特別講義を行います
突然、特別講義開催の提案をした事が予想外だったようで、メディナスは僕の目の前で目を白黒させている。
確かに唐突な提案だったことは理解している。その為メディナスの反応を少し待ってみたところ、多少思考が働きはじめたようで人差し指を立てて口に当てながら斜め上を見ながら考え始めた。
そしてやはり疑問は消えなかったようで、改めてこちらへ向き直ると恐る恐る口を開いた。
「……えっと、すみませんもう一度お願いしても良いですか?」
「このあと場所を変えて近代錬金術の特別講義を行います」
予想通りの質問だったので待ち時間ゼロで回答をする。
「本当ですか!?」
「あ、ああ。非常勤とは言っても一応は講師として身をおいているわけだからね。教え子が壁にぶつかって悩んでいるのであれば、さすがに放っておくことは出来ないよ。近代錬金術の普及のためにもね」
質問は予想通りだったのだが、その食いつき具合は僕としても想定外だった。そんなに興奮するような事だろうか? 先ほどまでとの温度差には少々疑問を感じなくはないが、ひとまずは話を進めさせてもらう事にしよう。
「ここからだと一番近いのは僕の家かな。アリス、使えそうな部屋はあるかい?」
「えっと、……はい。問題ありません」
アリスは少しだけ考えを巡らせた後、そう答えながら胸の前で両手を軽く叩いた。そしてそのまま言葉を続け――
「それでは私は今夜の食事の準備をしておきますね」
「ああ、そうだね。講義が長引くかもしれないからメディナスも食べていきなよ」
「は、はい!」
「それじゃあアリス、すまないけど準備をお願いするね」
「かしこまりました。メディナスは何か食べられないものはありますか?」
「私は特に苦手なものは無いです」
メディナスの言葉を聞いてアリスが嬉しそうに頷く。
「それでは食材の買い出しがありますので、私はここで失礼致します」
「大丈夫だと思うけど気をつけてね」
アリスはこちらに向き直り一礼すると買い物をするため、大通りの方へ歩いていった。
その姿を見送った後、特別講義の為に場所を移動を始めたのだが、後ろを振り向くとメディナスはその場から動いていない。
「メディナス?」
「……よろしかったのでしょうか?」
「よろしいって、何が?」
「バーナード様はシェリル様から直々に任命されている特別講師です。そんな方に私の都合でご迷惑をおかけしてしまってよろしいのでしょうか?」
「はは、そんなことは気にしなくていいよ。常に講義をしているわけではないから、シェリルさんには特別講義の方針に関しては好きにやって良いって言われているしね。お節介だったかな?」
「いえ、そんな事ありません。そういうことであれば是非ともよろしくお願いします!」
メディナスが慌てて手を振りながら否定をする。その表情からは先ほどまでの暗い感情は消えているように見える。こういう屈託のない仕草が余計に性別を勘違いさせてしまっているのだろう。
話はまとまったので改めて移動を始める。家に向かう間、メディナスが普段の講義で感じている疑問や不安に関して聞いてみるが、鉱物の錬成に手こずっている以外は特に問題は感じていないらしい。
シャーロット達が行っている講義は僕も何度か見てはいるのでそれほど心配はしていなかったのだが、生徒達は僕とは異なり近代錬金術の知識量は少ない。思いもよらないところで問題が発生している可能性もあるため、念のため確認したという訳である。
まあ、メディナスの悩みに気がついてあげられなかったのは減点ではあるが、シャーロット達の頑張りは十分に理解している。それに気が付かなかったのは僕も一緒だ。
――程なくして自宅に帰り着いた。空き部屋にメディナスを案内すると、備え付けのストレージを物色する。
さてまずはメディナスが何故、金の錬成に手こずっているのか? まだ確認したわけではないがこれに関しては恐らくは僕の予想した通りになるだろうとは思っている。
「まずは僕の予想を確認するためにこれを使って確かめようか」
僕はそう言って部屋のストレージから錬成粉といくつかの錬金素材を取り出す。すると、それを見たメディナスの顔が一瞬驚き、そして戸惑いへと変化していく。
「これは、……薬草、それと何かの内臓の干物ですか?」
「うん、これは薬草でこっちの干物はジャイアントバイパーの内臓、一応どちらも異界産の素材なんだけど用途はわかるかい?」
自信なさげにメディナスが素材の名前を答える。恐らくはどうして僕がこの素材を取り出したのか、そこに疑問を感じたからだろう。
だから敢えてこの素材の使いみちを問いかける。この素材は決して間違いではない。
「……今机の上に出ている素材を見たところでは、体力回復ポーションに使うのだと思います」
「うん、正解。というわけでメディナスにはこれから体力回復ポーションの錬成を行ってもらおうと思います」
「え、私は金の錬成に手こずっているんですよ? それよりも錬成難度の高いポーションの錬成が上手く行くとはとても……」
メディナスが疑問を感じているのも十分に理解は出来る。その理由は単純明快で体力回復ポーションの錬成難度が金の錬成難度よりも高いという点に尽きるだろう。
だが、僕の予想が合っていればメディナスは体力回復ポーションの錬成には成功するはずだ。だからあくまでもこのまま余裕を崩さずに押し通させて貰おう。今は頭に入らないかもしれないので説明は後回しで良い。
「メディナス、悲観するのは終わってからにしよう。それに僕も何の目算もなくこんな事をやらせたりはしないよ?」
「そう、ですね。……わかりました! 私、先生を信じて頑張ってみます。ダメ元ですよね!」
……いや、ダメ元は信じていないだろう。だから大丈夫だってば。
メディナスは先ほどの一言で吹っ切ることが出来たのか、淀みのない手順で体力回復ポーションの錬成を始める。……うん、よく勉強している。それだけ近代錬金術に対する熱意を持ってくれているということなのだろう。
そして必要な素材を全て混ぜ終わり、工程の最後に込めた魔力をモノクル越しに確認する。一瞬だけ軽くメディナスの手元が光り、そして――
「……え、うそ!?」
メディナスの手元にある瓶の中には、黄色い液体がなみなみと生成されていた。そしてメディナスはまだ気がついていないと思うが、その品質はとても金の錬成に四苦八苦した者が作れるレベルでは無いような物になっている。
「うん、僕が予想していた通りだ。メディナスは決して錬金術の才能がないわけではない」
才能の有無よりも予想していた通りの部分を若干強めに言いながら、当然の結果である事を主張する。しかしメディナスは目の前で起きた出来事が未だに信じられないようで、僕の言葉が伝わったのか怪しいところではある。
仕方がないのでメディナスの反応を待たずに原因の説明を始めることにする。
「メディナスが金の錬成に手こずった原因、それはメディナスの魔力量にある。単純に錬成に必要な分が足りていなかったんだ」
「え、そんなはずは……。私は魔術師ですよ? 採用の適正試験で私は魔術師として十分な魔力量を保持している事は確認できています」
僕の説明でメディナスの表情は更に困惑の色を深める。折角錬成に成功したのだから、素直に喜んでくれてもこちらとしては一向に構わないのだが、まあそれも仕方がないことではある。
メディナスの言うとおり魔術師としての適性を見るために、全ての魔術師は魔力量の測定が義務付けられている。だから全ての魔術師は自分がどれだけの魔力を保有しているのか知っている。
近代錬金術は魔術師ではなくても使うことが出来る。つまり保有する魔力量が少ない非魔術師でも錬成を行うことが出来るということである。それではなぜ魔力量が足りないという話になるのか?
「ああ、言い方が悪かったね。問題になっている魔力量というのは、魔力の総保有量ではなく魔力の放出量なんだ」




