邪眼
本格的に迷宮の踏破を始めてからは、魔物との戦闘は皆の索敵訓練に費やすこととなった。デス・シャドウ・ストーカーほどこの訓練に適した魔物はいないと思うので、これだけ大量に機会があるというのは非常に都合が良い。
「そこっ!」
そう言うなりエリーシャは弓に矢をつがえると曲がり角近くの暗闇に向けて連続で射った。矢はその暗闇に吸い込まれるように弧を描き――
「お、正解。今のところエリーシャが一番正解率が高いね」
矢の突き刺さる音と共に、暗闇の中で何かが苦しそうに悶える様に暴れまわる音が聞こえてきた。
僕が照明魔道具を軽く叩くと、ゆっくりと前方に移動して分裂した。そして、証明によって照らされると共に露わになる姿。
二体のデス・シャドウ・ストーカーが蒸発するように消えていった。
「感覚も大体つかめてきたわ。これは本当に便利ね」
「同じ時から始めてんのに、エリーシャに全然勝てねえな」
確かな成果を噛みしめるようにしているエリーシャの様子を見て、ジークが悔しそうに言い放つ。それを聞いたエリーシャは、ちょっといたずらっ子のような顔をしてジークを見て口を開いた。
「ふふ、私のほうがこういった才能があったってことよ」
「ぜ、ぜってえに負けねえからな!」
……子供じゃないんだから。
まあ、多少ふざけあいながらも周囲への警戒を怠っているわけではないので、大きな問題は無いだろう。ただ、マリナさんがちょっと羨ましそうに二人のやり取りを見つめていた。いや、そこには触れない事にしよう。
とは言え、エリーシャが言っていることも実は大きく外しているわけではない。索敵に関する才能という物に関しては間違いなくエリーシャが優れている。これはもともと自然を愛するエルフの特性に近いものなのかもしれない。
体内の気が循環することによって感覚が研ぎ澄まされた結果、精霊の力が弱まっている場所にも関わらず、その存在を敏感に感じることが出来たのだと本人が説明してくれた。
エリーシャほどピンポイントではないが、ほぼ全員が高精度にデス・シャドウ・ストーカーの発見ができるようになっていたので十分な成果であると言えるだろう。
それに、もともと索敵に関してジークはそれほど得意な方ではない。代わりに近接戦闘能力はエリーシャよりもかなり高くなってきているので、エリーシャとの相性は抜群だろう。
それから休憩や野営をはさみながら一昼夜ほど歩き、ついに地下迷宮の出口と思われる地点に到達することが出来た。
「ふう、ようやく出口だね」
「まったく、暗い場所ばかり歩いていると気が滅入るわね。脳筋ドワーフにでもなった気分だわ」
エリーシャがうんざりと言った様子でさり気なくドワーフをディスり始めた。……まあエルフとドワーフは相性が悪いからなぁ。これまでにエリーシャが積み重ねてきた想いは実に重みがある。
階段を登りながらその先を見ると、重厚そうに見える扉が薄っすらと照らし出されていた。入り口のような床画が蓋になっているわけではなく出口は扉になっているようだ。
「それじゃあ扉を開くよ。すぐに魔物と遭遇する可能性もあるから、警戒は忘れないようにしておいて」
扉に手を添えて力をかける。ゆっくりと動き始めた扉の隙間から少しずつだが外部の光が差し込んでくる。光が少々弱いのは屋内だからなのか、それとも外は夜なのだろうか?
