用事のついで
新作ジュースの販売が終わってから一夜が明けた。
昨日は最終的な売上を確認したところ、ニコラスさんが立てていた販売予測を大幅に上回り、その売上は実に予想の二倍近くに達していた。ニコラスさん曰くもともと多めの予測を立てていたにも関わらず、だ。
もちろんこれには手伝ってくれた皆の努力も大きく起因している。そのため上機嫌のニコラスさんが、販売を手伝った皆に対して是非とも奢らせて欲しい、と言い出したので急遽近くの店を手配して打ち上げを行うことになった。
打ち上げの途中からは、ニコラスさんのパーティメンバーであるダニスさん達も自腹を切る形で合流し非常に賑やかなものとなったのだが、打ち上げに参加していないシェリルさんが直前まで一緒にいたことを知りダニスさんが落ち込むこととなったのはご愛嬌。というよりまだ諦めていなかったんだね。
結局、飲み会は深夜遅くまで終わること無く続くこととなり、僕達が家に帰り着いたのは夜明け間際となってしまった。
というわけで、現在自室の窓から見える朝焼けを眺めながら、アルコールを飛ばすために酔い覚まし効果のあるポーションを飲んでいる。
なんとなく部屋の中も酒臭くなってしまったように感じるので、空気を入れ替えるために窓を開けたところ、少しばかり肌寒い空気が部屋に入り込んできた。
服用した酔い覚ましポーションのおかげか、それとも新鮮な空気を体内に取り込んだおかげか、先ほどまで多少残っていたアルコールもすっかり消えて、清々しい気分になる。
心の状態は万全と言っても良いだろう。……しかしながら現時点において自身の体調はと言えば必ずしも万全の状態とはいえない。
足が痛い。まあ、それに関しての原因は僕自身がはっきりと理解している。
それは昨日、夕刻辺りに広場で地べたの上に長々と正座させられるという理不尽な事案が発生してしまったからに他ならない。お陰で打ち上げへの参加が遅れてしまった。――あれは久しぶりに感じる恐怖だったと言えるだろう。よく燃やされなかったものだと不思議にすら思う。
……ちょっと一ヶ月近く忘れてしまっていただけじゃないか。確かに出来たらすぐに欲しいとは言われていたが、それほど難易度も高くないので面白みがある錬成でもないし、命が関わるものでもないのになあ。
まあ、今日は一日これと言って重要な予定は無いので大人しくしていればすぐに良くなるだろうからそれほど問題はない。ポーションを飲めばすぐに全快するだろうが、一応怒られてしまった件を鑑みて甘んじて受けようと思う。
閑話休題、打ち上げでは唯一マリナさんだけは一切酒を飲んでいなかったので素面だったが、他の皆は割りと酔っ払っていたと思う。
皆いい歳なので体調を整えるよう伝えているわけではないが、明日は天獄塔の探索予定日となっているので念のため先ほど飲み干した酔い覚ましのポーションは配っておいた。まあ恐らく問題はないだろう。
ただジークが一番酔っ払っていたので、ついでの用事にはなるが後で念のためジーク達の様子を確認しに行っておいたほうが良さそうかな。
今日の行動指針を決めたところで、少し寒くなってきたので開け放っていた窓を締めると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「バーナード様、お食事の用意ができました」
「ありがとう、すぐ行くよ」
アリスに呼ばれたのでダイニングルームに移動することにする。
食卓に並べられた食事は普段とは少し趣が違うものとなっていた。まあ、先ほどまで飲み食いしていたのだ、帰り道はのんびりと歩いてきたとは言え、それほど消費はされていないので、あっさり目のスープなどが用意されているのは非常に助かる。
――ところで、どうしてブリジットの前には普段と変わらぬ大量の食事が並べられているのだろうか? 確かニコラスさんの顔が引きつりそうになるくらい飲み食いしていなかったか?
