破壊工作
ナズリ達はブリジットの心がこもっていない挨拶に対しても丁寧に対応してくれている。さすがは娯楽を提供する大人な対応である。
それにしても、ナズリ達はこんなところで何をしているのだろうか?
彼女たちアラベスクが公演していたのは広場の反対側である。そしてこの場には、先ほどまで公演の警備をしていた職員たちはおらず、既に引き払っている。
いくら公演が終わって人が減っているとはいえ、未だ残り続けている探索者達も多い。
……一介の旅芸人――それもアラベスクのような艶を演出する踊り子達が落ち着いて歩けるような場所では無いはずだ。
「護衛もなしに広場を歩くと危ないですよ?」
「一応は私達も魔術師の端くれですから、ご心配には及びませんよ」
ナズリは割りと自信ありげにそう言うと、アリスとブリジットに視線を向ける。……まあ、はたから見れば、この子たちが広場をうろついている時点で説得力としては乏しいか。アリスは勿論のこと、ブリジットもそこいらの探索者とは比べるまでもなく強いのだが周りからは判断がつかなくても仕方がない、か。
まあ、本人たちが大丈夫だというのだから、恐らくはそうなのだろう。僕が踏み込んで心配するような話でもない。それよりも聞きたかったことがあった事を思い出した。
「今日は驚きましたよ、探索から戻ったら公演の真っ最中でしたから。特に告知はありませんでしたよね?」
「それは我々も驚いているのですよ。昨日、この異界都市の領主様から指名依頼をいただきましてね。これは誉れなことと思いお受けした次第です」
やはりシェリルさんのルートか。まあ、こんなことが出来るのは、シェリルさんしかいないのでそれほど驚きはない。
「それは凄いですね。そういえば今日は観客参加型の演目は無かったんですね」
「ん、ええ、毎回披露していては目新しさも無くなってしまいますから」
……嘘?
何故ここで嘘をつく必要がある?
今日の公演が領主様直々の指名依頼による公演ならば、アラベスクの売りの一つであるダンス・オブ・デスを披露しないという選択肢は本来はないはずだ。
もしかしたら披露しなかったのではなく、何かしらの事情があって披露することが出来なかった、という可能性も無くはない。
あの踊りは魔曲に近い。微弱な呪いとはいえ範囲や効果を持続させるためにはそれなりの魔力を持続的に供給する必要があるだろう。
そう思って、ナズリの後ろに控えている踊り子たちに視線を向ける。心なしか彼女たちの表情は硬くなっているように感じる。
モノクル越しに表示されたメニューを、ナズリ達に気が付かれないように操作しながら会話を続ける。
『かしこまりました。対象の魔力量を計測します。しばらくお待ち下さい――』
セントラルの計測が終わり、モノクル越しに見える彼女たちの魔力量は――ほぼゼロに近かった。つまり魔術師ではない。
……そうか、今日は前回とは異なり数人の踊り子が入れ替わっている。この踊り子達は魔術師では無いが、本来は公演を行う全員が魔術師である必要があるということなのかもしれない。
そう考えればダンス・オブ・デスが披露できなかった事にも説明がつく、かな。
突然の依頼だったことを鑑みれば、踊り子たちのローテーションの都合がつかなかったとしても、特段おかしな点は見受けられない。
ブリジットが全ての食事を平らげたので、ナズリ達に改めて挨拶をして分かれた。ナズリ達はまだ広場の露店を散策するようだ。
「綺麗な方々でしたね」
「ん、そうだね。観客の探索者達はすごく盛り上がっていたよね」
そうだね、の部分で少しだけアリスの表情が固くなった気がするが、気のせいだと思うことにしよう。多分つついたら蛇が出る類の藪だ。
などと考えながら管理事務所を抜けて表に出ると、ちょうど大きな馬車が目の前を通り過ぎた。……僕の見間違えでなければシェリルさんがいつも使っている馬車だ。
通り過ぎた馬車は少し進んだ辺りで急停止をすると、御者の男性が御者台から慌てた様子で飛び降りてこちらに走り寄ってきた。
「バーナード様、シェリル様がお呼びです。どうかご同行願えませんでしょうか?」
