小さな違和感
どんな経緯があって、この様なゲリラ公演が行われることになったのかわからないが、少々興味があるので次にシェリルさんに会った時にでも聞いてみても良いかもしれない。
この公演が異界都市における稼ぎ頭である探索者たちのモチベーションアップに有効なのは間違いないと言っても良いだろう。事実、アラベスクのステージは中々に見応えがあるので、探索者達が大いに盛り上がるのも納得出来る。そう思い、改めてアラベスクの方に目を向ける。
前回同様に、踊り子達はその真ん中に位置取っている座長ナズリが映えるように踊りを披露しており、観客である探索者たちの視線も必然的にナズリの元に集まることとなる。
多少はその誘惑を感じつつも、なんとか視線を演奏者の方へ向ける。
……あれ?
今回はプリッシラさんの演奏ではないのか。まあ、プリッシラさんも多忙な身だ。別にアラベスクの専属というわけでは無いのだから、特におかしな話でもないか。
身にまとう衣装から察するに、今日演奏している女性こそがアラベスク本来の楽師ということだろうか。前回は見なかった顔なので何か止むに止まれぬ事情があったのだろう。恐らくは長旅で体調を崩していたとか、そういった可能性が高いだろう。
そして、ふと他の踊り子達に目を向けると、顔を下半分ベールで隠している為よくわからないが、楽師だけでなく踊り子達の面子も数人が前回とは異なっているような気がしなくもない。
いや、モノクル越しに表示される身体情報等は、一部の踊り子しか該当していない。セントラルの情報を見る限りでは、半数は別の人物ということになる。
今目の前で踊っている踊り子達の数は、ナズリを合わせて十一人。
この数は前回と同じなので、都度踊り子を入れ替えて興行をしているということなのだろうか?
まあ、僕が思っていたよりも大所帯ということなのだろうな。
「ば、バーナード様はああいった女性のほうが好みでしょうか?」
「――え?」
普段はあまり耳にすることがない動揺を含んだ声が、広場に流れる音楽と歓声に紛れて、しかしはっきりと耳に届いた。
背後から何やら不思議な圧迫感を覚えたため、やむを得ず声のした方へ振り向くことにする。
すると嫌な予感が的中したようで、直前で感じた声の通り、その表情にも明らかな動揺を浮かべたアリスの姿があった。
しかしそれよりも優先度を上げて確認しなければならないことがある。
「……ああいったとは?」
「い、いえ。あそこで踊っている女性たちは皆、身長も高くスタイルもよく、非常に魅力的な大人の女性ばかりですので」
「うん、確かに魅力的には見えるかな。でも急にどうしたんだい?」
アリスも十分に魅力的な女性だとは思うのだが、身長が低い事を多少、いや結構コンプレックスとして抱えているということだろうか?
「そ、それで先程から踊り子の方々の、む、胸や腰まわりを……、特徴的な部分を特に真剣な眼差しで――」
「うん、ちょっと待とうか。何やら誤解をしている気がする」
アリスが動揺を強めつつも発した爆弾発言をにこやかに止めつつダメ元で否定をしてみる。
……だめか、何だか皆が僕に向ける生暖かい視線がとても痛い。
「ふーん、バーナードくんってああいった女性が好みだったのね?」
「わ、私もこれから成長すれば、その……」
マリナさんも火に油を注ぐ余計なことは、なるべく口走らないで欲しいのだが。そう思い視線で抗議してみるが華麗に受け流されてしまう。くそっ、絶対に面白がってるなコレは。
アリスもマリナさんの言葉を真に受けてしまっている。これは何かフォローをしておかなければいけない。
「あー、いや。アリスも十分魅力的な女性だと思うよ」
「え! ほ、本当でしょうか?」
「へぇ、例えば?」
え!?
