暴動なら起きませんよ
――アラベスクの公演は大きな盛り上がりを見せ、無事に幕を閉じた。特に最後の演目ではステージ上のアラベスク達だけでなく、それを観覧していた観客のほとんどを巻き込む事で、彼女たちはその実力を遺憾なく発揮したと言って良いだろう。
その証拠にステージからアラベスクの踊り子たちが降りた後も、熱狂冷めやらぬ観客は同じブロック内の者にその興奮を語り、今なお熱心に互いの感想を交換している。今回の公演を見ることが出来なかった者達の耳にもきっと届くことだろう。
この勢いでしばらくの間は異界都市内で音楽や踊りの需要が高まるかもしれない。もしかしたら新たな商流が生まれることもある可能性もあるだろう。
さて、今回は領主であるシェリルさんが正式に観覧した事で、公演中にシェリルさんの命を狙う輩が出てこないかという心配もあったが、……それは杞憂に終わった。
少なくとも僕が把握している範囲内では不審者が近寄るどころか、辺りに潜んでいるというようなことも無かったと思われる。まあ、これだけ厳重に警護していたのだ、何かあってはこちらが困る。
肝心のシェリルさんの様子はというと、少々遠目なのでわかりにくいが、その表情を見る限りでは十分に満足をしているであろう事が伝わってくる。
とはいっても、さすがに立場があるからなのか、シェリルさんは観覧中に他の客のように踊るようなことは無かった。
てっきりシェリルさんの事だから羽目を外して踊りかねないと思っていたのだが。まあ、よくよく考えれば領主という立場で観覧している以上は、同じように踊るようなことはありえない、か。
僕が見ていたことにようやく気がついたのか、シェリルさんと目が合った。こちらを見ているシェリルさんの顔が一瞬ほころぶ。
ふと、何か口を開きかけたのだが、ちょうど周りに控える警護の者から声を掛けられたのか、そちらを振り向き一つ頷くと席を立った。恐らくは帰りの馬車の用意ができたのだろう。
去り際にシェリルさんは再びこちらに顔を向けると、何やら小さく口を動かした。
「あとはお願いね」
そう読み取り頷くと、シェリルさんは口角を少し上げ、満足そうにその場を立ち去った。
シェリルさんが広場を後にした為、僕は設営された会場内に配置してあった幾つかの近代魔道具を回収を始めていた。
準備している最中にはそれくらいのことは職員の誰かに任せれば良いと思っていたのだが、実際のところはそういうわけに行かなかった。
せっかく用意した魔道具が不審者に気付かれないように、今回は念には念を入れて、設置した魔道具が人目に触れないように隠蔽をしたのだ。そのため、それぞれの設置場所に関しては僕しか把握していないわけで……。少々面倒ではあるが、自分で回収する他ないという訳である。
人の行き来が少ない裏方をモノクルに表示される各種マーカーを確認しながら一つ一つ漏れ無く魔道具を回収していく。――そして最後の一つを回収し終え一息ついて視線を上げると、その先に華やかな女性たちの一団が目に入った。さすがに見間違えるようなことはない。アラベスクだ。
こうやって遠目に見ても艶やかさや華やかさを感じ取れるというのは、その所作にも洗練された動きが徹底されているからなのだろう。
向こうも僕の存在に気がついたようで、にこやかな表情を浮かべながらこちらに近づいてきた。
「バーナード様、奇遇ですね。今日もお会いできるとは思っていませんでした」
「ナズリさん、お疲れ様でした。今日は素晴らしい公演でしたね」
「ありがとうございます。我々も全力を尽くした甲斐があったというものです。ところで、バーナード様はここで何をなさっていたのです?」
そう言ってナズリは周りをきょろきょろと見渡した。まあ、ここは舞台裏にあたる場所なのだから、僕がいることに違和感を感じるのは仕方が無いことだろう。警戒されていないという事実に喜んでいいものやら悲しんでいいものやら。
でも、遭遇しなかったというだけで、もちろん準備の時からずっといたんですよ。
「今日は会場の警備に協力していたんですよ。とはいっても、特に予定外な問題らしい問題も起きなかったので少々物足りなくは思っていたりはしますけどね。まあ、領主様を含め観客達の反応も良かったですし、言うことはありませんよ。平和なのは良い事です。おかげで公演を楽しく見ることが出来ましたよ」
「バーナード様にそう言っていただけて光栄です。きっと今夜は多くの酒場が私達の公演を肴に盛り上がっていただけるものと期待していますよ」
「はは、お酒を飲み過ぎた探索者達が羽目をはずし過ぎないように、そっちを警備しないといけないかもしれませんね」
ナズリ達はよほど今回の公演の結果に自信があるのだろう。その表情からは全力を尽くした事が根底にあるためか、確信のような物を感じる程だ。
その後は当り障りのない世間話のようなものをしていたのだが、ナズリ達はこれからまだやらなければいけないことがあるようで、特に長話をすること無く去っていった。
そして夜も更けて、僕は近代魔道具の灯りに彩られた町並みを歩き、天獄塔の広場に向かっている。
道すがら喧騒に包まれた賑やかな店がいくつも目につく。ナズリ達が自信を持って語っていたその通りに、今日の公演を観覧した多くの探索者達がその体験を誇張気味に語っている様子が見て取れる。
多少の寄り道をして元気の出る町並みを見ながら、のんびりと歩き天獄塔に辿り着く。
さすがに時間も遅いので、広場にはほとんど人が見当たらなかったが、広場の片隅で人混みを避けるように、一人の女性が立っていた。
女性は僕の存在はまだ気がついていないようで、顔を上げて空を見ていた。元々のスタイルの良さからかとても絵になっている。……印象に残りづらい地味な服装を指定なければ。
なるべく音をたてないように女性へと歩み寄る。
「ここで待っていても、今夜は誰も来ませんよ?」
後ろから声をかけると、目の前の女性が肩を小さくビクリとさせた後、こちらを振り返る。その表情には驚きとともに警戒の色が含まれていた。
「……バーナード様ですか、このような夜更けにどうかされましたか?」
「質問をそのままお返ししますよ。ナズリさんは、このような夜更けにこんな場所で一体何をしているんですか? いや、何をしようとしているんですか?」
今夜のナズリの行動は、事情を何も知らない者が見たとしても奇異に映ることだろう。
あからさまに不審な行動を起こしている割に、距離をとったり抵抗をしようとしないということは、まだ偶然遭遇したという可能性を捨てていないということだろうか? いや、少しではあるが余裕を感じさせる。
「夜は危険が多いので、こんな所にいては危ないですよ」
「暴動なら起きませんよ。僕は公演後に会った時に言いましたよ。予定外な問題は起きなかった、と」
「……何のことかわかりかねます」
僕の言葉を聞いたナズリは見た目には平静を装いつつも、その口元は先程までの余裕を忘れたかのようにくいしばっていた。
「偶然とはいえ僕に大事な武器を見せるべきでは無かった、ということです。プリッシラさんに感謝しないといけないかな。……あなた達が観客に掛けようとした催眠は全て無効にさせてもらいました」
今回のケースは運が良かったというのもあるだろう。ゼノヴィアのお見舞いに行く機会があったので、ついでに魔術の残留をスキャンしたところ、催眠のベースとなる呪いが初回に記録しておいたダンス・オブ・デスと完全に一致したのだ。
おかげさまで完全に対応を行うことができたというわけだ。
「……諦めて大人しく掴まってはもらえませんか?」




