解決の準備
アリスと一緒にポータルを抜けて一階に戻り、小走りに広場へと出る。少々慌てて飛び出してしまったため、否応無く周囲の注目を集めてしまった。
通常であれば塔の出入り口で騒がしいイコールほぼトラブルなので、こちらに対して視線が集まってしまうのは仕方がないと言えるだろう。
ちょっと恥ずかしかったので、集まる視線を避けるため人混みに紛れようと何食わぬ顔をしながら広場の出口を目指したのだが、こういう時に限って余計に注目を集める事案が発生するわけで――
「お、バーナードか。第二十五層はどうだったよ? 見てきたんだろ?」
正面から声をかけてきた男性が少し嬉しそうにこちらを見ている。ダニスさんだ。
僕のようなぽっと出とは違い、ダニスさんは長く探索者を続けているし、当然だが実績を伴いその名前も売れている。そんな人が声をかけた上にこの会話の内容である。あたり前のことながら、周囲のざわめきも増していくというものだ。
「……ダニスさんですか、何だか嬉しそうですね。何か良いことでもありましたか?」
「別に良いことじゃないが、簡単に抜かれなかったから少しホッとしただけだ。この時間にここにいるってことはそういうことなんだろ? お前たちなら勢いで突破口を見つけかねないかと思っていたが、破竹の勢いで踏破してきた若人達もついにここで足踏みか」
うちのパーティには若干二名、年寄りが混ざっているけどな。あれ、今何か悪寒が……まあそれは良いか。
「僕たちはまだ諦めたわけではありませんよ。むしろ今から攻略の準備を始めるところですから」
少々もったいぶるような言葉で宣言をすると、ダニスさんの表情に緊張の色が漏れるのが伝わってくる。
「何か腹案があるってことか、それが本当なら大したもんだが――」
「ダニスさん、……ここは錬金都市ですよ」
「……近代魔道具、か。だが魔道具一つでアレを何とか出来るとは思えないが」
ダニスさんの言葉を遮りながら、先ほど第二十五層で思いついた案のヒントを口にする。ダニスさんはそれを聞いて一瞬考える仕草をしたが、特に何かしらの回答には至らなかったようだった。
まあ無理も無い事ではある。ダニスさん自身、近代錬金術や近代魔道具にどのようなものが存在するのかを全く知らないのだから。
「もし上手く攻略できたらですけど、後で情報を売りますよ」
「ふぅ、大したもんだ。その自信なら本当に攻略しかねないな。内容によってはもちろん買わせてもらうぜ。上に行けば行くだけ稼げるしな」
ダニスさんは感心した様子でこちらを見ている。さて、これだけ言ってしまった以上は意地でも攻略しないとな。
その後は少し言葉をかわしたところでダニスさんと分かれて、目的地である自宅へと帰ることにした。
――帰る道の途中、アリスの様子が普段とは少々異なっていた。ふと立ち止まり顔を見ると何やら難しそうな顔をしていた。
「アリス、どうかしたの?」
「……バーナード様、よろしかったのですか?」
「え、何が?」
僕が問い返すと、アリスはどのように伝えればいいか思案しているようだ。僕が何か変なことをしてしまったのだろうか?
