都市炎上
空間が元に戻ったことで制御対象を失ったポータルジャックも地面に落ちており、その淡い光も消えていた。
「この魔道具があったおかげで面倒が少なくてすんだな」
今回の戦いに関しては、ナズリ達が自分たちの戦略の弱点をきちんと把握していなかったことが、勝因として大部分を占めていると言っても良いだろう。……とはいえ、これはこれで仕方が無いのかもしれない。
ここに至るまでの彼女達の行動を見る限り、準備万端の敵を相手取って正々堂々と戦う事は完全にイレギュラー、敵の裏を突き罠にはめて消す。これは呪いや催眠を使っていたことからも分かる通り、彼女たちアラベスクにとっての必勝メソッドなのだろう。
とはいえ普通なら踊り子十人に次から次へと斬りかかられて避けきれるものではないし、ナズリの魔術も詠唱そのものは遅いものの、いざ発射されれば非常に高速な為、誰でも避けられるというものでもない。正面から戦ったとしても十分に脅威な事は疑いようはない。
――地面に倒れるナズリを拘束してから一旦視線を外し、周囲の状況を確認したが少なくとも近隣に被害は出ていないようだった。これは魔曲を使ってくれた事に感謝するべきだろう。
彼女たちからすれば暴動前に騒ぎを起こすことで、余計なリスクを負いたくなかったのかもしれないが、僕としてはそのおかげで思い切った作戦を取ることが可能になったのだから皮肉なものである。
僕が蹴り吹き飛ばした地面もほら、この通り破損の一つも見当たらない。正直なところ広場でぶっ放していたら相当な被害が出ていた事は想像に難くない、というかあの作戦は絶対に実行していないと思う。後でシェリルさんに何を言われるかわかったものではないからな。
あの人はキレると割りとすぐに魔術ぶっ放すから、怒らせなくて済むのならば怒らせないに越したことはない。
閑話休題、幸いなことにスパイダーネットで拘束した踊り子達は全員が爆発の衝撃で気絶していたので、改めて拘束をし直すのには特に手間取ることはなかった。
さて、とりあえず僕の担当分が片付いた。しかし、そうなると今度は僕以外の状況というか戦況が気になってくる。
ナズリ達はなぜか僕が単独で行動を起したように勘違いしていたが、そんなことはするわけがない。もちろん今夜のアラベスクの動きはシェリルさんと情報共有をしている。
その上で今回は一番苦労しそうな広場を僕が担当し、残りの都市内に散らばっている魔術師はアリスとディアナ、そしてシェリルさんとその配下が対処をすることになっている。
実を言うと異界都市全体に関わる程の事件だったので、ジーク達探索パーティメンバーはもとより、ダニスさん達にも声を掛けようとしたのだ。しかしさすがにジーク達や他の探索者に頼むことはシェリルさんに断られてしまい、結局は誰にも声を掛けることが出来なかった。まあ領主というものは面子も大事だから仕方がない、か。
戦力的に考えてアリスとディアナに関しては恐らく大丈夫だと思うが、シェリルさんやその配下の魔術師達のことは少なからず心配をしている。
これまで目にしてきたシェリルさんの魔術の実力からすれば、かなりの力を持っているということは想像に難くない。そしてそのシェリルさんが自信を持って組織した魔術師集団であれば心配するということ自体が失礼に当たるのかも知れない。
しかし魔術師対魔術師という組み合わせは、僕の想像の範囲では予測がつかないのも事実だ。
そういう意味で出来れば後方で大人しくしていてほしかったのだが、今回の件に関しては相当怒りを感じていたようで僕には止めることが出来なかった。……少なからず冷静さを失った状態で判断を誤り万が一の事態が起きなければ良いのだが。
何にしても、ひとまず異界都市全体の状況を確認しなければならない。そう思い足場を作りながら素早く上空に駆け上がった。
周りを見渡すと、特に大きな問題は起きていないかと思い安心しかけたところで、最後に目をやった街のとある一箇所だけが炎上していた。
――あの場所は確か、シェリルさんが対処に向かった場所だ!