扉から出るとそこは当初の想定通り城の中だった。上を見上げると高い位置に備え付けられているステンドグラスの窓から弱い光が差し込んでいる。……月明かりということは、今は夜か。
続けて周囲を見渡すと、石造りの壁が僕達を取り囲んでいる。これまでと同じようにところどころに淡輝石が埋め込まれており、いわゆる幻想的な雰囲気を醸し出している。異界の中にあることが非常にもったいなく感じてしまう程だ。
事前に地図を確認していた限りでは、ここはエントランスから少し中に入った辺りであろう場所だろうと思われる。
ただ、魔物が見当たらない。てっきり城の中は魔物がひしめいていると思っていたのだが、そんなことはなく少なくとも視界の範囲には魔物の存在は確認できなかった。
「……静か、ですね」
まず声を発したのはアリスだった。油断なく辺りを見渡している様は非常に胴に入っている。
「まあ雑魚がいねえのは都合が良いぜ。ガーディアンは多分この奥に居やがるんだろうな」
「そっちは城の入り口ね。奥は反対よ」
「うっ」
エリーシャの指摘を受けて、ジークが恥ずかしそうに呻く。確かに扉を出てすぐの視覚情報から扉の先を即断するのは難しい。しかしながらジーク以外は城の奥を判断ができている。そして本来であればジークも判断が可能なはずだ。
理由は簡単、ジークの奴め直前の休憩の時に地図を細かく見ていなかったな。しばらく反省していると良い。
ふと、マリナさんが声を発していない事が気になってしまい、そちらに目を向ける。すると一瞬目が合うと罰が悪そうにあさっての方向を向いてしまった。……マリナさん貴方もか。
気を取り直して城の探索を始める。とは言ってもこれまでのような迷宮ではない為、奥へと進むのに不自由はなかった。
二階への階段を登り更に奥へと進むと、謁見の間のような場所にたどり着く。入り口に扉はあるが開け放たれており、奥に玉座のようなものがあるのが確認できた。
そして、その玉座には一人の男性が鎮座している。男性は黒ずくめの礼装に身を包んでおり、その透き通るような白い肌をより強調しているようにも見える。非常に整った容姿からは妖艶さも醸し出されており口元には八重歯のような物が見える。そしてモノクル越しに見えるその名は――
《トゥルー・アンセスター》
吸血鬼、か。それも真祖って事は吸血鬼の中でも最上位クラスということになる。
ちなみに真祖というのは人間が魔術によって吸血鬼となった者や生まれながらにして吸血鬼であった者の事を指す。その魔力や身体能力は一般的な吸血鬼とは比べ物にならないほど高い次元に有る。
吸血鬼に血を吸われたことによって吸血鬼と化してしまった下位者は真祖とは呼ばない。
それにしても真祖の吸血鬼なんて、僕でもこれまでにお目にかかったことも無いのになぁ。ガーディアンって事は何度でも生まれてくる訳で、勝手な事ではあるが、何だか残念な気持ちになってしまう。
「って、ちょっと待って!」
しばらくトゥルー・アンセスターを観察していると、マリナさんがふらふらとガーディアンの領域に向かって歩きはじめていた。その瞳からは意思の光が失われているようにも見える。――まさか!?
「皆、気絶させても良いからマリナさんを止めて!」
「えっ!?」
皆が戸惑いの声を上げながらも即座に動き始めてくれたため、間一髪マリナさんを気絶させることで足止めに成功した。
一旦、視界に入らないように脇に移動してからマリナさんの様子を確認する。
『――解析が完了しました』
セントラルの報告を受けモノクルに表示されている情報に目を通す。
やはりマリナさんを動かしたのは魅惑の邪眼だったようだ。僕達のパーティで魅惑の邪眼の影響を受ける可能性があったのはマリナさんとアリスの二人だけだ。しかしアリスは何ら影響を受けた様子はない。
アリスに効き目がなかったのはホムンクルスであるが故だろうか? まあ、何にしろ助かった。魅惑されたのが複数人だったら対処が追いつかなくなる可能性もあったからな。
……それにしても、まさか領域を越えてくるとは思わなかった。僕たちは間違いなく領域の外にいたはずだ。ということは領域を越えて魅惑の邪眼は効果を発揮しているということに成る。これまで物理攻撃も魔法攻撃も領域を越えることはできなかった。
この状況を説明できるとすれば、単純に視覚情報により発揮されたという可能性だろうか?
これは今後の重要課題となってくる可能性が高い。もっと凶悪な邪眼だったらパーティが全滅してしまう可能性もある。対策は考えておかなければならないだろう。




