迷路だった
簡単な説明を聞いたジークは、少しの間だけ考える素振りを見せると一つ大きく頷いた。そして目を閉じて少しだけ足を開いて腰を落とし大きく深呼吸をする。
恐らくジークはこの場の気配を感じ取る為に、先ほど説明した事を試行するつもりなのだろう。皆もそれを感じたのか、誰一人口を開かずに固唾を呑んで見守っていた。
先ほどまで分裂していた照明魔道具も元に戻り一つの球体になって周囲を照らしている。浮遊しているため光がゆらぎ不安定な視界となっている。
――そして十数秒の時間が過ぎた頃、ジークが突然大きく目を見開き暗闇の先を見据えた。
「――あそこに魔物がいやがる」
軽くにやりと笑みを浮かべたジークがそう言葉を発したことで、エリーシャとマリナさんが慌ててジークの視線の先を目で追い警戒態勢に入る。
そして暫くの間、緊張感のある時間が過ぎ――
「なかなか近づいて来ねえな」
「……えーと、そこには魔物は居ないよ。というよりも今は近くに魔物は一体も居ない」
「うえぇ!?」
僕の指摘にジークが変な声を上げた。そして残念なことにその表情も少々間の抜けた物となってしまっている。
まあ、したり顔で「魔物が居る」とかやっちゃったのでそのとてつもない恥ずかしさは想像に難くない。
「な、なんで教えてくれなかったんだよ」
「いや、近くに居たデス・シャドウ・ストーカーをさっき倒したばかりなんだから、のんびり説明してる時点で近くに魔物が居るわけ無いでしょ」
ジークが八つ当たり気味に問いただしてきたが、さすがに僕にそれを言われても困る。というのも、僕的にはジークの行動はてっきり魔物がいない時の気の流れを感じようとしているものだと思っていたのだ。
そうすればいざ魔物が近づいた時の変化に気が付きやすいのは間違いないので特に止めるようなことはしなかった。今言った通り近くに魔物が居たらあんなにのんびり説明もしないし、当然のことながらジークの行動も止めているしね。
エリーシャがジークを励ますように肩を軽く叩いた。
「ジーク諦めなさい」
「まあ、ジークのやっていたことも無駄ではないよ。ひとまずこの場では皆、魔物がいない時の状態を覚えようか。これは後で絶対に役に立つはずだしね」
休憩をするにはまだ早いのだが、特に急がなければならない理由もない。ただ、まだ一本道なので警戒もし易いから感覚を確かめるためにはちょうど良いからこういうのもいいだろう。
それから皆が感覚を確かめた後、探索を再開し通路を歩き始めた。
皆が少々慣れない行動を取っている為、歩く速度は普段よりも遅めにはなっているが、それほど問題はないだろう。
再開して数分後、ついに分かれ道に当たることとなった。ずっと一直線であれば楽だったのだが、この段階で分かれ道があるということは地下通路ではなくそれなりの規模の迷路になっているということなのだろう。少なくともガーディアンの領域には簡単にたどり着かせるつもりは無いようだ。
一度立ち止まり、未踏地形探索魔道具の親機を起動して、描き出された地形を確認する。
「このまままっすぐに行っても、その先は行き止まりになっているみたいだね。だからここは右かな。あ、そうそう――」
再びあるき始める前に、ひとまず現状を皆と共有する事にする。映し出された地形情報は既に出来上がっているようなので、この先を進むのには既に十分な情報が得られると思う。さすがに広い地形を調べるのとは違って、地図が出来上がるのも相当早い。
地図を見る限りでは扉のたぐいは一切ないようなので、わざわざ調べに行く必要が無さそうなのは幸いだ。
「時間に余裕がないわけではないけど、あまり意味は無さそうだからなるべく寄り道はしないように進もうか」
「そうね賛成よ。勿論そうするべきだと思うわ。でもこの迷路はちょっと複雑ね。どの通路を通れば良いのか全然わからないわ」
「こりゃあ時間がかかりそうだぜ」
ひとまず皆の賛成は得られているようだが、エリーシャやジークは複雑な迷路を見た時点で思考を半分以上停止してしまっているようにも見える。
特にジークに至っては頭から湯気でも出そうな様子で映し出されている迷路を眺めている。
そんな中でマリナさんは何やら難しそうな顔をして迷路を眺めている。どうかしたのだろうか?
