まさかの詠唱魔術
敵の人数が減ったのは良いのだが、どうにも腑に落ちない点がある。
それは先ほどまでの十二人対一人の構図から、二人対一人というように大幅に戦力差が変化したにも関わらず、ナズリの余裕は未だ失われていないという点だ。
確かに未だ相手の方が多い事には変わりない。しかしながら相手の想定外な方法で盤上をひっくり返しだのだ。もう少し追い込まれた様子を見せてもらっても一向に構わないのだが……。
まあ良い。ひとまずはまだ手の内を見せきっていない事がナズリの自信の源になっているのだと判断するしか無いだろう。
「確かに、先程から見せているその実力はこちらの想定を大きく超えていました。それが近代錬金術による恩恵ということなのでしょう」
「ノーコメントです」
ナズリが余裕な態度でしたり顔で問いかけてくる。確かに近代錬金術の恩恵はあるが、もちろんそれだけではない。……が、わざわざ説明する必要も無いだろう。
それにこちらも先程までの戦いで手の内を全て明かしたわけではない。
「さあ、早くしなければ街中に暴徒が溢れかえってしまいますよ」
そんなに煽るように言ったところで何も変わらないのに、だから先程から何度も、……まあ良い。ナズリの挑発を無視するように、聞こえていないかのように立ち、ただただナズリを見続ける。
するとナズリは僕の態度が気に入らなかったのか、先程までの笑みを消し、一つ小さく舌打ちをすると左手を軽く上げ、楽師に向かって何かしらの合図を送り始めた。
「それでは第二幕を始めましょうか」
ナズリは仰々しく大げさに手を動かすと腰を折り頭を下げた。こういうところは演者としてのこだわりなのだろうか?
一方楽師の方にも変化があった。ナズリの合図を受け、空間に流れる魔曲の曲調が変化したのだ。
先程までよりもゆっくり目な旋律が気持ちの高ぶりを抑えていく。間違いなく何かしらの新しい行動を見せるはずなので、ナズリの変化を見逃さないよう注視する。
すると曲の変化を待ちわびていたかのように、ナズリが魔曲の旋律に合わせるように身体をゆらゆらと動かし始める。先程までの踊り子同様にこちらのタイミングや間合いをおかしくするつもりなのだろうか?
少しずつだがナズリの魔力が高まっていくのを感じる。モノクル越しに確認すると確かに魔力の質も高まっているようだ。
「おお、大いなる水の恵みよ――」
え!?
ここにきてまさかの詠唱だった。詠唱隠蔽は無しだ。この現在においてはもちろん初めて聞く詠唱なのだが、……ものすごく久しぶりに聞いたせいか、この詠唱という物が非常に新鮮に感じてしまう。
……しかし良いのだろうか?
現在において、魔術師にとっては詠唱を隠蔽することはほぼ常識と言っても良いほどに浸透していると聞いている。理由はもちろん、詠唱を行うことによって、どのような魔術を使おうとしているのか相手次第では容易にわかってしまうからだ。
昨今では近代錬金術が失われていたとはいえ、その時の失態に対抗するかのようなこの技術は、今は魔術学院では基礎教育に含まれているほどだ。魔術を利用してこのような暴動を仕掛けるほどの実力を持った魔術師が詠唱隠蔽を扱えないはずがない。
これまでの会話を思い出す限りでは、ナズリは近代錬金術を詳しく知らない。プリッシラさんから伝え聞いた程度の知識は、僕の引き出しからしてみれば非常に限定的だから仕方がないことではある。……それが事実なら、という条件付きだが。
これはもしかするとアラベスクの戦いに対するこだわり、美学といったところだろうか?
そう考えてみれば、実際になかなか手ごわかったので気が付かなかったのだが。先程無力化した踊り子達もあくまで魔曲の旋律にのって戦っていた。
僕が少々考えにふけっている間も、ナズリの詠唱は続いている。踊りながら歌うように紡がれる詠唱は、まるで祭壇の上で神様に巫女の舞を奉納するかのように芸術性すら感じる。
「我が敵を貫け――」
しかしながら今は戦闘の真っ最中だ。だから遠慮なく高めた魔力をかき混ぜさせてもらおう。これでナズリが発動しようとしている魔術は何も――
「エル・アクアレーザー!」
ナズリの周囲に複数の水球が発生し、その全てからから高い圧力で圧縮されたであろう水が一筋、僕に向かって放たれた。
マズい!?
