広場に戻ると
――皆の反応を半ば無視するように、そう何事もなかったかのように、上層へのポータルを探し始めることにする。
突然辺りを探り始めた僕の行動を、皆は一瞬だけ奇異の目で見たが、すぐに気がついたようで気持ちを切り替えて探し始めてくれた。その際にほんの少しだけ「まったく仕方がねえな」とか聞こえた気がするが多分、僕の気のせいだろう
「……見当たらないな。アリス、そっちは見つかった?」
「いえ、こちらも見当たりません。どういうことでしょうか?」
先程から皆で手分けをして探し初めて数分の時間が経った。それにも関わらず、ポータルはまったく見つかる気配がないのでアリスの状況を確認したのだが、やはり見つかってはいないようだ。いや、反応を見る限りはアリスだけではなく皆も見つけられていない。
「そういや、このまま見つからなかったらどうなるんだろうな?」
「それは、やっぱりもう一度ガーディアンと戦わなければいけないんじゃないかしら?」
ジークが少し考えこむような素振りをした後、ふと疑問を口にした。
そういえば確かに一度も確認したことがないので、実際のところは分からなかったりする。一番可能性があるのは、時間超過後は即座に再戦することになるのではないかと思われる。
再戦したところで特に問題があるわけではないが、折角ガーディアンを討伐したのですんなりと上層に向かいたいところではある。
「あ、皆こっちに来て!」
僕達が考え込んでいると、マリナさんの方から大きな声が上がった。必然的に皆の視線が集まることになるわけだが、マリナさんはこちらではなく地面の方に視線を向けてこちらに向かって手招きをしていた。
「……水たまり、みたいね」
マリナさんの視線の先を辿って到達した先にあったのは大きめの水たまりだった。
ただ、一点だけ普通の水たまりとは異なっている点がある。
少しずつ水たまりの水からブクブクと泡が立ち始めているのだ。
そうこうしている内に水たまりの水はまるで沸騰しているかの如くボコボコと泡立ち始めた。
――そして、ありえない程の速度であっという間に水たまりの水は干上がってしまった。……時限式の演出か。
……これだけの量の水が、あの程度の沸騰具合でどうやって干上がってしまったのか? 考えるだけ無駄なのだと思われるが、どうしても気になってしまうのは仕方がないことだろうか。
「ってことは、この先にポータルがあるってことかよ」
皆が干上がった水たまりに近づき、少し遠巻きに立ってそれを見つめていると、ジークが警戒するようにつぶやいた。
水たまりはそれほど深くは無かったのだが、その底には持ち上げて開くタイプの扉が存在感を醸し出していた。
扉の色はまるで灼熱の炎のような赤色になっており、その意匠も同じように燃えさかる炎のような模様が印象的に見える。
「まあ、まず間違いなく上層へのポータルはこの奥だよね」
「……また身体が燃えたりしねぇよな?」
うん、それは僕も少しだけ気になった。もの凄く赤いしね。扉に触った途端に燃え上がる手、とかは本気で勘弁して欲しい。まあ、恐らくは大丈夫だろうとは思うけど。何といっても――
「この第十九層に先駆者が存在している以上は、心配しているようなことは起こりえないはずよ」
エリーシャに先取りされてしまったが、言っている内容自体は僕の考えとまったく同じだ。先に第十九層を踏破した全ての探索者パーティと比べて、僕達の装備類を上回るということはまずありえないだろう。
触って燃えるようなら誰もこの扉を抜けることができないということになってしまう。
しかしながら先ほど手を燃やしたばかりのジークとしては、どうしても気になってしまうのは仕方がないとは思う。
「どうしても心配ならば、何か燃えやすそうなものを扉に落としてみればいいんだよ」
「あ、そうか。確かにわざわざ自分の手で確かめる必要なんてねえしな」
