不毛の大地
扉を大きく開いたことで、差し込んでくる光が少々目に痛い。だが部屋の中がうっすら明るかったおかげで、目が慣れるまでにはそれほど時間はかからなかった。
しかし外に出て広がる景色を視界に入れた時、一瞬だが言葉を失った。
「これは、一体……」
「……何だこりゃ?」
直後に口から漏れた言葉と同じ感想を抱いたのだろう。表現としては非常に素朴ではあるが、ジークがそう言い出してしまうのも無理の無いことだろう。
僕達の目の前には少なくとも見渡す限り、荒れた大地が広がっている。……どれくらい荒れているかと言えば、木々どころか草一本生えていない、まさに不毛の大地と表現するのが正しいだろう。
水場らしきものも一切見当たらなければ、徘徊している魔物すら一匹も存在しない。これまで経験してきた階層とは明らかに様相が異なっている。
改めて後ろを振り返り、出てきたばかりの建物を確認すると、建物内で確認した通り単純なドーム型の構造物であることがわかった。
それなりの大きさなので反対側に回らないとわからないが、一見では先ほどの部屋以外には部屋はなさそうだ。念のために先ほどと同様に外壁を叩いてみたところ、内部と同様に傷一つつけることが出来ない。
……さて、と。一体これからどうしたものだろうか?
「と、取り敢えず今しがた出てきた建物の周りを確認してみようか。建物の反対側に行けばもしかしたら何か見えるかもしれない」
「かしこまりました。どうしましょう、二手に分かれますか?」
「そうだね、それほど大きな建物でも無いし少なくとも近くに魔物はいなさそうだから分かれようか。ただ何かあればすぐに声を上げるようにね」
皆が頷いたのを確認してメンバー分けを始めることにした。
――それぞれのメンバー分けは、右手から僕とマリナさん、左手からはアリスとジークにエリーシャが調べることになった。
メンバー分けに関してはアリスが少しだけ抵抗したが、戦力的に考えれば僕とアリスが分かれるべきだと思うので、アリスには我慢してもらった。
それに僕とアリスであれば、もし何かしらのトラブルが発生して声が届かない事態に陥ったとしても、セントラル経由で状況の把握が可能だ。それだけでも分かれる理由としては十分だろう。
「じゃあ、反対側で。皆気をつけてね」
そう言って二手に分かれて用心しながら建物の周りを確認したのだが、建物自体がそれほど大きな物では無いため、特に問題らしい問題も発生することは無かった。
……話し合ってる間に調べられたかも知れないなあ。まあ、とはいっても今回は何事もなかったからそう言えるだけ、か。こんな何が起きるか判らない場所を調べる以上はなるべく用心をしておくべきだ。そこは皆が理解しているから誰からも不満の声は出ていないしね。
建物の周りを確認した結果わかったことは、この第二十五階層において、少なくとも見える範囲ではこの構造物以外は荒れ地が広がるのみだと言うこと。魔物に関してもやはり視認することは出来なかった。
仕方がないので、新しい階層に足を踏み入れる時の恒例となった魔道具をアイテムポーチから取り出す。
もちろん未踏地形探索魔道具の事だ。これを使うのは毎度のことだけど、今回ほどこの魔道具が心強いと感じたことは無い気がする。
魔道具を起動すると、親機から低い音を立てながら大量の子機が飛び立つ。
「ひとまずは地図の完成待ちかな。このままだとどの方角に動いても大した成果は得られなさそうだ」
「そうね、でも地図が出来上がるまでどうするの? さすがに何もしないわけにはいかないでしょ」
「まあ正論ではあるんだけどね」
マリナさん的には待っているのが性に合わないのか、その言葉からは第二十五層の探索を進めたいという意思が見て取れる。しかし現状では闇雲に動いても良いことは無いだろう。何といっても普段とは違って周りには何もないのだから。
せめて魔物でもいてくれれば状況は変わってくるのだが。ダニスさん達が諦めたのもこのあたりの手詰まり感が理由なのだろうか?
