看過できない
出先での更新なのでミスがあったらごめんなさい
新作ジュースの販売を開始してから一時間程度が経過した。これまでの客足を見る限りでは売れ行きは順調そのものと言っていいだろう。
最初こそ遠巻きに様子を窺う者や、露骨に避けて別のジュースを買うものも少なからずはいたのだが、販売が進むにつれて実際に味を知った人達の口コミの広がりは次第に大きくなり、露店の前に行列が出来るまでそれほど時間はかからなかった。
ただ、少し驚いたのはその客層だ。
普段は探索に必要な買い物ばかりだったので、そういった露店は探索者に偏っていた。ところがニコラスさんの露店には探索者だけではなく一般の市民も買い物に来るのだ。
ニコラスさんの露店にはジュースを買うときにしか近寄らなかったのでそれほど気にならなかったのだが、販売側に回った事でそれを実感することが出来た。ブリジットはこういうことを伝えるのはあまり得意ではないから知らなかった。
行列がすごかったので、当然の事ながら付近の露店に迷惑が掛かってしまっているのだが、事前にニコラスさんのアドバイスで新作ジュースを差し入れておいたのが功を奏したのか、苦情のたぐいは一切聞こえてこない。多分その理由の一番はニコラスさんがこれまで積み重ねてきたものなのだろう、早い内に協力を打診して正解だった。
「それにしてもすごい人気ね。さすがにびっくりだわ」
ふとマリナさんが呟くと、周りの皆も同じように頷いている。客の対応に所狭しと動き回ってくれているので、より実感できているのだろう。
確かに今も行列が途切れる様子が見られない所を鑑みるに、新作ジュースに関しては当初予想していた以上に大きな反響を得られているようだ。アイテムポーチがあることもあって、一応多めに作っておいたので、少なくとも今日在庫切れになるということは無いだろうと思われる。
ブリジットに任せている露店も、今日からニコラスさんの露店の隣に設営しているので、こちらの売れ行きも引っ張られるように非常に好調である。
今後の提携を考えた上で隣の露店を開いていた探索者には予め交渉しておいたのが良かった。別に場所が決められている訳ではないが、縄張りのようなものだから無視はできない。設営場所の交換話を円滑に進めるために多めのお金を握ってもらったが、この様子なら数日あれば十分に元が取れるだろうと思われるので何も問題は無い。
――夕刻を迎え、今日の営業時間が終わった。心地よい忙しさだったこともあり、体感時間としてはあっという間に過ぎてしまった。
今日は中々新鮮な経験ができた。そう思って仕事を終えて休憩している皆の様子を見ると、同じように満足そうにしていたので安心してしまった。
「皆、今日はありがとう。皆が手伝ってくれなかったらどうなっていたことか」
「あー、確かにな。探索や子供達の相手とはまた違って疲れたぜ」
「そうね、でも手伝いで給金貰っちゃって本当に良いの?」
ジークも嬉しそうにそう答え、しかしエリーシャが少しだけ申し訳なさそうにしている。でも今日は一日忙しかったから給金としては少し足りないぐらいだと思っている。
「もっと貰ってもいいくらいだと思うよ。ちゃんと売れるとは思っていたけど、さすがにこんなに売れるとは思っていなかったからね」
「よし、ニコラスさんもそう言ってるしもう少し増やそうか。孤児院の運営にはいくらあっても困らないでしょ、ってそんなには無いか」
「はは、いくらでも大歓迎だぜ!」
そう言ってジークは大笑いすると皆も楽しそうに笑い始めた。
――こういうのも良いものだ。
昔の僕は世界中を旅した事以外は近代錬金術一辺倒の人生だった。当然満足しているし充実していたから後悔は無い。ただ、多くの錬金術師がそうだったように、僕もまた個であった事も事実だ。
もしこの時代に起きていなったら、もしマリナさんに会っていなかったら、もしアリスたちを造っていなければ、もし皆とパーティを組まなかったら、どれかが一つでも欠けていたらこんな時間は縁遠いものだったと確信に近い想いは抱いている。
クローツに対しては苦情も多いが、確かに感謝しなければいけないことも存在しているという事は忘れないようにしなければいけないな。
まあ次に顔を合わせることがあれば絶対に一発は殴ってやるけど――
「はあ、はあ、ま、間に合わなかった」
