再演
結論から言えば、馬車はシェリルさんの館に向かっていた。単純に忙しい中、僕を発見したものだから移動中の時間を使って情報共有をしたかったということらしい。
つまりは「話は終わったからもう帰って良いよ」ってことなのだが、もちろん帰りの馬車は既に手配してくれていた。……仕事の早いことで。
こういった気の利いた手配は僕にはできないだろうな。まあ、この場合はシェリルさん本人というよりも配下に優秀な人材が集められているということなのだろう。
「本当は食事くらい一緒出来れば良かったのだけど、私はこれからまだ処理しなければならないことが山積みだから、また別の機会にご馳走させてもらうわ」
「ああ、そんなに気を使わなくて構いませんよ」
などと、申し訳無さそうに話すシェリルさんが、なるべく負担を感じないように、と思い返答を返したところ、意外にもシェリルさんの表情に現れたのは苦笑いだった。
「まあそう言わないで招待させてちょうだい。私もバーナード君達と食事をするのは気が楽なのよ」
「……そういうことでしたら、是非。この件が落ち着いたら、いっその事うちに招待しましょうか? そのほうがきっとアリスも喜びます」
「ふふ、確かにアリスちゃん頑張っちゃいそうね。それじゃあ楽しみにしてるわ」
「任せて下さい。ところで、シェリルさんに一つお聞きしたい事があるんですが――」
今回の件に関して、近代錬金術の研究所が狙われた以上は、敵の攻撃に対する策だけ用意して終わりというわけにはいかないだろう。シェリルさんとは別口で構わないので、僕なりに解決に向けて動いておいたほうが良さそうだ。
暗殺、催眠、そして――
――現在、僕は異界都市アミルトの玄関口である正門まで出向いている。その横に設けられた事務所内で、とある書類の閲覧をするためだ。というか今見ている最中である。
幾つかの書類の山から、目的の書類を探しだすのに想定していたほど時間がかからなかったのは幸いだった。もう数日遅ければ別の場所に移されていたらしいので一応は運が良かったのかもしれない。
まあ、ただ目的の事柄を確認するだけであれば、別にシェリルさんに口頭で確認すれば済む話ではあったのだろう。しかしながらシェリルさんも全てを把握しているわけではないだろうし、僕としてもあの段階では確信を以って聞くことができなかったのだ。
という前置きの通り当然だが重要な書類となるため、本来であれば僕が突然訪問したところで書類の閲覧はおろか、この事務所内に入ることすらままならなかっただろう。
今回は出来ることならば自分自身の目で直接確認したい事柄であったため、シェリルさんにお願いをして無理を通してもらったというわけだ。権力者パワー万歳。
内容が内容だったので、シェリルさんには漠然としたお願いになってしまったのだが、事件の解決に近づくことが出来るのであれば、と快く対応をしてもらうことができた。
そして書類を確認する中で僕の中にあった疑念は確信に変わっていくことになった。どうりで会話の端々に違和感を感じたというわけだ。
――それから数日後、天獄塔の広場は再びお祭りのような大きな盛り上がりを見せていた。
その起因となったのはもちろん、シェリルさんが再びアラベスクに指名依頼を出したことにある。
観客がある程度踊ることが出来るように設営にも指示が出され、広場にはステージが設けられ、そのステージを囲むように立ち見席がいくつかのブロックに別れて設けられてた。……よくこの短期間でここまで用意出来たものだ。担当者の内臓も大いに傷んだことだろう。
さらに客席スペースを大きく囲むように露店が配置されているのだが、今回は露店の数は少なめになっている。
理由は簡単、前回露店を出していて公演を見れなかった探索者達からも公演を見たいという要望が出ていたため、露店を開きたい者がそれほど多く無かったというわけだ。
とはいえ、今回の公演は観客一人一人が専有するスペースも広く取る必要があったので、それほど多くの観客を動員することは出来なかったのは非常に残念ではある。
今回は宰相や国王陛下からの要望ではなく、シェリルさんからの要望だったため、妨害工作等への対策として僕からもいくつかの提案をさせてもらった。
アラベスクは広場での公演以降、さらに知名度が上がったようで連日、異界都市内の様々な場所で公演を行っていたため、スケジュールの調整に時間がかかってしまったというわけである。
会場の設営準備には、提案した近代魔道具の提供もすることになってしまった。これにはそれなりに時間がかかってしまったので、僕としては調整に時間がかかってくれて、ちょうど良かった。
お陰で無事準備も整い本日を迎えることができたというわけである。
既に公演は始まっており、安全の為に区切られた各ブロックでは、観客も大盛り上がりを見せている。
一旦広場を見渡した後、ステージから少し離れた所に設けたスペースに目を向ける。向けた視線の先では小綺麗な格好をした女性がアラベスクの公演を満足そうに眺めている。そうシェリルさんだ。さすがに領主としてこの場に来ている以上は、それ相応の身なりで来るようだ。女性は化けるな。
シェリルさんが観覧するために作られたこのスペースは、日が照りすぎないように高そうな布で上が覆われており、中には他の観客席とは異なり疲れたら座れるように、というには少々豪勢な椅子が設置されている。
その周りには複数人の護衛が付いている辺り、普段思っているよりもより強く、上の立場の人間なんだなと実感してしまう。そう思いつつモノクルを確認するとわかるのだが、僕からは見えない所にディアナが控えているようだ。
一応僕もいるので、万が一シェリルさんの命を狙う不届き者が現れたとしても、シェリルさんに危害を加える事は非常に難易度が高いのではないかと思われる。
さて、事前に確認しておいて貰った演目リストによると、この演目の次はいよいよダンス・オブ・デスが披露される事になっているようだ。
ステージ上で艶やかに踊る踊り子一人ひとりをモノクル越しに確認していく――
ふむ、今回は踊り子全員が間違いなく、僕が見た初回の面子で揃えられている。舞台を構成している全員が魔力を保持している、つまりは魔術師だ。……初回の時と異なっている点といえば、楽曲をプリッシラさんが演奏していないということだろう。
今回は前回同様にアラベスク本来の楽師が曲を演奏している。
そして前回初対面だった控えの面子はというと、この広場には来ていないようだ。モノクルに表示されているマーカーを確認する限りでは、宿の一室で待機している。
「――それでは皆様、楽しい踊りの時間です。初めての方も初めてではない方も我々と一緒に踊りましょう」
おっと、いつの間にか曲間に挿入されているナズリの語りも終わったようだ。
初回とは異なり数人の観客をステージに招き入れ、それぞれに簡単に説明をしている。
その様子を見ていると、各ブロックに分けられている観客の一部が互いに距離を取り始めた。既にアラベスクの公演を見たことがある人達が準備を始めたのだろう。
事情がわからない者にとっては違和感のある行為なのだが、周りに説明をしている者もいるようで次第に伝搬していくように皆が距離を取り始めた。
そして、ステージ上のナズリが元の立ち位置に戻り目をつぶると、ナズリの周りに魔力が集まり膨らみ始めた。いや、今回は踊り子全員の魔力が共鳴するように高まっているのを感じる。
――そしてナズリがゆっくりと目を開く。
ナズリを中心として弾けた魔力が広範囲に広場を包み込む。……これはちょっと思っていた以上だな。だが、体で感じる悪寒は前回と比べても強くなったわけではない所をみると単純に範囲を広げただけなのだろう。
微弱な呪いが広がる事で、一部の探索者達の表情が一瞬歪んだのが少々面白い。敏感に気が付く探索者も相当数いたということは、嬉しい誤算ではある、か。




