あ、手が滑りました
何にしても、ひとまずは現状の問題を解決する必要がある。そう思い、アイテムポーチから一本の小瓶を取り出して、そのまま栓を抜く。
「とりあえず、マリナさんにはこれを飲ませなきゃね」
「それは強壮万能薬ですか?」
「本当は万能薬で十分に要は成すんだけど、手持ちの万能薬はこれしかないからね」
そう言って、おもむろに栓の空いた瓶を口元に持っていく。
「ちょっ、まっ」
「――ん? アリス、急に慌ててどうしたの?」
瓶を傾けようとした瞬間に、何故かアリスが突然慌てだした。何かおかしなことでもがあったのだろうか?
不思議そうにアリスの様子を見ていると、僕が手を止めたことで落ち着きを取り戻しつつあるのか強壮万能薬入りの瓶を指差した。
「そ、それはマリナさんに飲ませるものでは無いのですか?」
「そうだけど?」
マリナさんの魅惑状態を回復するために強壮万能薬を使うのだから、マリナさんに飲ませるのは当然だろう。普段は察しの良いアリスにしては妙なことを言い始めるものだ。
「では何故、バーナード様が飲もうとしているのでしょうか?」
「マリナさんは気絶しているからね。口移しじゃないと厳しいかなって思ったんだけど」
昔セオドールが「気絶している女性には口移しが王道だ」とそんなことを言っていたような記憶がある。確かに気絶していては自分では飲めないので十分納得はいく。幸いなことに、これまでにそんな場面に出くわしたことが無かったので、当然の事ながら実践したことも無いわけだが。
「き、気が付いてから飲んでもらえば良いのではないでしょうか?」
「うーん、確かに本来であればそれが望ましいとは思うんだけど、魅惑状態のまま目を覚ましてしまうと素直に飲んでもらえない可能性が高いからね、このまま気絶している内に服用してもらわなければならないんだよ」
「そ、それは確かに、そう、ですね。……あっ! でもでも、気道に入ってしまっては危ないです!」
今まさに思いついたばかりと言わんばかりの理由で、何とか食い下がっているような気もしなくはない。しかしながら、確かにアリスの言う事にも一理ある。とは言え、僕としてはセオドールの子孫に万が一のことがあってはいけないというのは優先度が相当に高いのも事実だ。
せめて薬液を投与する針を持っていれば、それを使えば済むのだが生憎今は持ち合わせてはいない。……さて、どうしたものか?
事態は一刻を争うという焦りのせいか、あれこれと頭を捻っては見たものの、これと言った良いアイディアが浮かんでこない。周りの皆も同様に悩んではくれているものの、残念ながら口を閉ざしたままである。
すると、マリナさんの様子を思いつめるような表情で見ていたアリスが何やら思いついたように口を開いた。
「バーナード様、ちょっと強壮万能薬が入った瓶の形状を確かめさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「瓶の形状? もしかして何か思いついた?」
「はい、確実とは言えませんが念のために確認をさせてもらってもよろしいでしょうか?」
少々不思議な言い回しではあるが、もしかしたらアリスが何か良い案を思いついたのかもしれない。そう思いアリスの目を見つめる。
アリスの瞳の奥には何かしらの決意が見える。確かに現状ではこれと言ったアイディアが無い以上は、アリスに期待を託すしか無いのかもしれない。……よし。
「わかった。まだストックはあるし、アリスのことだから大丈夫だとは思うけど大事に扱ってね。――はい」
「はい、もちろ――あ、手が滑りました」
強壮万能薬をアリスに手渡した瞬間、やけに棒読みな台詞と共に、アリスの手元で綺麗に回転し逆さになった瓶からこぼれた強壮万能薬が、これまた狙いすましたかのようにマリナさんの顔面にぶち撒けられる。そしてその直後――
「ぶはっ、何!? 何!?」
おお、さすがは異界産の素材で作られた強壮万能薬だな。普通の万能薬とくらべても特別に気付けの効果も高いせいか、マリナさんの魅惑状態だけではなく意識もついでに覚醒したくれたようだ。