「ん、シェリルさん?」
皆でくつろいでいると、聞き慣れた声が聞こえた。そちらに目を向けると、そこにはシェリルさんが肩で息をしながら立っていた。走り慣れていないのか膝に手を当てて身体を支えている。
……そう言えば今日はわりと繁盛していたにも関わらずシェリルさんは見ていなかったな。いつもなら広場で変わったことがあれば吸い寄せられるように寄ってくるのに。まあ、それだけ多忙だということか。良いことだ。
「慌ててどうしたんですか?」
「はあ、はあ、た、炭酸、はあ、ジュースを、はあ、新作の」
「ま、まあ取り敢えず座って息を整えましょう」
息切れして言葉がぶつ切りでよくわからないので、ひとまずは落ち着けるようにアイテムポーチから追加の椅子を取り出して座るように促す。
見た目通りに疲れているのだろう、シェリルさんは促されるままに椅子に座りゆっくりと深呼吸をしている。
「それで、そんなに慌ててどうしたんですか?」
シャリルさんの息が整うのを待ってから改めて先ほどと同じ質問をする。
「今日、新作のジュースを売り出したんでしょ? 聞いたのよ。それで窓口受付の合間に抜け出して買いに来ようとしていたのだけど、どうしても抜けられなくて」
「あれ、そちらの方は、……その節は命を救っていただいて本当にありがとうございました」
「え、ああ、気にしないで結構よ」
語尾に小さく「それ私じゃないし」と口の中で呟いたのが聞こえた。ニコラスさんに関してもすでに何度も感謝の言葉を伝えてくれているので、そろそろ心苦しいと思っているかもしれない。
新作のジュースに関しては在庫自体はまだまだ余裕があるので何の問題もないのだが、それにしても何故炭酸ジュースを飲みたいくらいで慌てて走ってきたのだろうか?
用意して手渡した炭酸ジュースを手に持って真剣な様子でマジマジと見つめている。……どうして飲まないのだろうか?
「……これを毎日飲めば肌が綺麗になっていくのね。ちょっとドキドキするわ」
「え、ならないけど」
「え?」
「ならないですよ?」
僕の言葉を聞いてシェリルさんの動きが固まる。そっちを期待していたから慌てていたのか。まだそれほど歳はとっていないだろうに。
「一体どこからそんな伝わり方をしたんです?」
「え、アリスちゃんから炭酸は美容効果があるって……」
「ああ、色々端折ってますね。それは炭酸を使った美容液の話ですよ。この炭酸ジュースにはそんな効果は無いです」
それを聞いたシェリルさんが肩を落としてがっくりとうなだれている。……そんなに期待していたのだろうか?
アリスも何やら申し訳なさそうにしている。というより、アリス以外の女性陣が皆がっかりしているのは何故だ。前にちゃんと説明したじゃないか。……したよね?
「まあそんなに落ち込まないでください。炭酸入り美容液なら完成していますから。はい、どうぞ」
シェリルさんを慰めながらアイテムポーチから取り出した美容液を手渡す。そう、美容液に関してはとうの昔に完成している。ただ個人的には炭酸ジュースの方が重要度が高いため忘れていただけだ。
「も、もう! ……やり方が憎いわね」
――何が?
何故シェリルさんが頬を赤らめているのか、いまいち理解できないが、まあ魔術で燃やされそうになるよりはマシか。すっかり忘れていた事を隠せるのであれば願ったり叶ったりだ。などと考えていると、マリナさんから横槍が入る。
「え、もう出来てたの?」
「はい、皆の分もあるからどうぞ」
ちょうど良い機会なので女性陣だけでなく皆に美容液を配ることにする。ジークとニコラスさんは身近な女性へのプレゼントにでもしてもらえれば良いだろう。
「これがそうなのね。バーナード君が錬成に手こずったくらいだから、やはり効能もすごいのかしら?」
「え、いやこれくらいで苦労なんてしないよ。すぐに作れるものだし、でも効能は期待してもらっても大丈夫」
エリーシャのつぶやきに間髪入れずに反応してしまった。効果に期待してもらうぶんには構わないが、この程度の錬成に苦労したなどと言われるのは、僕としては決して看過できない。
「バーナードくーん、私もう少し詳しく聞きたいなぁ」
感情を殺したような声がしたので振り返ると、シェリルさんが満面の笑みで手招きしていた。……そこは看過できない?