「くそっ、全然大丈夫じゃないじゃないか!」
滅多に付くことのない悪態を付きながら、慌てて空を蹴り現場への移動を始めた。
炎上している場所にたどり着いて上空から現場の状況を確認する。発見してからこの場所にたどり着くのにはそれほど時間が掛かってはいないのだが、炎の勢いは先程よりも激しさを増していた。
……この場所は、つい先日ファエルと一緒に整地を行った工事現場。そう、つまり前回ディアボロスと戦った、あの場所である。
周囲を見ると建築途中の建物がいくつか破壊され、一部の建物に至っては跡形も無くなってしまっていた。ただし軽くではあるが確認した限りでは建物の被害は大きいが、人的被害が少ないように思える。これは夜の工事現場だったのが不幸中の幸いと言えるだろう。
……シェリルさん、無事でいてくれよ。
目を凝らして周囲を確認していると、炎の先に薄っすらとだが人影を四つ確認することができた。
四人中三人は燃えさかる炎の中で身悶えており、そしてもう一人は何をするでもなく、その様子を眺めていた。……この構図は何気にちょっと怖い。
地面に降り少し近づいて、確かめるようにその様子を眺めていると、一人がこちらに気がついたようで視線がこちらに向く。――シェリルさんだ。
「ちょっとやりすぎちゃった。てへっ」
てへっ、じゃない。心配して損したよ。もしかしなくても建物燃やしたり破壊したのはシェリルさんだろう。
茶目っ気を演出しながら誤魔化しを入れてくるシェリルさんを生暖かい目で見つめながら、改めて周りの被害を確認する。
そう言われてみれば、シェリルさんがキレた際に好んで使う魔術は爆発や炎を発生させるものであり、正に現在進行形で周辺の建物を破壊し続けているものだ。
ここで一つ気になった事をどうしても確認したくなってしまった。
「怪我は――見た感じ全く無さそうですね。そう言えば、敵魔術師はどのような魔術を使ってきたんですか?」
「私がこの程度の魔術師相手に不覚を取るわけがないじゃない。でも、あの魔術師がどんな魔術を使うのかは私には判らないわ」
炎上が敵の魔術の影響である可能性を模索してみたが、シェリルさんは心外そうにそう言って、目の前で転がり回り悶ているファイア・エレメンタルもどき達を指差す。
……燃やしたのはシェリルさんで確定か。しかしシェリルさん程の魔術師が直接戦った相手の魔術が判らないっていうのは一体どういうことだ? ナズリ達のようにまた何か特殊な魔術を行使してきたということなのだろうか?
「彼女たちが何か魔術を使う前に、ついつい全員燃やしちゃったのよ」
「そっちですか。てっきり何か判断がつかないような魔術でも使われてしまったのかと」
少し身構えてしまった自分にちょっとだけ恥ずかしくなってしまったが、さすがはシェリルさんといったところだろうか。相変わらずの問答無用っぷりである。
「あー、ないない。どいつもこいつも一様に詠唱隠蔽の練度が低すぎたから、全く話にもならないわ」
「ん? その言い方だとつまり詠唱隠蔽の練度が何か関係している、ということですか?」
「ああ、そう言えば詠唱隠蔽に関してその辺りは説明してなかったわね。実は詠唱隠蔽には詠唱を隠す事以外にも副産物的に発見された大きな役割があるのよ」
「副産物的な発見、ですか?」
シェリルさんは僕の反応を見て嬉しそうな表情を見せる。
「そう、詠唱魔術は誰が行使しても発動までの時間はそれほど大きく変わらない。これはもちろん知っているわね?」
「はい、それは知っています。そういう言い方をするということは、つまり――」
「詠唱隠蔽は練度を上げることで魔術の発動時間が大きく異なってくるのよ」




