そろそろ報われても良い
アリスが呼びに来たので、夕食を取るために部屋を移動する。
「うわぁ、すごい量の料理ですね」
ダイニングルームに入るなり、目に入った光景にメディナスは嬉しそうに驚いている。もし尻尾があったら物凄い勢いで振られているんじゃないかと思うほどだ。
まあ、メディナスがこの様な反応を見せているのかわからなくもない。確かに今日、食卓に並ぶ食事は普段の食事に比べて数段豪華な物となっているように見える。ただ量に関しては、……ブリジットがいるから普段と大差ない量ではあるが、そのあたりを知らないメディナスからすれば決しておかしな反応とも言えない。
「アリス、お疲れ様。今日はまた一段と美味しそうだね」
「お客様がいらっしゃっているのでいつもより頑張ってしまいました。あ、メディナスさんはこちらの席へどうぞ」
「あ、はい」
アリスは嬉しそうに答えると、メディナスを席に案内する。このあたりをそつなくこなす様は尊敬してしまう程である。これまでの人生のほとんどを錬金術に費やしてきた身には到底無理な行動だ。
とりあえずアリスに手間をかけさせるのも何なので自分の席に座り料理を眺める。一つ一つが相応に手間がかかっているのだろう。多分、ブリジットが見たら我慢できないだろうな。……などと思っていたら視界の端に何とも言えないオーラを放出している獣が一匹、いや一人いた。ブリジットだ。
何故か席に座らずに部屋の端に縛られている。料理を眺めるその目には野生が見え隠れする――という冗談はやめておこう。野生は嘘だがものすごく悲しそうな目で料理を眺めている。
一体何があったのかはわからないが、多分ブリジットはフライングしてしまいそうになってお預けを食らっているのだろう。少なくともアリスがブリジットを気にしていない所を見る限りはその線が濃厚だろうか。
「アリス、ブリジットの縄をほどいてあげて」
「……かしこまりました。ブリジット、反省してますか?」
アリスに問いかけられて、ブリジットがものすごい勢いで首を上下に振り始めた。……本当に一体何をやったんだ?
「そういえばファエルはまた外食? というか外泊?」
「はい、そう聞いています。ここしばらくは仕事が忙しいみたいです」
「そっか、あまり無理しないように言っておかないとね。じゃあ、お腹も空いてきたことだし食事にしようか」
――食事を終えて皆が一休みをしている中、この後に行う予定である魔道具の錬成に意識を傾けていた。
特別講義を言い出した時点でメディナス用に魔道具を作るところは予定として決めていたのだが、まさか当のメディナスが見学をしたがると言うのは予定外のことだった。
しかし、よくよく考えなくても魔道具の錬成に関しては錬金術師を志す者としては、錬成工程を見てみたいに決っている。
「……うん、やっぱりそっちの方が良案かな」
「え、何がですか?」
「ああ、ごめんこっちの話」
無意識に呟いてしまったが、近くでくつろいているメディナスには聞こえてしまったようだ。首を傾げているが、自身に関係が無い事柄だと思ったのだろう。特にそれ以上の言葉は返さなかった。
少し休憩をしてお腹も落ち着いた為、メディナスを伴い再び先ほどの部屋へ戻った。
メディナスも部屋に入ったことで気持ちを切り替えたのか、食事の後のゆるい雰囲気は無くなり真剣な面持ちをしている。
そんなメディナスがこちらの様子を窺っている中、どうしても確認しておきたい事がある。
「……ベース素材はこれで良いの?」
「はい、お気に入りなんです」
メディナスはあくまでも真剣な眼差してこちらを見ている。少なくとも冗談では無いらしい。……この素材か。部屋に戻ってからメディナスに渡された物体を机の上において眺める。
今回錬成する魔道具はメディナスが使うことになるので、ベース素材はメディナスの持ち物を利用することにした。
薄手の生地で作られたフィンガーレスグローブで手首のあたりはラッフルになっている、非常に可愛らしいデザインなのだが、本当にこれで良いのだろうか? もう一度メディナスの様子を確認するが変化はない。良いんだろうな。
ひとまずメディナスも聞く準備もできているようなので、部屋のストレージから必要な錬金素材を取り出しながら、一つ一つ説明を始めることにした。
「――と、今回の魔道具錬成手順を一通り説明したわけだけど、どこか判らないところはある?」
「大丈夫です。ところどころに判らない事がありますけど、きちんとメモを取ったので後は気合い入れて覚えます」
メディナスはそう言って自筆のメモを嬉しそうにこちらに見せてくる。まるで宝物でも手に入れたかのような反応だ。
「一応、後でまとめて渡すからきちんと復習しておいてね」
「ん、まとめて?」
「きちんと復習しておいてね」
「あ、はい」
メディナスからやる気のある返事を聞くことが出来たので、早速魔道具錬成を始めることにする。
モノクル越しに見えるメニューを手で操作してセントラルに別の指示を出す。
『かしこました』
耳に届くセントラルの声を合図に、素材を手に取り魔道具の錬成を開始した。
静かな部屋の中、メディナスが固唾を呑んで僕の手元を注意深く観察している。
手元から漏れていた淡い光が収まると、そこにはフィンガーレスグローブが見えた。
「これで完成っと」
モノクル越しに表示されている内容を確認し、魔道具の完成を宣言する。
「熟練の域に達すると、こんなに早く錬成が完成するんですね」
「まあ慣れることも大事だけど、より良い物を錬成したいのであれば、一つ一つの作業工程を丁寧に行うことも忘れないようにね」
「はい!」
メディナスが元気よく返事をした。すでに落ち込んでいた時とは別人のように明るい。アリスの作った食事や先ほどの休憩もきちんと効いたのかもしれないな。
「じゃあ早速、このグローブを使って金の錬成をしてみようか」
そう言って出来上がったばかりのグローブをメディナスに手渡して装着を促す。
グローブを受け取ったメディナスは緊張した様子で手にはめている。そして空間魔術を行使すると目の前に開かれた空間に手を入れた。
少しの間、空間に入れた手をもぞもぞと動かしながら何かを探す素振りを見せている。そして――
「先生、申し訳ありません。錬金素材をお借りすることは出来ないでしょうか? 先日買った分も無くなってしまいまして……」
……盛大にズッコケそうになるのをギリギリで我慢をする。
「はは、仕方がないな。ちょっと待って」
そう口にして部屋のストレージに手を入れて素材を探すが、……金の錬成素材はストレージには入っていなかったことを思い出した。
……今更、金の錬成なんてしないからなぁ。
今から金の錬成素材を準備するとなると店まで買いに行かなければならないが、この時間ではもう空いてはいないだろう。……ん、買う?
「メディナス、金の錬成素材は結構な量が配布されていなかった?」
そう、何を行うにしても初の試みだったため、生徒たちには十分な練習ができるようにと、相当多めに素材が配布されていたはずなのだ。
そして当然のことながら余った分は後で返却するように言われている。つまり普通の練習であればそうそう消費できる量ではない。ということはつまり――
「ぜ、全部使い切ってしまったので買い足したんです」
「お、おう」
……それだけ必死だったと、問題を抱えたままにも関わらず、錬金術に対して真摯に向き合ったということなのだろう。
であれば少し早いかもしれないがその努力はそろそろ報われても良い。
改めてストレージに手を入れて、メディナスに頼まれたものとは別の素材を取り出して、そのまま机に広げる。
それを見たメディナスは思っていたものと異なる素材が出てきたせいか心配そうにこちらを見ている。そんなメディナスの目を見ながら口を開く。
「今からメディナスには白金を錬成してもらおうと思う」