打ち上げでは、ブリジットが予想通りの食べっぷりを見せたことでニコラスさんの財布が可哀想になってきたので、こちらから申し出てブリジットの分だけは支払わせてもらった。
そしてもう一点、ここ数日とは異なる点がある。
「仕事は一段落ついたのかい? ファエル」
「まあ、ある程度はね。本当は家に帰ってる場合じゃないんだけど、今日はヴァルトロの旦那に無理やり休みを取らされちまったんだ」
そう、珍しいことにファエルが食卓についているのだ。ただし今しがた本人がそう言ったように、その表情を見たところは本意ではなさそうだ。
ファエルの体力面に関しては全く問題がないことはわかっているし、精神面においても仕事の疲れは仕事で解消するという点は僕に近い。
しかし、彼女の働きぶりを傍から見れば異常に働きすぎに見えるのは仕方がないことかもしれない。セオドールの言葉を借りるならば、いわゆるワーカーホリックという言葉がしっくりとくることだろう。……そう言えば僕もよく言われたな。
「本当はバレないように別の現場で仕事したって構いやしないんだけどね。さすがにあれだけ念を押されちまうとそうもいかないよ。今日明日は言われた通り家でゆっくり休むことにするさ」
「休むのも仕事のうちだよ。それに離れることで見えてくるものもある」
「あー、確かにアニキの言うことももっともだね。よし、気合い入れて休むぞ!」
……気合い入れたら休みにならない気がする。
食事を終えて一休みしてからアリスに一言伝えて家を出た。
てっきりアリスもついて来たいと言うのではないかと思っていたが、それは杞憂だった。何でも今日はファエルがゆっくり休めるように世話を焼きたいとのことで、アリスには申し訳なさそうに謝られてしまった。
今日の用事はアリスに関係する件でもないし、家族のことを優先に思ってくれることは何の問題もないし、僕としては非常に嬉しく思う。
ジーク達が住む孤児院に到着して玄関のドアをノックすると、何やらドタバタと慌てたような音がして直後、勢い良く玄関ドアが開く。
「バーナード兄、待ってたぜ!」
「……ランディス、ドアはゆっくり開こうな。その勢いでぶつかったら大変な事になる」
「へへ、ごめんごめん。どうにも待ちきれなくてうずうずしてんだ」
人を殺せそうな勢いでドアを開いたランディスは悪びれずにそう言った。うずうずしていたらうっかり人を殺しても良いわけじゃないからね?
「というより、どうやって気づいた?」
「遠くからバーナード兄の気配が近づいてきたのがわかったからな。そんなことよりも早く裏庭に行こうぜ!」
黒豹獣人のハーフだから気配には敏感なのだろうか? などと考えようとしていると手を捕まれてそのまま奥へと促される。
「え、ちょっと待って。先にジーク達の様子を――」
「二人共朝早く帰ってきてからすぐ寝たよ。今頃ぐっすり寝てるって。ほら裏庭行こうぜ!」
……そ、そうか、そういうことなら訓練の後でもかまわないか。
ランディスに手を引かれて裏庭に出た。既にランディスは僕から見て反対側に距離を置いて立ち、両手に手甲を付けて打ち鳴らしている。
「さあ、始めようぜ!」
「そんなに急いでも探索者になるには、まだもう少し早いよ?」
「わかってるって! バーナード兄に認められるまで探索者トライアルに挑んだりはしねえさ! それよりも今は訓練が楽しくて仕方がねえ」
僕からの警告にランディスは嬉しそうに大きな声で答えた。確かにモノクル越しに見える情報を見ても嘘はついていないようだ。
あのタイミングで抑えられて良かった。成人を迎えてからも慌ててトライアルに挑戦するようなことをせず、訓練に関しても座学も真面目に取り組んでくれている。
実際にジーク達から伝え聞いている話でも、最近のランディスは自らの実力不足を実感しているようだ。探索者になりたいという思いは変わらないものの、着実に訓練を行い力を付けてきている。
特にここ半月の伸びは僕としても驚きを禁じ得ないほどで、トライアルだけであればクリアしてしまうのではないかと思わせる程である。
だから今日は――
「今日はランディスに良いものを持ってきたよ」