つい口走ってしまった僕の言葉にアリスは喜びの色を見せるが、横から更なる追撃が放たれた。
……それはもちろんいくつか上げることは可能だ。例えば――
「それは、――って今はそれは良いでしょう! ほら、さっさと手続きに行きますよ!」
……あ、危なかった。
ついつい勢いに乗せられて余計なことを口走ってしまうところだった。
ギリギリのところで冷静に戻ることができたのは幸いと言えるだろう。
広場に集まる探索者達が楽しそうに盛り上がっているのは良いとして、ひとまずはやるべきことを先に済ませてしまいたいところである。
今なら受付の行列も多少は緩和されていることだろうしね。
ひとまず人混みを抜けながら管理事務所に向けて移動を始める。
「も、もう行っちまうのか?」
「ジーク?」
「おう、早くしねえと置いてくぜ!?」
とともに何やら未練の言葉を発するジークに満面の笑みを浮かべるエリーシャ。この二人は今後の心配がほとんどないレベルで非常に安定しているように見える。ちょっとだけ羨ましく――はないか。出来ることならば尻に敷かれたくはない。
混んでいたわりには、さほど苦労すること無く広場を抜けて管理事務所までこれた。皆がアラベスクの公演に意識を向けていた為、特に大きく避けること無く移動できたのが良かった。
アラベスクの公演見たさに、既に多くの探索者が管理事務所から広場に移動した後だったようで、新たに管理事務所から探索者が出てくることはなかった。
移動中にジークが周りの歓声につられて、何度か視線を向けそうになっていたが、少々意外なことにきちんと堪えて一度も視線を向けることは無かった。
それはあくまでもジークの固い意志によってなされたものであり、エリーシャが放ち続けている無言の圧力のせいでは決して無い、と思いたい。
僕も男性なのでジークが公演を見たがる気持ちももちろんわかる。が、あのままあそこにいたらマリナさんがまた余計な事を口走る可能性もあるし、アラベスクの面々が僕に気がついてしまったら余計に面倒な事になりかねない。
戦略的撤退というやつだ。
管理事務所の中に入ると案の定、受付は普段の様子が嘘のように閑散としていた。そのせいか普段は必死で探索者たちの行列を処理をしている受付の職員たちの表情も穏やかなものだった。
「――第十九層の踏破おめでとうございます。それでは探索者証の更新手続きを行いますので、探索者証を提出をお願いします」
目の前の職員が普段ではありえないレベルの笑顔で対応をしてくれている。
僕たちが探索者証を提出すると、職員は手際よく回収し手元の台に挿入して魔力を込め始める。僕たちは丁寧に対応を行ってくれている職員の様子を新鮮な思いで見つめていた。
普段はどこでどう察知したのか、シェリルさんが窓口を対応する事が多い。特に階層踏破時の対応率は非常に高かったりする。
シェリルさんは割りと砕けたやり取りが多いのだが、この職員は非常に物腰も柔らかくテキパキと仕事を行ってくれている為、非常に新鮮に見えるのだ。
珍しい、というのも失礼とは思うが、今回は管理事務所内にシェリルさんの気配すらない。まあ、シェリルさん自身非常に多忙な立場なので本来はいない事のほうが当たり前なのだが、そう思えない程度には僕も毒されているということか。
探索者ギルドでの手続きが終わり、パーティを解散して各自帰路につく。
実は階層踏破祝いの打ち上げを行う話も出ていたりはしたのだが、ジークとエリーシャが孤児院に帰って子供達と一緒にいたいようなので、打ち上げはまた後日にということになった。
何日か家を空けていると心配事も出てくるだろうから仕方がない事だろう。
マリナさんが少々残念がってはいたが、打ち上げはいつでもできるのだから、慌てる必要は無いだろう。
……さて、と。
ブリジットはまだ広場にいるのかな。先ほどのアラベスクが使っていたスペースはブリジットが普段利用している区画が含まれていた。
つまり、ブリジットは本日の営業は終えているはずだ。
ブリジットのことだからアラベスクの公演そっちのけで、ここぞとばかりに他の露店喰らい尽くすために徘徊していたりして、なんてな。




