湖のほとりで
――取り敢えず一通りの話し合いが終わり、特に別の意見も出てこなかったため、僕の予定通り対岸を目指すことになった。
移動開始に先立ち、皆で湖の岸に立って湖全体を見渡すように眺める。
「水が綺麗ね。精霊達も楽しそうだわ」
「ここで玄冥の黒杭を使ったらどんな反応を示すんだろうか」
嬉しそうにつぶやくエリーシャを横目に、ふとつぶやく。……いや、冗談だから。そんなに悲しそうな目で見ないで欲しいな。
「ま、まあ冗談はさて置くとして、本当に透き通った綺麗な水だね。濁り一つ見当たらない」
さすがに僕もこれほど綺麗な水は見たことがない。驚くほど綺麗に澄んでおり、このまま使っても聖水として用をなすのではないかと思うほどであった。
恐らく飲料水として使っても問題は無さそうではある。見たところでは、淡水魚も多く生息しているようなので、特に生物に害があるようにも見えない。……ここの淡水魚が異常な耐性を持っていれば話は別だが。
それにしても――
「美味しそうな魚がいっぱいいるわね」
「なんだったら釣りでもするか?」
マリナさんの言葉を拾ったジークが軽い感じで提案をしている。……暇な時ならそれでも良いのかもしれないが、今は探索中だから、さすがに釣りに興じるような気分ではない。
それにエリーシャが睨んでいますよ。
こうして見ている間にも、湖の中心ではカーボネーテッドウォーター・エレメンタルが生み出されている。
幸いなことにこちらに向かってくる個体は今のところ発生してはいないようだが、たまたまこちらに向かってきていないだけだろう。
とはいえ、目の前の魚が丸々と太っている事も非常に興味深い事も事実だ。
湖の水は非常に澄んでいるため、本来であれば餌になるようなものも非常に少ないはずである。それにも関わらず、これほどまでに丸々と健康的に太ることが出来るのはなぜだろうか?
念のためモノクル越しに見たところ、僕の予想通り非常に純度が高い水であることがわかった。予想と異なっていたのは別の点である。
驚くことに、この湖の水には非常に高い濃度でマナが溶け込んでいるようなのだ。それも魔道具の燃料である魔燃料と比べても遜色ないレベルで、だ。
つまりこの魚達は通常の淡水魚とは異なり、高濃度のマナが溶け込んだ水で育ち、餌も当然の事ながら高濃度のマナが溶け込んだ水で育ったものを口にしているということになる。
しかし魚自体には体内にマナが溜まっているような事は無いようだ。純粋に健康に育っていると言って問題は無いだろう。
……機会があれば、魔燃料で魚を育ててみても面白いかもしれないな。あ、まずはそれよりも――
アイテムポーチから空のカートリッジを取り出して、その中に湖の水を組み入れて栓をする。
「何やってんだ?」
「ああ、ちょっとね。ちょうど良いや、このカートリッジ使って剣を振ってみて」
「お? っと、急に投げんなよ。びっくりするだろうが」
僕の行動を見て訝しがるジークに向かってにこやかな顔を向けながら、湖の水を入れたカートリッジを放り投げた。
ジークは慌ててカートリッジに手を伸ばして落とさずに受け取る。
手慣れた手つきで剣にカートリッジをセットすると、僕達から少し離れて腰を落とし低い体勢で剣を構える。
「まあ、いつものことだから何かあるんだろうけどな」
するとジークが構えた剣の刀身から赤い光が漏れ始め次第に大きくなっていく。
「……これ今さっき水入れただけだよな?」
「そうだね。さあ、振っちゃって振っちゃって」
少々緊張感には欠けるためジークも半分真面目、半分冗談くらいの様子だったが、刀身から漏れる光を目にしたことで、気を引き締めたようだ。
そしてジークが剣を振りぬくと、予定通りの赤く輝く斬撃が正面に飛んだわけで。僕達の視線の先では湧いたばかりのカーボネーテッドウォーター・エレメンタルが上下真っ二つになり湖に沈んでいった。