「マリナさん?」
「え、ああごめんなさい。ちょっと昔、教会で読んだことがある本の事を思い出したのよ」
呼びかけるとマリナさんの意識がこちらに戻ってきた様で反射的に謝られてしまった。常に暴力的というわけではなく、こういう素直な部分もあったりする――とか考えていると、また怒られてしまいそうだ。
ひとまず話を続けることにしよう。
「本?」
「ええ、昔読んだ古い英雄譚の中で、迷宮がテーマの物があったのよ。その物語の中では迷路の壁に沿って進めば出口にたどり着けるって主人公が言っていたのよ」
「ああ多分割りと有名な物語だね、僕も読んだことはあるかも。確かにマリナさんの言ってる物語の主人公が使ったやり方でも、無事に目的地点へたどり着ける場合はあるんだけど、今回にはちょっと適さないかな」
「え、どうしてよ!?」
「その方法だとさすがに相当な時間がかかってしまうし、こういった迷路だと今回みたいに出口が中にあったりしていると、きちんとたどり着けない事があるんだ」
マリナさんはそこまでは知らなかったようで、ちょっと悔しそうな顔をしてしまった。僕としてはそういった意見を出してもらえたのは嬉しいのだが、意見を出した本人としては満足出来ないのは仕方がない、か。
マリナさんの提案を聞いたことで、皆がこれまでの経験や知識を踏まえて代案を考え始める事となった。ただ、そう簡単には良い案など生まれるわけがなく、ただ時間だけが過ぎてゆく事となる。
「さて、じゃあそろそろ先を進もうか」
「いやいやいや、だからそれを今考えて――」
「ごめん。何だか言い出しにくかったから言えなかったんだけど、出口までの経路は特に心配する必要はないんだ」
その瞬間、沈黙がこの空間を支配したかの様に感じた。……なんかゴメンなさい。
「……すまん、何言ってるのか理解が追いつかねえ。一体どうやってこの面倒な迷路を解くんだ?」
「それは簡単だよ。こうすればいい」
ジークが何とか声を絞り出してこちらに問いかけてきた。それに答えながらモノクル越しに表示されているメニューを操作を行う。別にセントラルに口頭で指示を出してもよいのだが、今回はメニューを操作することにした。すると――
「……なんか地図の行き止まりからどんどん暗くなっていくぞ」
ジークの言うように地図上に存在している数多くの行き止まりからどんどんと暗くなっていき、最終的には入り口からガーディアンの領域があると思われる城の下に伸びる一本道が薄っすらと光り始めた。
この手法そのものは単純なものなのでそれほど特別なものではない。ただこの手法を利用するには迷路の地図が出来上がっている必要があるので初めて探索するような迷路では利用することは出来ない。しかしながらこの未踏地形探索魔道具は事情が異なる。
元々が初めて探索するような場所を想定して作られたこの魔道具は正確な地図を作ることが出来る。つまりはこの方法が最も効率が良いということである。ちょっとずるい気はするけどね。
「……私はこれ以上この話題にはツッコまないからね」
「俺もそうするわ」
「私もそうした方が良いと思うわ」
ぬぅ、何だか皆の反応が冷たい。唯一アリスだけが感心したような表情をしているが、嬉しく感じる一方で少々虚しくもある。
もっと早く言おうと思っていたのだけど、皆が考え始めてしまったのでちょっとばかり言い出しづらかったんだ。
「ま、まあそろそろ探索を再開しようか」