「……何かあったみたいですね。様子を見る限りは急ぎ、なんでしょうね。ゴメン、アリスとブリジットは先に家に帰っていて」
御者の男性の慌て具合を見る限りでは、何かしらのトラブルが発生しているであろうことは明らかだ。呼ばれているのが僕だけのようなので、アリスとブリジットを連れていく訳にはいかないだろう。
「かしこまりました。晩のお食事はどのようになさいますか?」
「はいはーい、食べまーす」
ブリジットさんや、ついさっきまであれほど大量に食べていただろうよ。
「帰り時間がわからないから、状況を見て先に食べてて構わないよ。それじゃあ行きましょうか」
「……お手数をお掛けします。こちらへどうぞ」
再び御者の男性に向き直り案内を促す。すんなり事が運んだ事で安堵したのか、恭しく頭を下げるとそのまま馬車へ案内を始めた。
さて、一体何事ですかね。
案内されるまま馬車に乗り込むと、想定通りシェリルさんが奥に座っていた。対面に腰掛けてシェリルさんと向かい合うと、それを確認したのか馬車が動き始める。
「異界探索から戻ってすぐのところ申し訳ないわね。でもちょうど良かったわ」
「まあ、トラブルはこちらの都合をいちいち待ってくれませんからね。それで、一体なにがあったんですか?」
そう言って肩をすくめて話の続きを促す。
「また、不可解な事件よ。でも今度は白昼堂々と行われてしまったわ」
「……また暗殺、ですか?」
だとしたら、また魔術師を批判していた誰かに被害が? そう思ってシェリルさんの返答を待っていると、シェリルさんは頭を左右に振って、その表情は深刻そうな色を深めた。
「いいえ、今回は幸いな事に暗殺ではないわ」
「でも深刻そうに見えますが?」
「……近代錬金術研究所が燃やされそうになったのよ」
……そこまで明確に狙われたのであれば、間違いなく黒幕は錬金術排斥派の魔術師と見て間違いないだろう。場合によっては実行犯も魔術師である可能性が高い、か。
「こんなこともあろうかと、あの建物を強化しておいて良かったですね」
「外から燃やされないようにってやつよね。残念ながら今回は内側から燃やされそうになったのよ」
「え、不審者が侵入したということでしょうか!? それとも、研究所職員に敵勢力が紛れ込んでいた!?」
あの建物には不審者が侵入できないようにセキュリティを強化していた。それにも関わらず侵入できたのだとしたら大変な出来事だ。思わず慌てて問いただしてしまったが、もう少し冷静に成らなければならない。
「残念ながらそのどちらでもないわ。研究所内に火を放ったのは不審者ではなく研究所職員よ。ただし、正常な精神状態ではなかった。悪意を持ってヒュプノシスで操作されていた」
「催眠の魔術ですか。でも、その魔術なら相当強い魔力でなければそこまでの効果は起きないはずです。それほどまでに強力な魔術師が?」
研究所の職員には一応その辺りの魔術に効きにくくなるアクセサリを身につけてもらっていた。生半可な魔術ならかかるようなことは無いはずだ。
シェリルさんもアクセサリの事は知っている。だからこそ一大事である、ということか。
「掛けられていた魔術を解析したところ、どうもヒュプノシスの下地に抵抗力を下げる呪いの魔術が使われていたのよ」
「呪いと催眠の合わせ技一本ってことですか。それは厄介ですね。ちなみに操られた職員は誰なんですか?」
「錬金術師見習いのゼノヴィアよ」
操られた職員がシャーロットではなかった事に胸を撫で下ろしつつも、わりと見知った人が被害を被った事実に複雑な思いを抱かずにはいられない。
「ゼノヴィアさん、ですか」
「幸いな事にシャーロットちゃんが気がついて犯人を止めてくれたから、火もすぐに消すことが出来たわ」
「ゼノヴィアさんは今どちらへ? やはり何かしらの罰を受けることになるのでしょうか」
「少し怪我をしてしまったから今は治療中よ。罰に関しては考えてはいないわ。彼女は被害者だし、これからも近代錬金術の習得に頑張ってもらわないといけないもの」
それは何よりだ。破壊工作をするほどの魔術師達に一般職員が抵抗できる可能性は低い。
……しかし呪い、か。