「先ほどの広場での一見です。彼らのパーティは第二十五層を攻略できていません。折角バーナード様が考えついた攻略方法を教えてしまっては――」
「ああ、その事か。実はね、これから試そうとしている案が上手く言った場合、それを隠すのが難しいからなんだ」
「隠すのが、難しい?」
「うん、ちょっとばかり派手にやらかしてしまうと思うからね。どうせバレるなら売ってしまうのもアリでしょ」
そう言ってちょっぴりいたずらっぽい表情を作り、アリスにウインクする。それを聞いたアリスは一応の納得は得られたようで、それ以上の話を聞いてくることは無かった。
「ファエルいる!?」
「ふぁ!?」
玄関を空けるなり大きな声でファエルを呼ぶと、すぐ隣の部屋から変な声が聞こえた。
その直後、声の主は慌てて何かを始めたようで、ドアの向こうからはドタンバタンと音が聞こえてくる。
そしてようやく音が止み、ゆっくりと部屋のドアが開くと、そこからファエルが恐る恐る顔を出してきた。……不審者か。
「ア、アニキじゃないか!? 今日から探索に行ってたんじゃないのかい?」
「ああ、そのことでファエルにちょっと頼みがあって戻ってきたんだよ」
僕の言葉を聞いたファエルが不思議な物を見るような目でこちらを見て首を傾げている。
「アニキがあたいに? あたいは探索者じゃないよ?」
「もちろんそれはわかってるよ。頼みたいことっていうのはファエルに渡してた魔道具をちょっと使わせてもらいたいんだ」
「……探索の役に立ちそうな魔道具なんて持ってなかったと思うけど?」
ファエルが困ったような顔を見せて考えに浸り始めた。恐らく自分の記憶にある魔道具を思い出しているのだろう。
あまり時間を掛けてしまうのも勿体無いので、少々早いかもしれないが説明を行うことにする。
「実はね――」
ファエルに一通りの説明を行い、それを聞いて一気に乗り気になったファエルから必要な魔道具を受け取った。その後、皆に連絡を入れて天獄塔入り口付近で再び待ち合わせる事にする。
僕達が待ち合わせ場所に付いた時には既に皆が到着していた。一度解散したので再集合にはそれなりに時間がかかるかもしれないと思っていたのだが、そんなことは無かったようだ。
それどころか、適度に……いや割りと多めの汗を額に浮かべている。それはジークとエリーシャだけではなく、マリナさんも同じだった。帰ってから少し訓練をしていたということなのだろう。
「皆集まったね。もっと時間がかかるかと思ってた」
「たりめーだ。いつ呼ばれても良いように気持ちは切ってないぜ」
「呼ばれたってことは何かしらの突破口を見つけたってことかしら? 私もあれから色々考えてみたけど何も思い浮かばなかったから、ちょっと悔しいわね」
ジークが言うように皆が同じように待機していたということなのだろう。マリナさんも少々悔しそうにしているが、嬉しそうにもしている。思っていたよりも早く声がかかったからなのだろう。……これは僕も期待に答えないといけないな。
「それじゃあ早速説明をしたいところなんだけど、……取り敢えず第二十五層に移動しようか」
皆の同意を受け、再び第二十五層に戻るため移動を開始する。ポータルを抜けた先には淡輝石が照らす空間が待っていた。
ドーム状の建物の中に戻った事を、そしてこの場に隠れている者がいないかを確認する。確認後、一歩前に出てから皆を振り返り、それぞれの表情を確認する。
「まず、空には青龍が徘徊しているから不用意には出歩けない。それに目的地までの道のりでこれと言って身を隠せるような場所は見当たらない」
「そこまでは大丈夫だぜ」
「問題はどうやって青龍に見つからずに移動するか? 私のかくれんぼ君は一つしか無いから皆で使うことは出来ないわ」
「そうだね、課題はどうやって青龍に見つからないようにガーディアンの元に移動するのか。というわけで今回は視点を変えてこんなものを用意しました。じゃん」
そう言って、アイテムポーチからとある魔道具を取り出して皆の前に披露する。必然的に取り出した魔道具へ皆の視線が集中することになるわけだが、不思議な事に誰からも声が上がらない。
皆はともかくアリスは先ほどファエルに説明した際に同席していたので、内容の理解はしているはずなのだが、ひとまずは皆の様子を見ることにでもしたのだろうか?
「……えーっと、用意しました、よ?」
「こりゃ、なんだ? 先が尖っててグルグルと刻んであるが」
「これはドリル君と言って、土を掘ってトンネルを作る近代魔道具なんだ。今回は青龍に見つからないように地面の下を移動します」
僕は地面を指差しながら、努めて満面の笑みを浮かべてそう言った。




