それはありえねぇだろ
まずは僕が率先して湖に一歩踏み入れることにする。踏み入れるとはいっても、もちろん実際に湖の水に足をつけるわけではない。
一歩一歩足場を作りながらの移動にはなるが、実際には水面から少し上を歩く。
皆も僕の後ろに続いて、各自足場を展開しながら湖に進入した。
皆、ブーツの取り扱いには慣れたもの、でもないか。マリナさんだけは少しだけではあるが気を張っているように見える。
まあマリナさんにはブーツを渡してから、まだそれほど経っていないので仕方がない、か。
それでもマリナさんも練習してきたのか、特に失敗して足場を作り損ねるということは無さそうだ。あとは、この状態で光剣をオプションパーツを換装しつつ使うことが出来るかどうか、そこで上手いこといってくれれば言うことなしだろう。
――湖に侵入してから少し歩いた辺りで、改めて周辺を見渡す。
足元に視線を向ければ波紋一つない澄み渡る綺麗な水面が広がり、見上げれば空は雲一つない青い空が広がっている。
これが異界の探索でなければ、そしてカーボネーテッドウォーター・エレメンタルが周りを彷徨いていなければ非常に気分の良い物となっていることだろう。
さすがに今に至るまで、魔物が一度もこちらに向かってこないということがあるわけも無く、数回に渡りこちらに向かってくる個体も発生しているのだが――。
「何だか楽しくなってきたわ。ロックオンすれば狙いが逸れないのも助かるわ」
その度にマリナさんが光銃換装の練習に興じて、喜々としてコアを撃ちぬいてくれるため、マリナさん以外の面々は特にやることもなく、ただただ歩き続けている。
始めこそ手間取ったもののさすがに昨晩張り切って練習していただけのことはある。その辺りは根が真面目なのだろう、と思いつつマリナさんの楽しそうな横顔を見ていた。
「それにしても、バーナード君にしては珍しいわね」
「珍しい、ですか。――おっと!」
「バーナード様、大丈夫ですか!?」
何度目かの練習を終えたマリナさんがふと疑問を口にしたため、返事をしながらつられて振り向いたのだが、足場を作り忘れかけて転びそうになってしまった。
思わず手をつこうと思った矢先、それが出来ないことに思い至り無理やり水面スレスレに足場を作り、何とか体勢をもとに戻すことに成功した。
足場があるので歩く分には問題ないのだが、転んでしまった場合はさすがに話が異なってくる。機能を付加しているものがブーツである為、その特性上どうしても足場は足の裏でしか生成されない。
落ちたところでどうということは無いとは思うが、すぐに乾かせるわけではないのでなるべくであれば水面に落下したくはない。
踏みとどまって顔をあげるとアリスの驚いた顔が目に入る。アリスも突然の事だったので慌ててしまったのか、僕に向けて手を伸ばしかけていた。
「はは、ちょっと気を抜いてたよ。アリスありがとう」
「い、いえ私は何も。何か考え事でもされていましたか?」
「ああ、本当に気を抜いていただけだよ。水中から魔物が襲ってくる可能性もあるし気をつけないとね」
「え、マジか!?」
僕の言葉を聞いて、ジークがしきりに足元へと視線を泳がしている。ジークさんや、そんなに慌てなくても良いですよ。
ひとまず確認した限りでは水中にはレアアース・エレメンタルの姿は確認できていない。カーボネーテッドウォーター・エレメンタルも水上を移動しているので、恐らく水中にはいないだろう。
可能性があるとすれば淡水魚たちの中に人肉を好む種類の物がいた場合だが、これだけ丸々と太っている淡水魚たちが、お腹をすかせて人を襲うということはさすがに考えづらい。
つまり現状では水中ではなく、視線の先で発生しているカーボネーテッドウォーター・エレメンタルが異常な行動をしないかぎりはそれほど警戒するようなことも無かったりはする。
それはそれとして、今は――
「それで、珍しいってどういうことです?」
挙動不審なジークではなく、マリナさんに視線を向けて質問を返す。
