空間の制限
既にナズリは次の魔術の準備に入っている。詠唱を聞く限りは先程と同様の魔術を使用するつもりなのだろう。
確かに、同時に複数展開される高圧水流は脅威である。さすがに僕も後数回はともかく継続的に避けきれる自信はあまりない。そうなる前にナズリの魔力が枯渇してくれれば良いのだが、あの自信を見る限りはそうもいかないだろう。となればきちんと対処をするほかない。
さて、肝心な対処方法だがいくつかは思いつくが、その中でも今回に関して一番効果的に思える対処方法を試みることにする。
とはいえ効果が見込めるとは言っても、先程から数回使用されている歪んだ空間が僕の想像通りならという前提付きではあるが、恐らくは間違えてはいないんじゃないかという確信に近いものは感じている。
この対処方法を実行するには、次に歪められる空間の場所を高い精度で予測するか、もしくは発生したタイミングを逃さないように捕捉する必要がある。
さすがに情報が少ないので、いくらセントラルのサポートを受けたとしても、高精度での予測は難しいだろう。……となれば、発生のタイミングを捕捉するしか無い。
アイテムポーチから今回の対処方法において肝となる近代魔道具を取り出す。
取り出した棒状の魔道具を見て、一瞬ナズリや楽師が怪訝な表情を浮かべたが、すぐに集中を取り戻したようで詠唱に影響が発生することはなかった。
舞いながら詠唱を行うさまは相変わらず見事な物で、この素晴らしい舞がこれまで幾人もの敵対者の命を奪ってきたのだと考えると非常に残念な気持ちになってしまう。
――これ以上は繰り返されないようにしよう。
そう固く心に決め、しかし柔軟に動けるように軽く深呼吸をして身体から無駄な力を抜く。
「セントラル、サポートを頼む」
『かしこまりました。周囲を重点的に警戒します――』
セントラルの返事をきっかけに、僕も集中を再開する。すると周囲に沈黙が訪れる。静と動が対照的に空間を彩る。そして――
「エル・アクアレーザー!」
ナズリの声が空間にこだますると同時に、周囲に発生した水球から再び高圧水流が放たれる。
そして、高速に打ち出されたその水流は瞬く間に僕の元へ到達――する直前に目の前に発生した空間に飲み込まれる。
『――空間の歪みを捕捉』
セントラルからの報告を受け、補足された空間をモノクル越しに追い、振り向きざまに身体を沈ませながら一歩踏み込む。
そして、高圧水流を避けつつ開かれた空間に棒状の近代魔道具を突き入れて即座に起動させる。
次の瞬間、棒状の両端が開き淡い光を発生させる。そして発生した光は高圧水流が通過した空間を包み込んだ。
「……一体何を?」
「そんなに難しいことはしていないです。ちょっと物を引っ掛けて、開いた空間を閉じられなくしただけです」
などと、さも簡単そうに説明してみたが、もちろん嘘だ。実際のところは結構無茶なことをやっていたりする。
本来、空間を歪めるような魔術は間に物が挟まっても閉じなくなったりはしない。実際には供給された魔力が足りなくなるか、もしくは術者の影響が失われてしまえば当然のことながら閉じる。
そして空間が閉じる際に挟まっていた物体もどちらかに押し出されてしまうのが関の山だ。では、この眼の前の空間に引っ掛けた道具がなぜ押し出されないか?
