消火魔術
シェリルさんの説明で詠唱隠蔽のメリットを更に知ることができた。
……そういうことか、これまで何度か詠唱隠蔽魔術を見てきたが、詠唱を開始したタイミングなんて全く意識していなかった。
特に最近は詠唱時間に関係なく、魔術発動の動きを見せた時に魔力をかき混ぜたりしていたから余計にわからないな。
しかしそうなると、先ほど戦ったナズリは詠唱魔術に対して相当に特殊なこだわりがあったということなのだろうか。それとも詠唱隠蔽の練度を上げられなかったが故に、あのような戦い方を選ばざるをえなかった?
……まあ、そこに関しては今推測をしたところで大した意味は無い、か。
「ありがとうございます。とても勉強になりました。ところで……」
「どういたしまして、それで何かしら?」
珍しく僕に説明出来たのが嬉しいのか、シェリルさんの機嫌は非常に良い。腰に手を当てて誇らしげにしている。この場面だけを切り取るならば、非常にのんびりとした時間が流れているのだが、しかしながら一点だけ早急に確認しておかなければならないことがある。それは――
「周りの炎がどんどん広がっていますけど消さなくて大丈夫ですか?」
そう、シェリルさんが嬉しそうに説明をしている最中も、周囲の炎は順調に燃え広がっていたのである。シェリルさんのことだから既に対策を打っているものと思っていたのだが、火の広がり具合から見る限りではどうもそうではないような気がしてきたので、つい我慢できなくなって聞いてしまった。
しかしシェリルさんの反応は僕の思っていた反応とは少し異なっていた。なぜか鳩が豆鉄砲を食らったような顔でこちらを見ているのだ。
「え、そこは駆けつけてくれたバーナードくんがなんとかしてくれるんじゃないの? 妙に落ち着いて質問してきたから、てっきり……」
「これはシェリルさんが好き好んで燃やしたんでしょう? 敵に燃やされたのであればともかく、そこは燃やした本人がなんとかしてください」
するとシェリルさんは急に深刻そうな表情に変わり、しみじみと何かを思い出したかのように語り始めた。
「……先程は激しい戦いだったわ。そういえば敵の魔術が飛び火したんだったかな」
「先程は一度も魔術を撃たせてないって嬉しそうに言っていましたね」
わざとらしく誤魔化そうとするシェリルさんに対して満面の笑みで対応を続ける。
先程までの上機嫌は何処へやら。シェリルさんはその表情を固まらせたまま、まるで錆びたドアの様にぎこちなく周囲を見渡した。
「……私、燃やすのは得意なんだけど、火を消す魔術は苦手なのよね」
「いやいや、さじを投げないでくださいよ。というより消せないのにこんなに派手に燃やさないでください」
「いやぁ、ちょっとイラついてたからつい、ね。てへ」
シェリルさんはぺろりと舌を出して可愛さアピールを始めてしまった。……はぁ。
――どうもこのまま放っておいたら被害がどんどん大きくなってしまいそうだ。そう思いつつ、改めて一つ大きなため息をつく。
「今回は特別ですよ。後で費用を請求させてもらいますから」
「さすがはバーナード君、素敵! 最高! 惚れちゃいそう!」
「……やっぱりやめようかな」
「あ、調子に乗りました。ゴメンナサイ」
調子に乗りかけたシェリルさんを牽制しつつ改めて周りの状況を確認する。
火災の規模はそれなりに広がってはいるが、まだ対処しきれない程までにはなっていない。さすがに壊れた建物はどうしようもないので、そこは諦めて火災だけを対処してしまうことにする。
再び軽くため息をつき、アイテムポーチからとある魔道具をいくつか取り出す。少しだけ勿体無いが今回のような規模の火災を消火するのに適した魔道具となるとこれしかないので仕方がない。
当然のことながら見慣れない魔道具を見たことでシェリルさんが興味深そうな顔をしている。
「そのボールみたいな近代魔道具で火を消すってこと?」
「そうなりますね。シェリルさんは消火魔術がどのようにして火を消すのかは知っていますか?」
「もちろん知っているわ。消火魔術は苦手だからきちんと使えないけどね」
火が燃えるためには大きく四つの要素が必要となる。まずは可燃性触媒の存在、これはもちろん建材等がそれに当たる。次に燃えるための空気、なんでもこの空気中には火が燃えるための成分が含まれているらしい。そして発火点を超える熱量と燃焼が続くための連鎖反応。
つまり消火を行う為には、その四つの要素を断てばいい。過去にセオドールが発表した論文に従うならば、除去効果、冷却効果、窒息効果、抑制効果がそれに当たる。
そしてそれを実現したものが消火魔術である。
消火魔術というものは四大属性の魔術を正しく駆使する事で消火の四要素を満たすことが出来る魔術の事だ。
火属性の魔術で点火源から火を一時的に除去することで除去効果を実現し、水属性の魔術で熱を奪い冷却効果を実現する。そして風属性の魔術で燃焼に必要な空気を取り除き窒息効果を実現し、土属性の魔術で触媒が燃えにくくなるように抑制する事で抑制効果を得るというわけだ。
「これはその消火魔術と同じ効果がある魔道具なんですよ」
そして実は消火魔術には元になる近代魔道具が存在する。それがこの僕がセオドールの論文を元に作り出したカームファイアである。
ちなみに先ほど説明した消火魔術は錬金術から魔術へ逆輸入されたという珍しいパターンの魔術だったりする。
シェリルさんに説明しながら、並行して幾つかの火元に向かって投げ入れる。すると火に包まれた魔道具が弾けて、その中から飛び出た四属性の魔力が火から火へと次々と広がっていく。
そして魔力の広がりに反比例するかのように周囲をに広がっていた火の勢いが弱まり始めた。……これで火災は程なく収まってくれることだろう。
「それにしても、よくそんな都合の良い魔道具を持ってたわね。本当に助かったわ」
「錬金術の研究をしているとどうしても錬成失敗が原因で火災に見舞われる事が多いですからね。昔は全ての錬金術師が必ず所持していましたよ。とは言っても僕が持っていた物も数に限りがあります。今回の消火で使用してしまったので次はありませんよ」
手持ち分で今回の規模程度の消火は十分に行えるのだが、これは使い捨ての魔道具なので再利用ができないのだ。
するとシェリルさんが心配そうな顔をしてこちらを見る。
「……そんなに貴重な素材を使っているの?」
「いや、貴重ではないですけど、火水風土の四属性分エレメンタルの素材が必要なんですよ。今のところ異界では亜種しか見かけてなかったし、都市内に流通している素材にも見かけませんでした。だから補充ができないということです」
僕の言い方が悪かったのか、シェリルさんは貴重な素材が必要であると勘違いしてしまったようだ。単純に異界都市内の流通で見かけたことが無いと言うだけのことなのでそれほど心配する必要はない。
必要な素材がそれほど貴重なものではない事に安心したのか、シェリルさんは僕が目を話したスキにほっと胸を撫で下ろしていた。まあ、バッチリ見えてしまったのだが。
「それくらいの素材であればいくらでも調達できるわ。折角だから今後の事も考えて多めに作ってもらっても良いかしら? もちろん報酬は弾むわよ」
「報酬はそれほど要らないです。でもそうか、シェリルさんにお願いしたら色々な素材が融通してもらえそうですね。そっちの方向でお願いしようかな」
「……えっと、それはそれで、その表情を見ると何だか不安になるわね。なるべく常識的な素材で頼みたいところかな」
ふむ、何やら警戒されてしまったようだ。つい口元が緩んでしまったので恐らくはそれが余計な不安を与えてしまった原因だろう。