マリナさんは、少し考える素振りを見せた後、やはり
「まだ一緒に探索をし始めてそれほど経っていないから的外れかもしれないけど、バーナード君って近代魔道具を使うときは結構周りに気を使ってなかったかしら?」
「ああ、そういうことですか。今回も一応は気を使ってはいますよ。例えば――」
近くには他の探索者パーティがいないことは出発前に確認したので、可能性があるとすれば遠目に発見される可能性だろうか。
まあ、この階層までくると他の探索者とかち合うこともほとんどないし、その場合にしても距離があるので遠目に僕達の顔が確認できるわけでもないだろう。
それを改めて説明すると、マリナさんも多少腑に落ちない表情を見せつつも一定の納得はしてくれたようだった。
「それに、多少無理してでもあそこを見てみたいしね」
「って、欲求が勝っただけじゃないのよ」
そうとも言う。
先程まで納得しかけていた表情に呆れの色が混ざる。そう言いながらも誰も怒らないのは皆も一定の興味はもっているからなのだろうか。
多少の理由は後付してみたが、やはり一番の理由はあそこを見たい、というのが大きい。中々エレメンタルの発生地点なんて見れないからね。
……よくよく考えたらレアアース・エレメンタルの発生地点もあるということなのだろうか?
いや、機会があれば探しても良いかもしれないが、他にやりたいことも増えてきたことだし、それは後回しでも良いだろう。
「そ、それにもしかしたらガーディアンの領域だったりするかも知れないじゃないか」
「いや、さすがにそれはありえねぇだろ」
「え、即答!?」
更に後付の理由をあげてみるものの、即座にジークによって否定された。想定外の人物からの即答っぷりに思わず変な声を出してしまった。
「このブーツなしにここまでこれる奴がいるとはさすがに思えねぇよ」
「……ああ」
そう言われてみればその通りである。僕達が全探索者に先駆けてこの階層に挑んでいるというのであればともかく、ダニスさん達を含め既にこの階層を踏破している探索者は存在しているのだ。
その全員がこの場所に辿り着けるとは到底思えない。つまりあの地点が特別なものであったとしても、ガーディアンの領域としてはありえないということだ。……言ってしまったことがちょっとばかり恥ずかしい。
目的の発生地点に近づくにつれ、魔物の発生数が増えていたのだが、目前に近づいた辺りでパッタリと発生しなくなってしまった。……さすがにハイペースな連続発生には無理があったのだろうか?
「……急に発生しなくなりましたね」
「そうだね、一気に倒しすぎたとか?」
皆も急にカーボネーテッドウォーター・エレメンタルが発生しなくなったことに違和感を感じているようだ。
念のため周辺を探ってみるが別の地点から発生している気配もない。
「まあ、警戒しすぎてもキリがないかな。折角魔物の発生が止まったことだし、もう少し近づいて見てみよう」
魔物の発生地点に歩み寄り水面に視線を落とす。水面には見覚えのある泡がブクブクと発生していた。
モノクルに表示された物は《炭酸水》だ。
「ここから炭酸水が湧いているみたいだね。でも発生原因になりそうなものは見当たらないなぁ」
「水の精霊達もものすごく活発ね」
僕が少しだけがっかりしているのとは対照的に、エリーシャが嬉しそうに周りを見渡している。曰く精霊達はとても楽しそうにしているらしい。
「ってことは、ここで炭酸水を汲めばあの危なっかしい魔道具を使わなくて済むってことか」
玄冥の黒杭ね。
確かにたどり着くまでに多少の時間はかかってしまうが、玄冥の黒杭を使うよりは幾分かマシだろうか。今後、どのように炭酸水を確保するのか多少の課題はあるが、検討の価値はあるかもしれない。
細かい成分に違いがあるのかどうかという点も含めて、この場では判断がつかない。今回はこの炭酸水を確保だけして対岸を目指すことにした。
……エレメンタルの発生をもっと近くで見たかったなぁ。




