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馬鹿って意味じゃないわよね?

 マリナさんにアイテムボックスのもう一つの使い方を説明してから早十数分。


 僕の目がおかしくなっていなければ、視界の中には喜々としてオプションパーツの切り替えを楽しむマリナさんの姿が見える。こんな人だったか?


 ……これは相当気に入ってしまったようだ。そういえばセオドール本人も、アイテムボックスを初めて披露してくれた時はかなり嬉しそうだったしな。

 さすがにここまでテンションを上げてはいなかったが血は争えないということだろうか。


 まあ、普段の性格は似ていないところが多いので、たまたまなのだろうとは思う。

 楽しそうにしているマリナさんを見ていると、ふとセオドールの一件が頭をよぎる。


「マリナさん、一つ聞いていいですか?」


「ん、何?」


 ふと頭のなかによぎった思いを確認したくなり、自然と質問の声が出てしまった。

 マリナさんが手を止めてこちらに目を向ける。まっすぐ僕の目を見る視線がちょっと恥ずかしい。


 少しだけ失敗したかもしれないと思いつつ、それでもやはり聞きたい欲求に抗うことが出来ずに、僕の口から続く言葉が漏れる。


「このパーティにはもう慣れましたか?」


「んー、そうね。まだ皆の事はわからないことが多いけど、それなりに楽しめているとは思うわ。これまではずっと一人だったし、それに比べれば何もかもが新鮮よ」


「……一人は、辛かったですか?」


 マリナさんはこれまでグレゴワールから信託に関する詳しい話を聞かされず、理由もわからずに一人で天獄塔の異界に挑戦し続けていた。

 どうして? という思いも強かっただろうし、当然辛かった事も多いのだろう。


 何しろマリナさんの受難は生まれる前から既に約束されていた訳だからな。

 クローツの意図は分かりかねるが、恨めば良いのか感謝すれば良いのか僕自身もそれすら分からない。


 クローツの事は置いておくにしても、肝心なときにセオドールの力に慣れなかったことに関しては、僕に取っては大きな負い目だ。

 あの時、僕が賢者の石を完成させていなければ、もしかしたらセオドールの事を救えていたかもしれない。たらればを言ってもきりがない事は理解しているが、何度もそう思ってしまう。


