若いっていいなあ
ランディスはすぐに訓練を始められるものと思っていたのか、少しだけ焦れったそうにしながらも考えを巡らせ始めたようだ。
「良いもの? あ、噂の炭酸果実ジュースってやつか!? 俺も興味あったんだ」
「いやいやいや、そっちじゃないよ」
「えー違うのか、……飲んでみたかったなぁ。自慢できると思ったのに」
違うのは違うのだが、噂ってなんだろうか? そのキーワードは微妙に気になってしまった。ジークやエリーシャからは直接何も聞かされていないのだろうか?
普段から探索者を目指して訓練しているランディスが興味を持つとは思っていなかっただけかもしれないな。でも、自慢って誰に自慢するつもり――ありそうなのはエステルか。
まあ、そういうことなら別に問題はない。
「ストックはあるから飲ませるのは別にかまわないけど、それは今日の訓練が終わってからね」
「マジで!? よっしゃあ、ならさっさと始めようぜ。何でも来い!」
……新作ジュース一つで、それだけ喜んでくれるというのは非常にありがたい事だ。
せっかくランディスもそう言ってくれていることだから、こちらとしても遠慮なく鍛えられるというものである。
「それで話を戻すけど、今日はランディスに良いものを持ってきたよ。えーっと、これこれ。はい」
そう言って、アイテムポーチから取り出したものをランディスの目の前に広げる。
それを見たランディスは、首を傾げながら視線を自分の手元と僕の手元で行き来させている。何かおかしなことでもあっただろうか?
「どうかしたの?」
「武器なら前にもらったこれがあるぜ?」
そう言ってランディスは身につけている手甲をこちらに見せてくる。
そういえば確かにあれを渡した時には防具を武器にして戦えとアドバイスした事を思い出した。
「渡したときにも言ったと思うけど、その手甲と足甲はあくまでも防具だよ。訓練では問題ないけど本当にそのまま武器に転用しても満足には戦えない。この一ヶ月でランディスは手足を使った戦い方に慣れてきたから、そろそろ次のステップに進んでも良いかと思ってね」
「ってことは、それが次のステップってことだな」
「ランディスが慌てて探索者になろうとしていた頃には出すつもりはなかったけど、今はきちんと力をつける気になってくれているからね」
「俺は自分で納得した約束を破ったりはしねえから大丈夫だよ」
えっと、それって納得出来ない約束だったら破るってことじゃないか?
まあひとまずは納得しているようなので破るような事はなさそうだから問題は無いか。手甲と足甲をランディスに手渡しながら、若干真剣な表情を作り目を見る。
「とりあえず簡単に説明すると、これまで訓練で使っていた物と同じように防具でもあるけど、あくまでもこれは武器だ。ランディスの戦闘スタイルにおける弱点をカバーすることが出来る。ただ――」
「……ただ?」
ランディスが生唾を飲み込む音が聞こえる。
「これを身に着けて訓練すると今までも考えなければいけないことが増えるからね。訓練内容もそれに合わせて厳しくするから、終わる頃には立てないくらいに疲れていると思うよ」
「それっていつもと何が違うんだ?」
「……そういえば今までも終わる頃にはいつも倒れてたね。まあ実際に使って訓練すれば違いはすぐに分かるから良いか。細かい説明も間に混ぜながらすることにしよう。じゃあそれを身に着けたら始めようか」
「待ってました!」
ようやく訓練が始められることが嬉しいのだろう、ランディスは大きな声で返事をすると武器を身に着け直し始める。
――新たな武器に身を包んだランディスが僕の目の前に立ち一度目を閉じる。そして一つ深呼吸をしてから勢い良く目を見開いた。
その瞳はやる気に満ちており、これから始まる訓練の質を間違いなく上げてくれることだろうと思われる。
――いつもよりも若干早くに訓練が終わり(というか、続けられなくなったために早めに切り上げたのだが)、壁際に置かれた椅子に腰を掛けて一息ついてからランディスの方へ目を向ける。
