破滅の輪舞曲
残念ながらMFブックス&アリアンローズ新人賞は落選してしましたが、編集部総評で完成度が高いとのコメントをいただけたのは嬉しかったです。
これからも頑張って楽しんで書いていきたいです。
僕からの降伏勧告を受け、ナズリは半歩程度後ずさりして距離を取った。そして何かを探るようにこちらを見つめている。
「いつからかわかりませんが、我々の行動にいち早く気がついたことは賞賛に値します」
「あなた達の行動には気になる行動がいくつもあったもので、……どんどん疑惑の思いが膨らむ中、その疑惑が確信に変わった決め手は――入管記録でした」
そう、先日わざわざシェリルさんに無理を言ってまで確認したあの書類だ。あの書類にはこの異界都市アミルトに外部から立ち入った者が記録されている。
「その入管記録によると、アラベスクは座長であるナズリ、名前は省略しますが副座長である楽師一名、踊り子十名の合計十二人で構成されていることになっています。しかし僕がここ数日で認識した限りでは、アラベスクは十二人を超えていました。これはさすがにおかしい」
「……この都市内で臨時で雇っていた可能性もありますが?」
「確かにその可能性もゼロでは無いですが、貴方は僕にアラベスクの踊り子として紹介しました。そしてその言葉に嘘は無かった」
少なくともモノクル越しにそう確認している。
更に言ってしまえば、入管記録ではアラベスクの全員の備考欄に魔術師である、とも書かれていた。
そうであるならば、あの広場で踊っていた魔力を保有していない踊り子は?
そして魔術師である踊り子数名が不在時に発生した、近代錬金術研究所への破壊工作。恐らくはゼノヴィアを操る為に、現場周辺に潜んでいたのだろう。
魔力を持たない踊り子は、破壊工作時のアリバイ用に人数調整を行う為の人員ということになる。
恐らくだが都市に入る際には無関係を装う等、何らかの偽装したということなのだろう。
「改めて言います。諦めて大人しく掴まってはもらえませんか?」
改めて僕からの勧告を受けたナズリは一瞬目を見開いて、一拍置いてから視線を周囲に巡らせる。
そして僅かに微笑むと一転、余裕を取り戻したかのように優雅な所作でこちらへ向き直る。
「……なるほど、そういうことですか」
どういうことですか?
「我々の行動に気が付きながらも対抗する術が無かった。そうではありませんか?」
そうではありませんよ。アラベスクが行った大規模な洗脳魔術は、間違いなくきちんと対策をした。そこは自信がある。
「そこで催眠煽動役の私を止めようと、そういうことですね」
……イマイチこういった説得というか、駆け引きのようなやり取りに慣れていないせいでナズリを勘違いさせてしまったようだ。まったく、自分の交渉下手さ具合に情けなくなってしまう。
確かに普通に考えれば、あの規模の魔術を全てキャンセルしたなどと、容易に信用できることではない。
それに加えて、低姿勢な降伏勧告だ。自身の魔術に一定の自信を持ち合わせているのであれば、当然僕の発言が下手くそなハッタリであると考えてしまったとしてもおかしくはない、か。
ここで種明かしをしてしまえば、アラベスクの洗脳魔術の鍵となるのは抵抗力を落とす呪いである。
当然のことだが呪いの魔術というのも催眠と同様に対象に抵抗される危険性がある。それどころか相手に気が付かれてしまう。そこで例のダンス・オブ・デスの魔術の出番である。
公演を見た観客は演目であるダンス・オブ・デスを弱呪いとして肯定的に身を委ねている。観客は当然の事ながら新たな体験を許容し踊る事で、弱呪いへの忌避感が薄れてしまう。
その後は巧みに精神を疲弊させるマインド・ロットの魔術を混ぜ込み、催眠への抵抗を下げることで下準備を行い、最後に催眠の魔術ヒュプノシスを行使する。
対象に気が付かれないようにこれだけの手順を行うのは大したものだ。僕も事前にネタを握っているからこそ、すぐに分かったにすぎない。