想定外の出来事に混乱しつつも、慌てて身をよじり何とか紙一重での回避に成功する。
「まさか魔術がちゃんと発動するとは思いませんでしたよ」
「……魔術師を馬鹿にしているのですか? 魔曲によるアレンジは施していますが、この程度の詠唱を謝ることなどある訳がないでしょう。本当に安い挑発ですね。飽き飽きしますよ」
「あ、いやそういう訳では……」
「無駄な時間稼ぎはやめなさい。次はこの程度ではありませんよ」
……どういうことだろうか?
僕は先程確かにナズリに集まる魔力をかき混ぜた。それは間違いない。
だというのに、何故ナズリの魔術は発動した?
先程と同じようにモノクル越しにナズリの詠唱する様を見る。――確認したところでは、詠唱行為そのものは実に模範的ものである。
試しに今回は魔術の発動直前ではなく、もっと早い段階で魔力をかき混ぜてみる。通常であれば、魔力が安定しなくなるために魔術の発動が遅くなるはずなのだが……。
「エル・アクアレーザー!」
――結果として、僕の予想に反してナズリの魔術は何事もなく発動してしまった。
先程と同様、僕に向かい放たれた複数の水流を身体をかすめそうになりながらも何とか回避した――瞬間、ナズリが不敵な笑みを浮かべる。
直後、僕の後方の空間に歪みを感じ、慌てて振り向きながら飛び退くと、水流はその空間を貫くように吸い込まれ――別の歪みから僕に向かって高圧の水流が放たれた。
幾つかは回避できたが一つは避けきることが出来なかった。慌てて月詠を振り、何とか水流を切ることには成功したが、手に若干痺れがくる程の衝撃に顔が歪んでしまう。
そんな僕の様子を見てナズリは嬉しそうに拍手をする。
「……驚きました。これも避けてしまうとは思いませんでしたよ」
「自分でヒントを与えておいてよく言いますね。表情には気をつけたほうが良いですよ」
「おっと、これはいけませんね。癖なのでしょうね、フフフ」
僕の言葉を聞いて、ナズリは自らの顔をなでながらもさらに口角を上げる。癖を直す気なんてさらさら無いだろうに。
しかし、先ほどの攻防で一つわかったことがある。それは、魔曲の旋律に乗せた魔術は魔力が非常に安定して高まる、という事だ。僕の魔道具は魔力をかき混ぜることは出来るのだが、その力は非常に小さい。
これはこれまでも数回試みてきたように、魔力をかき乱しても魔曲を無効化できないのと同じ状態である。
これに関しては反応を見る限り、恐らくナズリも気がついてはいない。それは不幸中の幸いだろう。
今は楽師が魔曲を演奏している都合上、ナズリしか魔術を放ってこないので助かっているが、これがもし複数人の魔術師による攻撃だったとしたら避けきれる自信は無い。
……ひとまずは錬金術排斥派の勢力に、これに気がついている魔術師がいないことを祈るに留めて、今は目の前の戦いに集中しよう。
さて、ナズリの魔術だけでなく楽師の魔曲による空間湾曲が重なった事により、詠唱中のナズリを攻撃することが非常に困難である事がわかった。迂闊に飛び込むと何をされるかわかったものではない。分析にとどめた自分を褒めてやりたいくらいだ。
先ほどの攻撃パターンを見た限りでは、恐らくだが高速で連続に空間を歪めることはできないだろうと思われる。それは先ほどまでの攻防で十分に予想がつく。
それならば戦い方はある。
バーナード芸術を語る。
何か中二病っぽい詠唱を考えようとしたのですが、時間を掛けても全く思いつきませんでした。orz