これなら口移しとか特に悩むこと無く、そのまま瓶で飲ませていても何事も起きなかったかもしれない。それどころか万が一口移しでもしようものなら、口移しした瞬間に覚醒したマリナさんがパニクって全力でぶん殴りにかかってくる可能性のほうが高かったことだろう。
突然の出来事に慌てふためくマリナさんとは対照的に、アリスは流れるような手つきで強壮万能薬が入っていた瓶をアイテムポーチに仕舞うと、何食わぬ顔をしてマリナさんを見つめている。
まあ、マリナさんには悪いが結果オーライということで片付いた事にしようか。先ほどまで時間が止まったかのように完全に傍観者と化していたジークとエリーシャも、その方向で意見を固めたようだ。
改めてガーディアンの領域の前に戻り内部を確認すると、当然のことながら先ほどまでと変わらぬ状態でガーディアンが玉座に鎮座していた。
「さあ、私に妙なことをしてくれたお礼をきっちりと返さなきゃね」
「マリナさん、意気込むのは良いですけど、意識の方は大丈夫そうですか? もし違和感を感じるようなことがあれば、悩む前に後ろに下がっていてくださいね」
「わ、わかってるわよ」
マリナさんが少々前のめりになってしまっている為、念のために声掛けだけはしておく事にする。
マリナさんには、僕が普段身につけている各種状態異常から身を守るアミュレットの一つを貸したので、いかに真祖とはいえ吸血鬼程度の魅惑の邪眼では用を成すことはもう無いだろうと思っている。
改めて皆の顔を見渡す。皆、目を合わせると小さく頷き、手に持った武器を握る手に力を込め始めた。モノクル越しに見える皆の気に関しても十分にコントロールが出来ているようだ。
「それじゃあ行こうか」
そう言って、部屋の入り口をくぐり領域の中へと踏み出す。そして皆が僕に続いて領域の中に足を踏み入れ、それぞれの位置に広がる。
「ぅぅううるるるぅぅぁあぁぁぁ!」
領域内の面子が増えるのに呼応するように、妙な叫び声をあげながら天を見上げて震えるトゥルー・アンセスター。その表情は何やら歓喜に打ち震えているようにも見えた。
奇妙な叫び声を上げる度にトゥルー・アンセスターの持つ威圧感が格段に増えていく。身体を包む黒い瘴気のようなものも、その濃さを増して迸るように体外に漏れ始めた。
……これは、なかなか。
《トゥルー・アンセスター+5》
漏れ出た瘴気のようなものが悪魔の如き翼を形どっている。……四枚か。
吸血鬼が本来持ち得ている紳士然とした立ち振舞いどころか上品さに関しても欠片も残すこと無い。そこには一切の知性は見受けられない、まるで本能で動く獣のような危険さを感じてしまうほどである。
……理性の欠けた吸血鬼、か。超越種である吸血鬼特有の驕りも、このガーディアンには全く見えないところは非常に厄介であると言えよう。
さて、どこから攻めるべきだろうか? などと考えていると、まず最初に動いたのは予想通りトゥルー・アンセスターだった。
立ったままの姿勢で予備動作もなく、まるで滑るようにマリナさんを目掛けて高速移動を見せる。やはり速い!
「まっすぐ来るなら蜂の巣にしてやるわ!」
マリナさんはトゥルー・アンセスターの動きを見るなりアイテムボックスに手を差し入れると、手持ちの武器を光銃に持ち替えて連射する。
光銃から放たれた幾筋もの閃光が無防備に直進するトゥルー・アンセスターにそのまま着弾する――かと思われた瞬間、トゥルー・アンセスターが霧状に霧散した!?
そしてその直後、霧が元の姿を形取り何事もなかったかのようにトゥルー・アンセスターがマリナさんへと迫る。
「マリナさん避けて!」
「えっ!?」
慌てて警告を飛ばすが、マリナさんは状況に反応しきれていない。決して油断していたわけでは無いはずだが、それを加味しても想定の上を行ったということか。
トゥルー・アンセスターの射線に割り込むように移動しようと一歩踏み出した瞬間――
「いっぺん距離を取りやがれ!」
ジークがいち早くマリナさんの前に割り込み、目前に迫るトゥルー・アンセスターの腕を間一髪、両手に握ったバスタードソードで受け止めた。




