再会
……結論から先に言ってしまうと、僕の予想通りブリジットは広場から移動をしてはいなかった。
アラベスクの公演の都合と思われる理由で露店が半分潰れてはいるが、それでもそれなりの規模は存在しているので、すぐには見つからないかも、なんて思ったのは杞憂に終わる。
「あ、お兄ちゃん! 皆すっごく盛り上がってるよ!」
うん、わかってた。
なんとなくではあったが、一応確信に近いものは感じていたのでそれほど意外ではない。
ブリジットは僕がなんとなく予想していたよりも遥かに高いテンションで盛り上がっていたので、発見までにそれほど時間はかからなかった。
ただし、その熱い眼差しは決してアラベスクのステージに向くことはなく、露店で販売されていた食料たちに注がれていた。
公演に集中している探索者達以外にも、露店側のスペースからアラベスクの様子を窺っている者は多い。というよりも、アラベスクの公演を完全に無視しているのは恐らくブリジットだけだろう。
ブリジットはアラベスクの公演に背を向けて、露店の隙間に空いたスペースに座り込み、購入したばかりであろう大量の食料を目の前に並べて満面の笑みを浮かべている。
次から次へと、胃袋という名の異空間に食料を放り込んでいく、その様は圧巻と言う他ないだろう。花より団子をまさに地で行くところは、純粋に尊敬をしてしまうほどである。
一方アリスはというと、そんなブリジットの様子を目の当たりにして頭を抱えてしまっていた。
「も、ものすごい量の食べ物だね」
「うん、今日はお店出せなかったから、この機会に全部のお店の食べの物を食べてやろうと思って。えへへ、お小遣い貯めておいて良かったー」
「……小遣いを渡しすぎないようにしておいて良かったですね。下手したら全部買っていた可能性もあります」
瞳を輝かせながらそう答えるブリジット。アリスは困った顔をしているが、まあブリジットは自分の小遣いで買っているわけだし、まかり間違っても残してしまう心配は無いだろうと思われるので、決して食べ物を粗末に扱っているわけではない。
食料を広げているブリジットを置いて帰るわけにもいかないので、仕方なしにブリジットが作り出したスペースに座って食べ終わるのを待つことにする。
量は多いが、ブリジットの食欲にかかってしまえばそれほど時間はかからないことだろう。
すると一際大きな歓声が露店の無い側から聞こえてきた。また例のダンス・オブ・デスでも披露しているのだろうか?
まあ、そろそろ公演のクライマックスを迎えているのは間違いないだろう。
ブリジットが全てを食べ終えるのが先か、それともアラベスクの公演が終わるのが先か。……ごめん、割りとどうでも良いな。
――改めて広場に大きな歓声が上がり、アラベスクの公演が終了した。
遠目に窺っていた限りでは、観客である探索者達の反応はかなり良かったようだ。公演の終了を受け思い思いに感想をぶつけあっている者も多く見受けられる。
「おや、バーナード君じゃないか。てっきり探索中だと思っていたよ。両手に花とは羨ましいね」
不意に声を掛けられ、そちらに視線を向けると見知った顔があった。声をかけてきたのはニコラスさんだ。
「はは、茶化さないでくださいよ。先ほど第十九層の探索を終えて戻ってきたところです」
ニコラスさんは僕の返した言葉を聞いて目を見開くと、驚いた表情を浮かべた。
「すごいな、もう第十九層を踏破したのか。この勢いだとあっという間に追いつかれてしまうな」
「追い抜かれる、とは言わないんですね」
少し不敵な笑みを作ってニコラスさんを挑発する。これくらいの軽口は叩けるくらいは見知ったつもりなので問題は無いだろう。
「第二十五層の難関があるからね。さすがにあれはバーナード君たちでも難しいと思うよ」
ダニスさん達が停滞している例の階層、か。既に半ば諦めかけていると言う話は何度か聞いたのだが、今でも挑戦を続けているのだろうか?