答えは簡単、この道具はポータルジャックと言い、インスタントポータル等を作る際に、空間の調整を支援する為に作った近代魔道具で、これがあるのと無いのでは作業効率は大きく異なってしまうほど便利な代物だ。
魔道具の調整をしていると頻繁に空間の制御が失われてしまう事は避けられないのだが、この魔道具を開いた空間の歪みに引っ掛けることで、その問題はスッキリ解決できる。
空間が術者からの制御がを離れそうになっても無理やり繋ぎ止めて、ある程度の時間に限られるが魔力の供給も支援することで、少しの間だけ空間を開いたままに出来るというスグレモノである。
閑話休題、さて今回なぜこの様な魔道具を引っ張り出したかというと、もちろんきちんとした理由があったりするわけで――
「これで再び形勢逆転です。そろそろ茶番は終わらせましょう」
「……は?」
努めて自信を込めた態度で形勢逆転を宣言してみたのだが、ナズリの反応はというとなぜか非常に乏しい。
「……良いでしょう、もう茶番は終わりです」
そう言い放ち再び魔術の詠唱に入るナズリ、こちらの攻撃が届かないという自信は揺るぎないものなのだろう。
もしかして僕の想像していた事は的外れだったりするのだろうか、などと不安に思いつつナズリの詠唱を眺めていると、ナズリの苛立ちは増したようでその表情に明確に現れる。
「エル・アクアレーザー!」
詠唱が終わり、ナズリの声から感じる強い念に答えるかのように、周囲に浮かぶ水球から幾筋もの高圧水流が放たれ、それぞれの水流は僕の急所を撃ち抜かんばかりの勢いで迫ってくる。
そんな高圧水流をなるべく最小限の動きで避ける。
すれすれで僕の間際を通過した高圧水流は、先ほどと同じように――はならず、そのまま空間の彼方へと消えていった。
「な!?」
「言いましたよ、形勢逆転ですって」
僕の予想が間違えていなかったことに安堵しつつも、そんな素振りを見せないように努めて落ち着いて再度宣言をする。
僕とは逆に全く想像していなかったであろう事象を目にしたナズリと楽師はあからさまに狼狽していた。
……どうりで先ほど僕の言った言葉への反応が乏しかったわけだ。この様子だと楽師が操れるレベルの空間歪曲魔術が持つ制限に関して二人共気がついてはいなかったようだ。
このまま理解してもらえないと、折角小細工をした手前、少々悲しくなってしまう。やむを得ず、先ほどまでと変わらず開いたままになっている歪んだ空間を指差す。
「開くことが出来る空間は一つだけだった、ということですよ」
「……そんな、バカなことが」
「歪めた空間は使い終わったら即時に消していたようなので気が付かなかったんですね」
もっとも僕がこのことを知っていたのは、これまでに幾度となく戦った魔術師達のおかげである。ナズリ達のような使い方ではなかったが、当時は魔力をかき混ぜることもできなければポータルジャックもなかったので対処に苦労したものだ。
そんなことを考えていると、ナズリは僕の指摘を聞いたものの納得がいかない様子で再び詠唱に入る。
……自信のあったメソッドが覆せれた事により、どうも冷静に考えられなくなっているようだ。新たに空間を開けないということは、もう一つ大きな事を意味するのに。
少々残念に思いつつ、アイテムポーチから短剣を取り出してナズリに向けて投擲する。詠唱の真っ最中であるナズリは自らの顔に向けて一直線に飛んできた短剣を慌てて避けたため、バランスを崩してその場に尻もちを付いた。
「のんびりとした詠唱を敵から守ってくれるものはもうありませんよ」
呆然とするナズリに丁寧に指摘するも、既に耳には届いていないようだった。
少しの間、ナズリの様子を見ているとゆっくりとだが状況を飲み込めて来たのか、ゆっくりと立ち上がり一度楽師と目を合わせると一つ頷いた。そして、素早く懐から刃物を取り出し自らの喉元に突き立て――させる事はさせなかった。
素早く刃物を弾き飛ばし、そのままナズリの鳩尾を殴って気を失わさせる。全力で強化していた上に慌てていたので、危うくナズリの身体をぶち抜いてしまいそうになったが、なんとか直前に威力を殺すことに成功した。
咄嗟に動いたので、なんとかナズリの自害は防ぐことができたが、楽師の自害を阻止することは出来なかった。振り向いたときには自らの喉元に刃物を突き立てた楽師は地面に倒れ伏していた。
――そして魔曲の旋律を失った空間はその状態を保つことができなくなり、元の広場へと変化した。




