ご飯にしようか
「魔力の放出量、ですか? すみません、私はこれまで聞いたことが無いです。……でも、これがその証明なんですね」
そう言いながらメディナスは困惑の色を深めながらも、無理やり自身を納得させようとしている。
魔術に関する話なのに、魔術師ではない者から聞いたことのない話を聞かされれば、このような反応になったとしても全くおかしくはない。そう目の前で根拠となる出来事が起きていなければ。
……納得がいかないということでれば、無理に納得する必要は無い。これからの説明でゆっくり理解してもらえれば問題ない。
まあメディナスが聞いたことがないのも仕方がない事だとは思う。何故なら――
「まあ無理も無いよ、魔力の放出量は魔術師が魔術を行使する上では全く影響のない話だからね」
「魔力の話なのに魔術には関係ない、ですか?」
「あー、ちょっと言い方を変えたほうが良かったかな。えっと――」
なるべくわかりやすくなるように気をつけながら説明を始める。
先ほどは魔力の放出量が魔術の行使には影響がないと言った。しかしながらその話はある一つの側面から見れば正しいのだが、厳密な話で言えば間違えている。
魔術の発動には理に従った詠唱と、それを具現化する為の魔力が必要となる。この具現化する為に必要となる魔力は当然のことながら個々の魔術によって異なる。
まず魔術を透明な器、そして魔力を色の付いた水に例えるとする。透明な器はその形を見ることは出来ない。器に色水を注ぎ込むことで初めてその全容を見ることが出来る。簡単に言ってしまえばこれが魔術の具現化である。
そして色水を注ぎ込む速度は人によって異なってくる。これが先程からの話の鍵、つまり魔力の放出量を表していると言える。
この話だけを聞くと魔力の放出量が魔術を行使する速度に影響をしているのではないか? と、思うかもしれない。しかし現実にはそのようになることはありえない。
その原因は詠唱にある。
詠唱という行為は、魔力を溜めるための透明な器を作り出す行為に他ならない。これは詠唱隠蔽に関しても同様な事が言える。この器を作り出す行為が曲者で、魔力を注ぎ込む速さに対して圧倒的に遅いのだ。それが先程、魔術の行使には影響しないと言った理由になる。
そして以前シェリルさんが、練度を上げることで魔術の発動までの時間が圧倒的に早くなる、と言っていたのはこの詠唱によって器を作り出す時間を短くすることが出来るということなのである。
「――と、ちょっと早足で説明しちゃったけど、ここまでは理解してもらえたかな?」
「はい、なんとか。だから影響がないという事になるわけですね」
取り敢えず魔術に関する部分は説明し終えたので、近代錬金術に関する話に入る前にメディナスの理解度を確認する。
メディナスは悩ましい表情を見せながらも一定の理解は得ることが出来たようで、こちらを向いてしっかりと頷いた。
「では、魔術の行使に影響しない魔力の放出量が、近代錬金術においてなぜ錬成の成功率に影響をおよぼすのか? それは錬成には詠唱という工程が存在しないからなんだ」
「えっと、……あ、確かに詠唱はしていません!」
メディナスが目を大きく開いて、胸の前で手を打ち合わせる。
「正確には詠唱を行う直前の状態を作り出すといったほうが良いのかな、まあそこは良いか。ただ錬成では理を書き込むために、それぞれ必要とする魔力をごく短時間に注ぎ込む必要がある。それが――」
「それが魔力の放出量につながる、というわけですね」
僕の説明を聞いてメディナスが答えを被せてくる。この時点でメディナスの理解を得ることが出来たということなのだろう。
「正解、金属の錬成には少しだけ多めの魔力が必要となるんだ。しかしポーションの錬成には少なめの魔力で足りる」
「それがこの結果、というわけですか……」
ようやくメディナスの理解も得られたところで、無事一件落着と行きたいところだったのだが、どうにもメディナスの言葉は歯切れが悪い。はて?