「バーナード様、遠くの地面が動いていませんか?」
「え、どっち?」
呼ばれたのは僕なのだが、当然のことながら皆が一斉にアリスの指差す方に視線を向ける。視線の先では少々距離はあるが目を凝らして見れば確かに地面が動いているようにも感じる。
「……確かに、先程までよりも少し土が盛り上がって揺れているように見えるね。もしかして地面の下に何かがいる?」
「え、でも以前の砂漠とは違ってこの地面は結構硬えぞ」
ジークはそう言って数回地面を蹴りつけているが、確かにあまり削れてはいない。草木が生えていないことからも予想が付くが、相当に強固な地盤なのだろう。――では、あの揺れは?
そう思っていると、遠くの地面が更に盛り上がり揺れも激しくなり――直後、爆発するように地面が弾け飛び、地中から巨大な何かが飛び出した。
《ガイア・クロウラー》
一見すると巨大な芋虫のように見えなくもないが、その黒色に近い茶色の巨体にはムカデのような多足が備えられており、際立って特徴的でもある巨大な口で強固な地盤が噛み砕かれている。
「かなり凶悪な見た目の魔物ね、ちょっと気持ち悪いくらいだわ」
「だが魔物が出やがったのはちっとばかし嬉しいぜ。さっきまでとは違ってやることが出来たわけだしな」
エリーシャは嫌そうにしているが、それとは対照的にジークは非常に嬉しそうにしている。
「そうだね、ひとまずはあのガイア・クロウラーを始末しながら地図が出来上がるのを待つことにしようか」
「……まあ、仕方がないわね」
エリーシャが渋々、僕とジークの意見に賛成したことでこれからの方針が決まった。マリナさんは最初から既にやる気満々だったみたいだし、特に反対もしなかった。
「さて、まだガイア・クロウラーはこちらに気がついていないみたいだ。とは言っても結構距離もあるし、障害物も特に見当たらない現状では近づいている間に気が付かれる可能性が高いかな」
「おうよ、真正面からぶち当たってやるぜ。エリーシャもあれを見せるんだろ?」
「当たり前でしょ、やるからには全力で当たるわよ」
ジークとエリーシャが思わせぶりな台詞を口にした。……ということはエリーシャも課題になっていた気の操作を習得したということか。ジークは相変わらず仮面付けないとダメっぽいけど。
マリナさんも前回の探索では習得していたから、これで全員が無事習得したことになる。大幅に戦力が上がった事でこれからの探索にも有利に進んでいくことだろう。
先程の位置から見て、だいたい半分くらいの距離まで魔物に近づいたのだが、未だにガイア・クロウラーはこちらに気が付く素振りを見せない。
「……無視されてるね。まあそれならそれで一気に仕留めさせてもらうってだけだ。皆そろそろ本格的に戦闘準備をしておこうか」
「かしこまりました」
「了解、ってあれ?」
アリスの返答に続いて、何故か不思議そうな声が聞こえたので魔物に注意しつつも声がした方に目を向けると、マリナさんが立ち止まって空を見上げていた。
「マリナさん?」
「ガイア・クロウラーが見ている先の空に何かがいる?」
……空に何か?
改めてガイア・クロウラーを見てみると、確かに上空を見つめているようにも見える。そしてその先の空に何やら点が見えた。
ガイア・クロウラーがこちらに気が付かないのはあれに集中しているからなのだろうか?
目を凝らしてみると点というよりは、青緑色の細長い何かといったほうが正しい表現だろうか。それがこちらに向かってきている。距離から考えれば相当な速さで飛んでいるのだと考えられる。
――そして、その少しずつ大きくなっていく何かを正しく視認した瞬間、僕は総毛立つ感覚に見舞われることとなった。
……青龍だ。