そう言って嬉しそうな顔をしながら、ジークはアイテムポーチから布切れを取り出して丸めると、少し離れた場所からそのまま扉に向かって放り投げた。
丸められた布は綺麗な放物線を描き、扉に触れた瞬間――ものすごい勢いで燃え尽きた。
「……あれ?」
「あれ?」
「燃えてるわね」
「燃えていますね」
「……って、話が違うじゃねえか!」
申し訳ない。自分で一番に発言しなくてよかった。エリーシャは先程までの自信はどこへやら、顔を真赤にしてうつむいてしまっている。
皆の期待とその後に起こった疑問も虚しく、ただただ呆然と扉を見つめることしか出来なかった。
――結局、扉を開けることが出来るまで、更に数分の時間が必要となってしまう。
先ほど同様に時限式で、扉の模様である炎が次第に消えていき、最終的には赤かった扉もすっかり黒い金属の扉へと変質してからようやく扉に触れることが出来るようになり、無事扉を開けることができた。
扉を開くとその先には階段があり、その先は少し開けた場所には予定通りに無事、上層に向かうポータルを見つけることができた。
その後は特に問題らしい問題も発生すること無くポータルを抜けて再び天獄塔に戻る。……まあ、さすがにこれ以上問題が起きてもらっては困るのだが。
切り替わった視界にはいつもと変わらぬ塔の壁が見える。
「こういう何もない場所でも癒やされるものね。どうしてこんな構造になっているのかわからないけど、たまには役に立つわね」
マリナさんがふと漏らした言葉に皆が一斉に苦笑を漏らした。今回に限っては皆が同じ感想を抱いているのだろう。
中間層に何もないのは意図的に何も置いていなかっただけなのだが、確かにどうしてこんな構造にしたのか? と言われてしまうと、特に説明できるような大層な理由は無い。あの時は、ただただ高い塔が建てたかっただけだ。
塔を建造した時には、建築用魔道具にまかせておけばビルダー達が勝手に出来上がるからそんなことは気にもしなかったんだよね。
当時は中間層のポータルは異界に繋がってなんかいなかったから、ポータルに自分を登録するときもそれほど手間ではなかったしね。
閑話休題、そのまま一旦小休止を挟んでから塔の外に出る。
ポータルを抜けた先は、もちろんいつもの広場である。太陽は真上を少し過ぎた辺りになっており、今が昼を少し過ぎた時間であることがわかる。
周りを見渡せばいつもの様に探索者たちの露店が並んで――はいなかった。
広場の半分ほどのスペースにはいつものように露店が並んでいるのだが、もう半分のスペースには露店は見当たらない。
その代わりに、多くの探索者達が集まり一様に同じ方向に視線を向けて盛り上がっている。
――皆の視線の先には見覚えのある、扇情的な雰囲気を醸し出した衣装を身にまとった女性たちが軽快な音楽に合わせて踊っていた。
アラベスクだ。
日頃から命の危険に晒されている探索者達にしてみれば、こういった催しは大歓迎なのだろう。中には下卑た視線を向けている輩も少なからず存在しているようだ。
まあ、探索者達が羽目を外して混乱しないように、複数人の職員が警備に駆りだされているように見受けられるので、恐らく大きな問題が起こることは無いだろう。
「ジーク、鼻の下が伸びてるわよ?」
「な!? そ、そんなわけねえだろ!?」
いや、確実に伸びていましたよジークさん。
ジークはエリーシャにジト目で指摘されたことで、慌てて否定しながら取り繕うようにアラベスクの踊りから目をそらした。
……それにしても、よくこんな場所を確保できたものだな。
広場は補助的な役割であるとはいえ、探索者達が日々の糧を得るために利用されている。探索者でもない一団がそんな場所を半分も専有する事ができたというのは驚きを禁じ得ない。
僕達が天獄塔に入る前にも告知は特にされていなかった事を考えると、急遽企画されたものということになる。
そんなことを出来る人物は……シェリルさんくらいだろう。