大きく息切れした状態のランディスは少しずつ呼吸を整えながら悔しそうな表情を浮かべている。
「ダメだ、もう何も考えられねー。なんか頭ん中から何か出てきそうだ」
「ははは、まあ初めてにしてはよく動けていたと思うよ」
いつものごとく訓練後に地面に仰向けにぶっ倒れているランディスだが、今日は倒れているだけではなくさらに頭から煙でも出てきそうな程に目を回していた。まあ、それも仕方が無いことではある。
今日の訓練はこれまでの基礎的な動きの習得を促すものとは異なり、ランディスとは相性の悪い動きを主とする相手との戦いを想定して行ったのだ。
当然、ランディスが苦手とする距離だったり、虚実を織り交ぜて幾つもの罠を張るような戦い方を味わってもらった。予想通りというかなんというかランディスはこちらが誘ったところに面白いように誘い込まれてくれた訳で。
罠に嵌って痛い目を見てもらいつつ、その度に注意をして勉強してもらったところ、一気に多くを詰め込んだせいか結果的に大混乱してしまったようだ。
「もう少し休んで落ち着いたら、用意しておいた炭酸果実ジュースを飲むかい?」
「……も、もちろんだぜ。うぷ、吐きそうだ」
「慌てなくていいよ、時間はまだいっぱいあるんだ」
色々な意味でね。
ランディスの前向きな姿勢は非常に好感が持てるのだが、まだ少々前のめりになるきらいがある。だらだらとのんびりしてしまうよりは、向上心を持って少しくらい急いだほうが良いとは思う。
しかし急いだからと言って必ずしも良い結果が訪れるとは限らない。……近代錬金術のような例もあるから。
まあ、今のランディスならそのあたりを間違えることは無いだろう。ジークも居る、エリーシャも居る、彼には支えてくれる人が多く存在する。そう言えば支えてくれると言えば――
「ランディスは一人でトライアルに挑戦するつもりなのかい?」
「はぁ、はぁ、え、もちろん一人だぜ?」
ランディスはこちらに顔を向けると、不思議そうな表情をしてそう答える。
「……そうか、トライアルくらいなら鍛えれば一人でもなんとかなるけど、それでも満足に休憩が取れないから一人は相当厳しいと思うよ」
「そう言えば野営とかあるんだっけ。トライアルで見つければいいと思ってあまり考えてなかった」
「たまたまトライアルの時に良い縁があれば良いけど、めぐり合わせは運だからね。同年代の知り合いに探索者を目指している子はいないのかい?」
「年上に何人かはいた。いたけど、……皆失敗しちまった。今は何処にいるかも……。俺みたいに訓練している余裕なんて無いから」
ランディスがあまり見ないほど悔しそうな顔をして答えた。
……しまったな。この質問はするべきじゃなかった。孤児院に入る前のランディスが知り合える者といえばほとんどが孤児であろうことは想像するべきだった。その日を暮らすことに必死にならざるをえない立場の人間が、万全の状態でトライアルに挑めるとは思えない。
「すまない。嫌なことを思い出させて」
「いや、良いよ。俺の中では折り合いはついてるからさ。でも仲間、か。一緒に探索者になろうって約束したやつは一人いたけど、もう手の届かないところに行っちまったからなあ」
孤児の仲間で遠いところに、か。病気か何かで亡くなっていてもおかしくはない。でも、それにしてはランディスの表情は暗くはない。むしろ嬉しそうだ。
「遠いところ?」
「そいつは魔術の才能があったんだ。数年前にナントカって魔術師に見出されてそいつの養子になった。だから魔術師様が探索者なんて危ないものを目指す必要はないんだ。たまに会うことはあるけど探索者の話はしない」
「ああ、魔術師の養子ならこの都市でお金に困ることは無いだろうね。だから嬉しそうなのか」
「う、うれしくなんかねーよ」
僕の言葉を聞いてランディスが顔を赤くしてそむけてしまった。友情か、若いっていいなあ。