「うん、成功だね」
「もしかしてこの水全部燃料になるのか?」
「そうなるね」
「……マジかよ、何気に大発見じゃねえか」
勿論僕も驚いたが、皆の驚きも相当だったようだ。それを証拠に水に手を入れようとしていたマリナさんは手を引っ込めて素早く立ち上がると湖から少しだけ距離をおいた。
別に触っても大丈夫だよ? 実際に飲んでも問題は無いと思うし。
――湖の水をある程度採取し終えて満足していると。アリスが岸辺に立ち対岸を眺めていた。
アリスみたいな子がやるとなかなか絵になる。思わず見惚れてしまいそうになるほどだ。
「こうして見る分には対岸もそれほど遠くは無さそうですね」
「そうだね、地図を見る限りでは湖は横に長い形をしている。回りこむと半日くらいかかるけど、対岸までの直線距離は見ての通りそれほど遠くはないかな」
そう言いながら手で回りこむジェスチャーをすると、アリスがくすりと笑いながら小さく頷いた。
「それならさっさと行こうぜ。半日かかるんだろ?」
「え、どうして?」
「どうしてって、いつまでもここにいたって仕方ねえだろ」
ジークは僕の反応がいまいちだったのが予想外だったのか、ぶっきらぼうに言い放つ。僕の言い方に何か問題があったのかわからないが、少なくともジークは距離を勘違いをしてしまったようだ。
「あ、いやそっちじゃなくて、半日のほうだよ。それだとさすがに時間をかけすぎでしょ」
「……すまん、意味がわからねえ。半日かかるって言い出したのはバーナードだろ?」
「ん? ああ、馬鹿正直に回りこめば、ね」
その一言で皆の表情が固まる。……いや、アリスだけは平然としている。恐らくは僕の言いたいことが正しく伝わったのがアリスだけだったということなのだろう。
「……まさかと思うけど、まっすぐ進むとか言ったりしないわよね?」
「お、良い反応だね。もちろんまっすぐ向こう岸に向かうつもりだよ、別に水の上歩けるしね。皆、あの湖の真ん中を見たいと思ったりしない?」
マリナさんが恐る恐る僕に問いかけてきたので、僕は努めて楽しさを演出するために笑顔で対応をさせてもらった。
皆の顔をひとりひとり確認すると、確かに気にはなっているようで、幸いなことに特に拒絶反応はなかった。
「ま、まあ興味が無いといえば嘘になるけどな」
「でも、あのワラワラと生まれているカーボネーテッドウォーター・エレメンタルはどうするの?」
ジークも触発されたのか興味を口にする。エリーシャは現実的に問題になりそうなところを心配し始めたようだ。
うん、皆行く気になってくれたようだ。
「あれはマリナさんが掃除してくれるから心配しなくていいよ」
「え、私が!?」
僕が軽い感じで言うと、マリナさんはまさか自分に振られるとは思っていなかったのか、一瞬声が裏返ってしまった。……さては完全に油断していたな。
そんな様子のマリナさんを見て苦笑しつつ言葉を続ける。
「ほら、光銃の練習にもちょうど良いしね。昨晩もなんだかんだ言って結構遅くまで練習していたみたいだから、次は実践投入ってことで」
「な、なんで知っているのよ。わざわざちょっと離れて練習してたのに」
わざわざ離れたから気が付いたんですよ。さすがにそれくらいは見ていなくても気がつく。
「今回はひとまず練習ということで、一射する毎にアイテムボックスを通して、オプションの換装を繰り返す。という感じで」
「ふう、わかったわ」
マリナさんは少し恥ずかしそうに返事をしているが、昨晩の練習成果を見せることが出来るのが嬉しいのだろう。すでに手は予定の動きを練習し始めている。
「それじゃあ、湖の真ん中辺り経由対岸行きってことで、行きますか!」
僕の言葉に皆が大きく頷いた。