 マリナさんは僕の様子を見て何かを感じ取ったのか、こちらに向き直り真剣な面持ちで僕を見つめなおす。


「父も母も早くに亡くして、ずっと一人。教会の助けがなければ生きていけなかった。確かに辛いことが無かったといえば嘘になる。ただ――」


「ただ?」


「私が歩んだ全ての経験は私の今に繋がってる。そう信じてる。そして今、私は辛くないわ。それだけよ」


「……そうですか」


「ええ、そうよ。バーナードくんが私の何に負い目を感じているのかはわからないけど、私は今の私が好きなの。それは忘れないで」


 マリナさんはすっきりとした笑顔でそう語ってくれた。それはとても眩しく見えて僕もつられて自然と笑顔になる。


「マリナさんは真っ直ぐですね」


「……それって馬鹿って意味じゃないわよね?」


「あ、いやそういうわけでは」


「ふふ、冗談よ。さあ、辛気臭い話はこれでおしまい」


 マリナさんが舌をペロッと出して軽くウインクをする。僕が感じている物をマリナさんなりに軽くしようとしてくれているのだろう。

 そんなマリナさんの態度に感謝しつつ、僕は異界の空を仰ぎ見て大きく深呼吸をする。


 異界の空は広く澄み渡り、輝く星々は僕たちは包み込むように輝きを放っていた。


「それじゃあ僕はテントに戻ります。マリナさんも余り夜更かししないようにしてくださいね。明日は湖にたどり着きたいですから」


「え、そうね。んー私はもう少し練習してから休むことにするわ。ありがとね」


 先程までの様子を見る限りは、練習というより遊びたいだけのように見えるが、……いや、深くは問うまい。


「さて、と。今日は光盾錬成の続きでもやりますかね」


 自分のテントに戻った後、独り言を漏らしながら今夜行うべき作業の整理を始める。

 アイテムポーチの中から幾つかの錬成素材を取り出して、この後の作業工程を確認する。


 今日の話しの流れで光盾の事をしたので、出来れば今夜の内に作り上げてしまいたいところだ。




 明けて翌日、テントの中から空が明るくなり始めたのを感じて惹かれるように外に出ると、朝の優しい日差しが僕の身体を照らす。


「うーん、今日も良い天気だ」


「バーナード様、おはようございます。何か良いことでもありましたか?」


 首をポキポキと鳴らしながら、大きく背伸びをしていると、後ろから声をかけられたので振り返ると、アリスが首を傾げてこちらを見ていた。


 そのアリスはというと、丁度これから朝食の準備を始めるようでテントから少し離れたところに簡易的な調理場が作られていた。


「おはよう、アリス。やっぱりわかる?」


「くす、はい」


 アリスが小さく笑い、嬉しそうな顔で僕を見つめる。


 ……やっぱりわかりやすいんだろうなぁ。いや、別に隠し事をするわけでもないので何ら構わないのだが。


 実は昨晩、割りと早い時間に無事、光盾の錬成を終えることができたので、その後は調子に乗って色々と実験をする時間が取れたのだ。


 そのお陰で炭酸を利用した美容魔道具のサンプルになりそうなものを幾つか錬成することができたことも非常に喜ばしいといえるだろう。


「まだサンプルだけど、美容に良さそうなものをいくつか作ってみたから、今回の探索が終わったら色々試してみようか?」


「はい、かしこまりました」


 アリスはいつもの様に答えたが、その様子はいつもの通りとはいかなかったようだ。やはりアリスも美容に関しては惹かれるものがあるようで、その返事にはしっかりと期待が込められていた。


「それでは朝食を作ってしまいますね」


「ああ、いつもありがとう」


「いえっ、当たり前のことですから」


 そう言うとアリスは朝食の準備をするために調理場に戻っていった。いつもよりも明らかに軽い足取りで。




 朝食を済ませた僕たちは、野営を撤去し今日の探索の準備を終えた。


「今日は予定通り湖まで移動しよう。特に問題は無いよね?」


 僕の問いかけに皆が頷く。まあ、昨日の今日で急に事情が変わるわけでもないので当然といえば当然なのだが。


 今日の目標は先程皆に確認した通り、湖への到達である。勿論、一直線で湖まで進むため、遭遇する魔物はなるべく手間を掛けずに討伐することになる。


 カーボネーテッドウォーター・エレメンタルの素材は昨日採取した分があるので無理に採取するつもりはない。

 実際今は玄冥の黒杭を安易には使えないので、ちょうど良かったと思うことにしよう。




 ――予定していた通り、日が暮れる前に湖まで到達することができた。


 今、僕達の視線の先には大きな湖が広がっている。

 こうして見ると中々に見応えのある景色といっても間違いでは無いだろう。


「これは、……また凄い光景ね」


 エリーシャが言葉を詰まらせながら呟いたのにはもちろん理由がある。


 ……広い湖の中心あたりでカーボネーテッドウォーター・エレメンタルがどんどん生まれているのである。


「見たところ湖が炭酸水で出来ているわけでは無さそうだけど、あの中心あたりは違っているということなのかな?」


「それもそうだけどよ。なんであんなにポンポン生まれてんだよ」


「あの単一地点で見ると多く見えるけど、もしかしたらあそこでこの第十九層全体のカーボネーテッドウォーター・エレメンタルが生み出されているのかもしれない」


「うへぇ」


 ジークは嫌そうに答えるが、実際に生まれたカーボネーテッドウォーター・エレメンタルは特に迷う様子もなく、様々な方角に移動を始めている。あながち間違いとも言えないだろう。


「まあ、今日はこの辺りで野営するとして、明日は向こう岸に行ってみようか」


「そうですね。この近辺にはガーディアンの領域は見当たらないようです」


「地図では向こう岸に開けた場所があるみたいだから、そこがガーディアンの領域である可能性が高いと思う」

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