「……メディナス? 何だか浮かない顔だけど不安に思うところがあるのなら、この機会に言ってもらって構わないよ?」
「え、あ、はい。……その、私は錬金術師として力不足なのはわかりました。これから私は一体どうすれば……」
……何故そうなるんだ? まだ何か説明が足りていない。……あ!
「説明が足りていなかったね。金属を錬成する場合には注がれる魔力は多ければ多いほど良い結果が得られることが多いんだけど、ポーションを錬成する際にはそうはならない。それは――」
ポーションに使用される素材はデリケートに扱わなければならないものが多い。錬成時に必要以上の魔力を注ぎ込んでしまうと素材が劣化して駄目になってしまう。そしてこれは錬成難度が高いポーションになると更に厳しくなってくる。
錬成時には様々な事に気を使うため、注ぎ込む魔力量を低くコントロールすることが非常に難しかったりする。
そこで魔力の放出量が少ない錬金術師には有利に働くというわけだ。理由は簡単、錬成時に特に意識しなくても放出量が少ないからだ。
「――というわけで、メディナスは先天的にポーション全般の錬成に関しての才能がある、特別な錬金術師になることが出来るということなんだ。決して力不足では無いよ」
「……私は、力不足ではないんですか?」
言葉ではまだ不安が拭いきれていないが、メディナスの目には先程とは明らかに異なる希望の光が宿っている。
「うん、更に言えばメディナスのように魔力の放出量が少ない人は、魔術師に限定せずに探したとしても非常に少ない例なんだ。――つまりメディナスの存在は貴重だ」
「それは、それはものすごくうれしいです。でも、そうなると結局のところ私には金の錬成はできない?」
「絶対ではないけど、そうなるね」
「……た、単位が」
単位が取れません、と消え入りそうな声でつぶやくメディナス。……ああ、そうか、メディナスの錬金術師としての道筋は見えたものの、現実問題として教育のカリキュラム上はそうではない。
僕から口添えして特例として扱ってもらっても構わないことではあるが、特別扱いだなどとメディナスが周りから非難されたり、最悪メディナスが周りから孤立してしまうかもしれない。それでは最終的に僕が困る。
折角、昔の反省を踏まえて錬金術師を個から集団に変えようとしている最中なのだ。その一歩目からつまづく訳にはいかない。
「……仕方がない、か。よし、金の錬成を出来るようにしてあげるよ」
「本当ですか!? あ、す、すみません」
ものすごい勢いで詰め寄ってきたメディナスが慌てて謝る。僕が思っていた以上の食いつき具合だったので少々驚いてしまった。
少し冷静さを取り戻したメディナスが再び不安そうな顔をする。
「でも先生、どうやって問題を解決するんですか?」
「もちろん錬金術を使って、だよ。今からメディナスに足りない魔力の放出量を補う為の魔道具を作る。少し時間がかかるかもしれないから、先にアリスとご飯を食べててくれていいよ」
「……そういうことでしたら、ご迷惑でなければその魔道具の錬成を見学をさせていただくことは出来ないでしょうか?」
魔道具と聞いてメディナスの表情が真剣な物に変わった。近代錬金術を志す者として興味が湧くのは仕方がない、か。僕も昔はセオドールのところに散々押しかけたしな。
「わかった、見学しても構わないよ。ただ、不用意に機材には触らないようににね」
「ありがとうございます!」
見学の許可を得たことで一気にメディナスの表情は明るさを取り戻した。
「それじゃあ、まずは……」
「まずは?」
早速錬成の準備にかかると思ったのだろう。メディナスは僕の一挙手一投足を見逃すまいと、そして言葉の一つ一つを聞き逃すまいと、真剣な眼差しで僕を見つめている。
何だかこの言葉を発することが申し訳なく感じてしまう。
「――まずは皆でご飯にしようか」
いや、メディナスは気が付かなかったみたいだけど、アリスが呼びに来てたんだよ。
苦笑いをつつ、すでに扉を開けて部屋に入ってきていたアリスに視線を向けた。




