エルフと精霊
――玄冥の黒杭を一通り回収し終えてから、皆の意識を僕から周辺に向けて誘導するように、改めてわざとらしく周りの様子を確かめる。
幸いな事に周辺には新たな魔物の姿は見受けられなかった、が念の為に――。
「この場所からは早めに離れたほうが良いかな」
「そうですね。新たに魔物が寄ってこないとも限りませんし」
「あー、いや。それもそうなんだけど、それよりも、ね」
そう言いながらエリーシャに目配せをする。アリスが気にしていることに関しても、もちろん間違ってはいないのだが、実はそれよりも大事な事があったりする。
「玄冥の黒杭のせいで、周辺の精霊がすっかり怯えてしまっていると思うから」
「……そうね、領域が消えたことで多少は落ち着きを取り戻しては来ているけど。まだちょっと怯えてるかな」
僕達に気を使わせないように、時折行動に現れる程度だったが、エリーシャは先程からずっと周辺の精霊の事を心配していた。
エリーシャはそれほど問題は無さそうに話してはいるが、やはりちょっと悪いことをしてしまったかもしれない。
「僕としてもまさかこれほどの影響が出るとは思っていなかったから、精霊には悪い事しちゃったね。エリーシャが精霊から嫌われなければ良いんだけど」
「心配してくれてありがとう。そういうことなら心配は無いわ。私がエルフとして自然を大事にしている限りは精霊に嫌われたりしないわ」
僕としては少々心配だったのだが、エリーシャは自信を持って答えてくれた。エルフと精霊の関係は僕みたいな人間が思っているよりも強い絆、いや契約に近いような形で結ばれているということなのだろう。
腰に手を当てて胸を張ってポーズを決めるエリーシャの姿は非常に様になっている、のは良いのだがそういうポーズを決める事自体がすでにエルフっぽくない気がしないでもない。……やはり少しばかり無理をしているのかもしれない。
「あ、でも」
「でも?」
「さっきの魔道具はよほどのことがない限り使用は控えて欲しいかな。さすがにちょっと強力すぎるわ」
「あー、うん。確かにそうだね。次の探索からは別の方法で採取出来るように考えるよ。一応さっきの一体分はまるごと採取できたし、色々試す分には相当な量になったと思う。僕達の間で使う分くらいならしばらくは持つと思うよ」
とは言ったものの、他の方法というものには思い至ってはいない。水龍の牙が手に入れば特に悩むこともないのだが。
……水、か。何か良い方法は無いかなぁ。
っと、ここで考えていても仕方がない。ひとまずは魔道具の件は後回しにして、先ほどの提案通り場所を移動するべきだろう。
玄冥の黒杭の事を話し終えた後、この場を離れるために移動を開始する。
本当はマリナさんが先ほどカーボネーテッドウォーター・エレメンタルを瞬殺した魔道具に関して色々と聞きたそうにしていた。しかし、マリナさんも急いで聞き出すつもりは無いようで、後で落ち着いてから話すことを約束することでひとまず了承してくれた。
相変わらず大して変化の見られない岩石地帯を歩き続ける。そういえば地図の完成具合はどの程度だろうか?
そう思いながらアイテムポーチから未踏地形探索魔道具を取り出す。
親機を操作して地図を表示すると皆の意識も自然と地図に向けられる。いや、誰か周辺を気にしませんか?
とはいえ地図が気になることに関しては仕方がない事なので今すぐに地図を見ることは諦め、先程までいた場所からある程度の距離が確保できるまで我慢することにする。
それから三十分程度歩き続け、十分な距離を移動できたと判断し立ち止まる。
少し早い気もするが辺りも少し暗くなってきたので、今日の野営場所を探すことにした。
そういえば、魔道具を取りに帰っている時に、外は暗くなり始めていたから、この第十九層は外と少しだけ時間がズレているということなのだろうか。
今日の野営場所は多少小高い丘のふもとに少しだけくぼんだ地形なので、周辺からもそれほど目立つことは無いだろうと思われる。
僕達の場合は結界魔道具があるので魔物よりも、他の探索者に寄られることのほうが面倒が多いから無難な場所取りだろう。
野営の準備が終わり皆が落ち着いた頃に、結界の魔道具を起動して地図の確認を行うことにした。
地図はほぼ完成しており、親機によって映しだされる地図はきちんと地形も表現していた。
下層からの流れで行けば、この第十九層のガーディアンはウォーター・メガ・エレメンタルである可能性が高いはずだ。そうなるとやはり北に向かった先の湖周辺が一番あやしいだろうか?
初めに表示されていた時にも感じたが、湖自体はそれなりの広さがあるようで、周りを一周しようとすれば一日かかってしまうかもしれない。
「明日はこの湖に到着できるかな? ガーディアンもその辺りに居ると良いなあ。向こう側まで回りこむのも大変だしね」
「案外この湖全体がガーディアンだったりしてな」
「ジークさんや、余計なフラグを立てないでくれないかな」
「さすがにこのサイズは嫌ですね」
ジークのせいで余計な事を想像してしまった。さすがにこの湖のサイズとなると、まともに戦っても勝てる気がしない。アリスも想像してしまったようで同じように嫌そうな顔をしている。
もし、そうなってしまったらいっその事この湖全体を埋め立ててしまおうか?
「……また何か良からぬことを考えているわね」
「イヤイヤ、ソンナコトハナイデスヨ?」
マリナさんも中々に鋭くなって来たな。
明日の方針も決まったので次は説明を保留していたマリナさんの魔道具に関する話をしなければいけないだろう。……と思っていたのだが、マリナさんからは話を切りだす様子がない。もしかして忘れているのだろうか?
「マリナさん、そろそろ落ち着いたので魔道具の説明をしますね」
「あ!? そ、そうね! ずっと気になっていたのよ」
……いや、その反応は絶対に忘れてたよね? まあ良いけど。
「それじゃあ、何から説明したものかな」
「最初にこれを手渡してくれた時に、作ったって言っていたわね? 光剣も渡してないのにどうしてピッタリサイズの近代魔道具が作れたの?」
マリナさんが手を伸ばしアイテムボックスからオプションパーツを取り出しながら疑問を口にする。
「それは、僕が光剣の設計図をもっているからですよ。素材が足りないので作ることは出来ませんがオプションパーツの素材は手に入ったので作ってみました」
「……前から気になっていたけど、私の先祖とバーナード君が何の関係があるの?」
あれ、もしかしてマリナさんは未だに僕の事を知らないのだろうか?
てっきりグレゴワールから色々話を聞いているものだと思っていたのだが、ちょっとだけ予想外だ。
まあ、確かにグレゴワールは微妙に秘密主義なところがあったりするので話していないという可能性も十分にあるか。
グレゴワールが話していないということは、まだマリナさんには黙っていてほしいのかもしれないから、やんわりと回避させてもらうか。
「それはまあ、追々ということで。ひとまず今は設計図をもっているという事実だけ」
「……何よそれ。何だか子供扱いされているみたいで嫌なんだけど」
そう言ってマリナさんが頬を膨らまして怒ったそぶりをする。……意外だ、こんなやり取りもできるんだな。
「グレゴワール司祭がお話していないということは、まだ時期ではないということなのかもしれません」
「え、グレゴワール様が?」
グレゴワールの名前を使わせて貰ったところ、マリナさんは思っていた以上の反応を示している。ひとまずはその流れで行こうか。
……あ、でもクローツの使徒って流れとかは勘弁して欲しいな。そこだけは断固として否定しておきたい。




