できるものではないはずだ。そう思いアイテムポーチからとある近代魔道具と強化聖水を数本取り出す。
「バーナード君、何やってるの!?」
「ちょっと良いことを思いついたんだ。準備している間、時間を稼いで!」
聖水が入った瓶の栓を抜き、手元の魔道具に注ぎ込む。一本、また一本と瓶の中身が空になっていく。マリナさんは僕の様子を見て一旦期待の表情を見せると表情を引き締め、トゥルー・アンセスターへと向き直る。
「皆聞いた!? バーナード君の準備ができるまでここに足止めするわよ!」
「わかったぜ!」
「了解!」
「かしこまりました!」
――魔道具の起動準備が完了するまでの間は、これと言った妨害行為を受ける事は無かった。皆の連携攻撃が功を奏したお陰で、トゥルー・アンセスターは僕の行動に興味を持たなかったようだ。
「よし、準備完了。今から起動するから皆慌てないでね!」
そう言って、手元の近代魔道具をフルパワーで起動する。
すると次の瞬間、魔道具の上部先端から勢い良く白い霧のようなものが吹き出した。そして、その白い霧は瞬く間に周囲を覆い始める。
「な、なんだこりゃ!?」
慌てるなと言ったはずだぞ。
ジークが慌てている間にも白い霧はその勢力を伸ばし、ついにはトゥルー・アンセスターの身体に触れる。――と共に、トゥルー・アンセスターは激しい痛みを訴えるかのように叫び始める。
「ぐ、ぐぁぁあぁぁぁ!? ガァアァァ!」
燃えはしなかったようだが、あまりにも苦しかったのか、トゥルー・アンセスターは叫び声をあげながら、のたうち回るように白い霧から逃げ始めた。だが――
「無駄だよ、もうこの領域に逃げ場は残らない」
ここがオープンフィールドならば逃げることも出来ただろう。しかしながらここはガーディアンの領域だ。このトゥルー・アンセスターがガーディアンである以上、この領域からは出ることは決して叶うことはない。
加えてここは屋内で、見渡して確認した限りでは多少外に漏れはするだろうが領域内に充満させる事は十分に可能だ。点でも線でも面でもダメ、それなら領域だ。
霧になって逃げ始めるも、想定通り領域の端で見えない壁に遮られ、それ以上白い霧から離れる事は叶わない。最終的にダメージを緩和するためかわからないが、霧状から元の姿に戻り白い霧に飲み込まれる事となった。
トゥルー・アンセスターの反応がなくなったのを確認して、魔道具の動作を止める。また白い霧が充満しているが、じきに消えるだろう。
魔道具の停止を確認して、マリナさんが僕のそばに寄ってきた。
「やっと終わったのね。……それにしてもコレは一体何なの?」
「この近代魔道具はミストサウナと言って、温めた液体を霧状に散布する魔道具なんだ。本来はもう少し狭い場所で使うものなんだけど、出力が足りてよかったよ」
「……それにしてはトゥルー・アンセスターが妙にのたうち回っていたのだけど。本当に私達大丈夫なの?」
「ああ、それなら心配ないよ。散布したのはあくまでも強化聖水だから」
さすがに人体に影響が出るようなものを散布するわけが無いだろう。そこはもう少し信用してほしいものである。
「閉鎖空間で使用することで美容などにも効果的な健康用の魔道具なんだ」
「え、美容!? そ、それなら構わな――まって、温めた液体って、全然暖かくなかったわよ?」
「ああ、それは防具に温度調整が付与してあるからね。その辺りは抜かり無いよ。今回は暑さを感じなかったでしょ?」
「……まあ、全身びしょ濡れなんだけどね」
……あ、それは考えていなかった。皆の様子をよく見ると僕以外の全員がびしょ濡れとなっていた。