ニコラスさんはああ言ってはいるが、幸いなことに僕達には未踏地形探索魔道具がある。その為、よほどのことがない限りは道に迷うことはない。
もし問題があるとすれば、その難関というのが地形に関係しない物だった場合だが……。
「それはお話をうかがってから、ずっと気になっています。どんな難関が待ち構えているのか、今から楽しみにしていますよ」
「第二十五層に何があるのか、話しても別に構わないんだけど、やっぱり直接自分たちの目で見たほうが良いと思うから、内緒にさせてもらうよ」
「はは、わかっています。そういえば話は変わりますけど、ニコラスさんの露店は今日はお休みですか?」
普段ニコラスさんが露店を開いている場所は、今回の公演が行われていないスペースにあることは知っている。にもかかわらずブリジットの購入リストの中に、ニコラスさんの果実ジュースは無かったので、少しだけ疑問に思っていたのだ。
するとニコラスさんは肩をすくめて苦笑いをし始めた。
「今日は露天のスペースが削られて少なかったんでね。どうせだから休みにして、先程までそこでやっていた公演を見ていたんだ。見ないと後悔しそうな気がしたからね」
「アラベスクですか、中々見応えがありますよね。特に観客を巻き込んで踊るのは大盛り上がりですよね」
「ん、そういうのもあるのか。今日は特にそういう変わったことはやっていなかったな。レパートリーが多いんだな。あの人数なのにすごいな」
あれ、あれをやらなかったのか。まあ、あの規模の範囲魔術だ。アラベスクもメンバーをローテーションしながらの公演だろうし、できないこともあるのかもしれない。
ニコラスさんは話し終わると、今日はもう家に帰るようで挨拶をすると鼻歌を歌いながら去っていった。
「おや、バーナード様ではありませんか」
するとニコラスさんの姿が見えなくなったのを見計らったかのように声がかかる。
声につられて視線を向けると、その視線の先でナズリがこちらに向かって手をあげていた。ナズリは僕と目を合わすと手を下げて軽く会釈をする。
ナズリが後ろに引き連れていたアラベスクの踊り子達数人も、ナズリがそうしたように僕を見るなり会釈をしてきた。引き連れていた踊り子達は全員ではなく前回の公演にはいなかった子達だけのようだ。
今日は広場での公演をこなした後は、多くの探索者達から声を掛けられるから忙しそうだと思っていた。その為、顔を合わせることは無いと思っていたのだが、そんなことは無かったようだ。
この人混みでは目立ちすぎるため心の準備ができていないので、本当はこのタイミングでは会いたくはなかったのだ。しかし会ってしまった手前、さすがに無視するわけにはいかないのはわかっている。
そう思って、立ち上がりナズリ達に少し近寄り改めて挨拶をすると、案の定周りの視線が僕達に集まる。
「今日も素晴らしい公演でした。探索から帰ったばかりだったので途中からしか見てはいませんが、見惚れてしまいましたよ」
「ありがとうございます。我々も探索者の皆様に楽しんでいただけたと、そう思っております」
……ごめんなさい。本当は殆ど見ていませんでした。
確かに公演を見ていた探索者たちの盛り上がりは素晴らしかったのだが、階層踏破の手続きやら、ブリジットの食いっぷりへの対応に時間を取られてしまったので致し方無いところだろう。
少々罪悪感を覚えなくもないが、ひとまずは褒めておけば問題はあるまい。
「後ろの方々は初めまして、ですね。息があった踊りは素晴らしいです」
その何の気なしに発した言葉に対して、何故か一瞬だけ眉を潜める数名の踊り子達。人見知りなのだろうか?
「……ああ、前回は私以外はご挨拶できていませんでしたね。皆、バーナード様に挨拶なさい」
僕が作ってしまった微妙な空気を察したのか、ナズリがにこやかにフォローをしてくれた。
踊り子たちは表情を作りなおして僕達に向き直ると、それぞれ名前を名乗り深々と頭を下げる。それを見て満足そうな様子のナズリの視線が、僕の後ろに付き添っているアリスとブリジットに向けられる。
「そちらの美しいお二方はバーナード様のお連れの方でしょうか?」
「バーナード様にお仕えしております。アリスと申します」
「僕はブリジット、はじめまして! 今日はすっごく楽しかったよー」
――主に食事で満たされたお腹が、だな。




