馬車の中にて
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いつもありがとうございます。
少し考え事をしていたが、会話中だったことを思い出してシェリルさんに視線を戻す。
シェリルさんは悔しそうな表情をしていた。……どうかしたのだろうか? 話の途中に考え事をしてしまったのは申し訳ないが、そこまで悔しがられることは何もしていない。
そう思ってシェリルさんを見つめていたところ、僕の視線に気がついたようで、慌てて姿勢を正してこちらに向き直った。普段と少しだけ反応が違うのでちょっとだけ可愛い。
「これは推測の域を出ないのだけれど、ゼノヴィアを操っていた魔術師は、近代錬金術研究所の近辺に潜伏していた可能性が高いと思っているわ」
「近辺に潜伏、ですか?」
まあ確かに、何かしらの行動を起こした以上は、その行動がもたらした結果を見届けることはそれほどおかしな話ではない。
「ええ、ゼノヴィアに施されていた魔術を解析してわかった事なんだけど、ある程度の精度をもって対象をコントロールするには、術者が近くにいる必要があるはずなのよ」
「……違った」
「え、何か違っていたの?」
「あ、ごめんなさい。独り言なので気にしないでください」
心の声が漏れていたようだ。……推測して間違えるというのは、ちょっとだけ恥ずかしい。
催眠なのでコントロール、というよりは誘導かな。魔術を使って催眠を行っているということは、対象者を誘導するには、必ずしも指示を与える者が口から出した言葉である必要はない。
こういう珍しい魔術の使い方をしようとする魔術師ならば、指示の伝達にもこだわりを見せてきっちり魔術を使っている可能性が高い。
更に言ってしまえば、そうやって近くで誘導する事で実際に対象者が起こす事件を間近に見ることが出来る。つまりは結果をいち早く確認することが出来るということだ。よし、繋がった。これで恥ずかしくない。
……いや、別にこだわっているわけでは無い。
少しだけ話がズレてしまったが、先ほどシェリルさんが悔しそうにしていたのは、実行犯が近くにいた可能性が高いにもかかわらず、その発見及び捕縛ができなかったことに対するものだろう。
確かに悔しく思うのもわからないでもないが、どれも後からわかったことばかりだ。
これらを完全に対応できるということはありえないことだと思うので、それほど落ち込む必要は本来はない。今後の対策をきちんと講じることが大事だろう。
現状見えている情報だけでは、敵が何をどこまで把握しており、何を目的としているのか詳しいところはわからない。とはいえ、少なくとも今回のような件が起こらないように早急に対策を行う必要があるだろう。
ひとまずは間に合わせの性能でも構わないので、全職員に対して速やかに、呪いや催眠等に抵抗出来るような魔道具を支給するべきだろう。
他には、近代錬金術研究所の入り口のセキュリティレベルをもう一段階上げる事が急務だ。とはいえこちらはそれほど難しいものでもない。魔紋と虹彩を確認する際に、職員が状態異常を抱えていないかどうかを合わせてスキャンする事で満たすことが可能だ。
さらにこの対応には副次的にもう一つのメリットをもたらしてくれるはず。それは流行病の侵入を防ぐ、ということだ。
例えばこの異界都市内何かしらの流行病が流行ってしまった場合、近代錬金術で錬成したポーションは高確率で事象の解決に寄与してくれることだろう。
しかしそれは近代錬金術産のポーションの作成が間に合えば、の話である。理由は簡単、錬金術師が流行病で倒れてしまえばポーションの大量錬成どころではない。
……ふむ。
本来なら探索を無事終えたタイミングなので、今夜はゆっくりと研究でもしながらのんびりとする予定だったのだが、まあ仕方が無い。今日は新たな研究課題を以って研究をすることにしよう。
……あれ、前後を比べても別に何も変わっていないな。まあ良いか。
色々と話しているうちに、シェリルさんも多少落ち着きを取り戻してきたようで、今後の方針を幾つか確認をすることができた。
ようやくいつものペースで会話ができるようになったので、シェリルさんの気分転換も兼ねて、この機会に気になっていた事の確認をさせてもらうことにする。
「少し話は変わりますが、つい先程まで広場は盛況でしたよ。シェリルさんがアラベスクをそんなに推していたとは知りませんでした」
「ん、アラベスクに関しては私はそれほど知らないわ。最近この都市にやってきたらしいけど、割りと人気があるようね。折角だからこの機会に私も見たかったのだけど、この事件が発生しちゃってね」
「え、よく知らない旅芸人を領主権限で指名して依頼したんですか?」
多分質問を投げる僕の頭の上には大きなハテナマークが浮かんでいたことだろう。が、普通に考えればいくら人気があるらしいとはいえ、よく知りもしない輩を自らの権限を使ってまで依頼するものだろうか?
シェリルさんも僕の疑問に気がついたのか少々申し訳無さそうにする。
「……しかたがないのよ、常日頃から王国の経済に寄与している探索者達への慰問、その名目で宰相から提案があったらしくてね。国王陛下が許可を出した以上は断れないわ」
ああ、あの謎の行動力を発揮していた国王陛下か。そもそもあの時はどのような手段を講じて王都から単身、異界都市まで移動してきたのかはわからないが、国王陛下かもしくは側近にその手の魔術が得意な魔術師でもいるのだろうか?
まあ、国王陛下が近代錬金術復活の支援をした際に使用していたくらいだ、魔術師だったとしても近代錬金術に対してそれなりの理解があると考えても差し支えは無いだろう。
閑話休題、今回の不自然な慰問公演がまさか国王陛下のオーダーだったとは……。近代錬金術の復活により今後の国の発展に大きな影響を与えるであろう探索者達への期待がそうさせた、ということだろうか?
だが国王陛下とは対照的に宰相とやらは要注意人物かも知れないな。そもそも何故、その宰相は各地を旅して興行しているアラベスクが異界都市に訪れたことを知っているのだろうか?
宰相が元々アラベスクを気に入っていてその同行を抑えている、という可能性も無いわけではない。その上で、たまたま異界都市を訪れる予定を知った事で、今回の慰問公演を考えた、か。
「バーナード君は見たのよね? 美女十一人による魅惑の踊り、私も見たかったわ。探索者達は相当盛り上がったんじゃないかしら? そういえば警備は足りてた?」
「え、ああ、警備をしていた職員の方たちは忙しそうにしていましたよ。観客が観客ですからね、皆盛り上がっていましたよ」
「まったく、敵もこんなタイミングに事を起こさなくても良いのに……」
シェリルさんはアラベスクの公演を見れなかったことが相当悔しかったようだ。
「まあ、でも今日の公演は主要の踊り子が揃っていなかったので本調子では無かったみたいですよ」
「え、そうなの? 体調不良かしら、それなら次は全員揃った公演を依頼しようかしら」
アラベスクの観客参加型の公演は、魔力を持った踊り子で揃えないと披露できないだろうから、完全な公演を見たいのであれば、公演条件に主要の踊り子が全員揃うことを入れるのが一番良いだろう。
とはいえ、こちらにも向こうにもそれぞれの都合もあるので、次の機会が作れるかどうかは怪しいところだ。
それに天獄塔の広場を半分使うような暴挙は探索者の収入にも影響を及ぼすのは明確だし、そうそう頻発にはできないだろう。
まあ、僕の視界のど真ん中で握りこぶしを作って意気込みを語るシェリルさんを見る限りでは、意外と近々に無理やりにでもねじ込んでくる可能性は捨てきれないか。
何にしても、とりあえず急いで調べなければいけない事ができてしまったな。
……ところでこの馬車ってどこに向かってるんだ? 話は終わってしまったぞ?