……しかしながら、この魔術には致命的な弱点がある。それはこの魔術を行使するためには複数人の魔術師が必要となる点だ。
この魔術の一連の手順を対象に気が付かれないように隠蔽しつつ行使するには、例え一人であっても相当な技術を要する。だというのにアラベスクはこれを複数人で行使している訳だ。シェリルさんに確認した限りでは、普通ならば不可能と言っても差し支えないだろう。
その為、アラベスクは常に一定の魔術になるようにすることで負担を下げているというわけだ。
このことにはゼノヴィアに掛けられた魔術と、僕が体験したダンス・オブ・デスを比べた時に気がついたのだが、そのお陰で今日の公演時には警備用に設置した近代魔道具でマインド・ロット以降をキャンセルすることが可能となったというわけだ。
閑話休題、困ったことにナズリは先程までとは打って変わって、すっかり冷静さを取り戻してしまっている。
非常に困ったことだが、仕方がないのできちんと説明して理解してもらう他無いだろう。
「あ、いや、だから催眠魔術をキャンセルしたので暴動は起きませんよ。決してハッタリという訳では――」
「ふふふ、これ以上の与太話は不要です。……どちらにせよ全ては貴方を消せばわかる事」
僕の言葉を打ち消すように言い放ったナズリが手を挙げると、魔力が弾けるように周辺に放たれた。……何かの合図だろうか?
すると、僕の疑問に答えるように、どこからとも無く現れた影が僕を取り囲んだ。その数十一人。
モノクル越しに見る限りでは一人を除き、残りの全員が魔力を持ち合わせていない。魔力を保有している一人は楽師、残りは踊り子だ。
その身のこなしは非常に軽く、まるで羽根でも生えているかのように滑らかで体重を感じさせない。
身に着けている服は、目の前にいるナズリと同じように、人混みでも目立ちにくい地味な見た目である。
……なるほど、ただの人数合わせのアリバイ要員というわけでは無いということか。
しかし、僕が気を引いたのはその身のこなしや身なりでは無かった。
「双子、ですか。見た目は判断がつかないほどですね」
そういえば以前まだ若かった頃の話だが、双子は生まれる際に魔力が片方に偏りやすいという話を何度か聞いたことがある。
これまで知り合いに双子がいなかったため、それを確認したことはなかったのだが、アラベスクはそれが十組も集まっているということか。よくもまあこれだけ集めたものだ。
「さて、これで形勢逆転といったところでしょうか? とは言っても降伏勧告はありませんよ。ここには一人で来るべきではありませんでしたね」
ナズリは僕の言葉を聞いているのか、それとも聞いていないのか、無視して話を進めている。
……僕が一人でここに来たのは、あくまでもひとりで十分だと判断したからなのだが、ナズリはそう思わなかったということか。まあ別に構わないが。それよりも――
「ここがどこかわかって言っていますか? こんなところで暴れてはすぐに警備に見つかりますよ?」
「ふふふ、そういうことなら心配ご無用ですよ」
ナズリが不敵な笑みを浮かべ再び手を挙げる。するとアラベスクの楽師が楽器を奏ではじめ、その乱れのない旋律に魔力が混ざり膨らんでいく。そして――
僕達の周辺は隔離された別の空間へと変化した。
……なるほど、こういった不測の事態にも対応出来るような訓練を受けているということか。プリッシラさん以外にも魔曲を使える者はいる、ということは疑いたくはないが、プリッシラさんがアラベスクの協力者という線は、……さすがに無いか。
プリッシラさんは僕が近代錬金術を操り、多くの魔道具を使いこなすことを知っている。フィリップ副司祭との決闘も見ているのだ。もしも敵ならば、僕に弱呪いを見せるようなヘマは決してしないだろう。
それにあの時のプリッシラさんの表情は、いたずらに成功したをしたような満足そうな印象だった。
ひとまずはあのいたずらには感謝をしなければならないな、などと音楽に耳を傾けながら考えていると、僕を取り囲む敵が新たな動きを見せる。
「さあ、破滅の輪舞曲を楽しみましょうか」




