火が!
少々悩ましいところではあるが、青龍と対峙している以上はのんびりと考えに浸っている時間はない。
ひとまずは建物の中に退避しようと後ろを振り向こうとした瞬間、大事なことを忘れていたことに気がついた。そう、僕が切りつけた地面やその周辺から勢い良く草木が伸び始めたのだ。
いや、そこまでは問題ない予定通りだ。ただ、そうなると当然次に起こり得る事象はと言えばもちろん――
「うぉおぉぉぉ、熱い! 火が! 燃えた木が落ちてくる!」
幸いなことに、僕のところまでブレスが到達しなかったお陰でギリギリ退路の確保は出来ていた。慌てて扉に駆け寄り、転がりこむようにだが建物の中に入ることができた。
「バーナード様、大丈夫ですか!?」
「バーナード君!」
まず慌てて駆け寄ってきたのはアリスとマリナさんだった。二人共、僕が転がり込んだ状態を見たことで半ば取り乱してしまっている。
恐らく、というより間違いなく、青龍からの強烈な一撃をその身に受けてしまったのだと勘違いしてしまったのだろうと思われる。先ほどの衝撃は伝わっているはずなので無理はない。
「だ、大丈夫。皆心配かけちゃったみたいだね」
「バーナード、あれだけ無茶はすんなって言っただろうが!」
「……すまない」
……いや、無茶はしていないんですよ。決して無茶は。そう思いながらも、確かに皆に心配を掛けてしまったという事実には反省をするべきだと判断したため、甘んじて皆の言葉を受けることにする。
これはエリーシャからもキツい一言を貰ってしまいそうだ。
恐る恐るエリーシャに視線を向けると、その表情に浮かんでいるのは憤りではなく、もっと別の感情だった。そして決して声に出すこと無く、口の動きだけで表現された言葉は実にわかりやすいものとなる。
燃えるの忘れてたでしょ?
――僕は建物の中からは見えないはずの青い空を仰ぎ見た。
ポーションをいくつか飲み治療を終えた事で、ようやく皆が落ち着きを取り戻したので、先ほどまでの情報を踏まえて今後の方針を話し合うことにした。
「ひとまず僕は、地図がそれなりに出来上がるまでは不用意に出歩かずに、ここで待っていることにするよ。しばらくは青龍も近くにいると思うしね」
まだ外から大きな音や衝撃が伝わってきているので、すぐに離れてくれるという事は無いだろう。それにしてもこの建物は青龍の攻撃を何度受けても大丈夫な事には驚いた。状況によってはポータルで外に逃げることも想定していたので、これには助かった。
まあ、それはそれとして――
「多分すぐに探索は始められないと思うから、皆は一度解散して家に帰ってもらっても構わないよ」
「……そうね、全員でここにいてもちょっと無駄が多いし。それじゃあ私は一回教会に戻る事にするわ。いつでも出られるようにしておくから、連絡をお願い」
「じゃあ俺とエリーシャも一回帰ることにするぜ。青龍見て訓練したくなっちまった。すぐにどうにか出来る話じゃねえがとにかく身体を動かしてえ」
マリナさんに続いて、ジークは少し悔しそうな、でも嬉しそうな顔でそう言った。エリーシャも特に異論は無いようで、ジークに合わせるようだ。
「うん、わかった。アリスも一度戻っていて良いよ」
「いえ、私はここに残って一緒に待とうと思います。ゆっくり出来るように美味しい紅茶でも入れますね」
「あ、そうか。それは助かるかも。それじゃあお願いしても良いかな」
「ふふ、かしこまりました」
アリスは早速アイテムポーチから道具を取り出して紅茶の準備を始めた。取り出した茶葉を見る限りでは結構お高いもののように見える。
家にいなくても美味しい茶を入れてもらえるのは非常にありがたいことである。
数分後、皆が一時的に帰還したことで、建物の中は僕とアリスの二人だけになった。
簡易的なテーブルと椅子を取り出して、落ち着いて待てる休憩場所を作る。テーブルの上にはアリスが用意した紅茶と茶菓子がきれいに配膳されていた。
「バーナード様、紅茶の用意ができました。茶菓子も用意しましたのでどうぞ」
「ありがとう。んー、やっぱり美味しいね。この茶葉もシェリルさんのおすすめかな?」
「はい、最近王都で流行っている銘柄の一つだそうです。まだこの都市内ではあまり流通はしていないので、シェリルさんにおすそ分けしてもらっちゃいました」
対面に座るアリスが嬉しそうにこちらを見ている。
僕もアリスも都市の外の情報はあまり知らない。調べればわかる事も多いとは思うのだが、他にやりたいことややらなければいけないことが多いためどうしても優先順位を低くしてしまうのだ。
そうなると日常の中で自然と耳にする程度のことでも勉強になることは多い。その中でもシェリルさんからの情報は十分に取捨選択されている物ばかりなので非常に重宝させてもらっている。
ホント理解のある領主で良かったなぁ。
数時間が経ち、親機から投影されている立体地図も完成に近づいてきたようだ。普段よりも早いような気がするが、恐らくこれはこの階層の地形に起因するものだろう。
驚いたことに、この階層には起伏らしきものは全く見当たらない。簡単に言ってしまえば平面である。障害物が無いのでこの速度で情報を取得できたのだと思われる。
「大体、地図は出来上がったけど、……やっぱり近くにはガーディアンの領域はなさそうだね」
そう言って出来上がった立体地図を見ながら、今後の方針を練り始める事にする。アリスも一緒に地図を見ながら考え始めた。
地図を確認する限りでは、この階層には建物と呼べる構造物はたったの二つしか存在しない。一つはもちろん、今僕たちがいるこのドーム状の建物のことだ。
そうなると一番あやしい場所といえば、残る一つの構造物だ。この階層の地図においてほぼ端に存在する所を考慮するならば恐らくは、ガーディアンがいるのはこの離れた場所にある、小さな城のような形をしている建物である可能性が非常に高い。
問題はどうやってこの城までたどり着けば良いのか、である。
外には青龍がいる。隠れるもののない場所で青龍に見つかってしまえば無事ではすまないだろう。僕自身、過去の全盛期に比べても数倍は上回る力を手に入れた。今戦えばいい勝負になるかもしれないし、もしかしたら勝てるかもしれないという希望的観測もある。
でも、かなりの長期戦が予想される上に、その後が続かない。
それにパーティの皆のこともある。
皆が気の操作を覚えたことで一段階上のステージに上がれたとは思う。しかし、いくら弱体化しているとは言え、青龍を相手にするには十分ではない。
やはり、今は青龍と直接対峙するべきではないだろう。
もう一つの問題は地中にいるであろうガイア・クロウラーだ。こちらに関しては青龍に比べれば物の数にも入らないが、先ほどのように青龍が来てしまう可能性があるので悠長に戦っている時間も無いかもしれない。
いや、待てよ? ガイア・クロウラー、か。
「アリス、一旦家に帰ろう」
「あ、はい。それは構いませんが急にどうされました?」
僕が急に椅子から立ち上がり慌てるように言ってしまった為、アリスは少々驚いてしまったようだ。不思議そうな顔をしてこちらを見ている。
「良いことを思いついたんだ。これなら比較的安全にガーディアンのところまでたどり着くことが出来ると思う。だから一回帰って準備をしよう」
「そういうことですか、かしこまりました」
アリスが嬉しそうに椅子から立ち上がり、休憩用に出した荷物を片付け始めたので、僕も片付けの手伝いをすることにした――のだが当たり前のように断られてしまった。……手持ち無沙汰である。




