ずぶ濡れになったんだよ
皆から先ほどまでの成果を確認し終えたところ、特にこれといったトラブルは発生してはいなかった事がわかった。
まあトラブルが発生していたらもっと早い段階で目に見えてわかる、か。
って、はて?
最後にジークが一通りを語ってくれたのだが、話し終えた辺りから皆がチラチラとジークの顔を見始めた。
「……どうしたの?」
「あー、うん」
少しだけ心配になって問いかけるが、エリーシャが何か奥歯に何か挟まったかのような微妙な表情で言い淀んだ。
「……」
「……言っておきなさいよ」
沈黙するジークと何かを促すエリーシャ、一方マリナさんとアリスは我関せずを貫くつもりのようで、特に反応らしい反応はしていない。
……大事ではないが小さなトラブルは発生していたということだろうか?
「だぁーっ! わかったよ言えばいいんだろ、言えばよ!」
エリーシャの強制力に対して、遂に沈黙しきれなくなったのかジークはヤケクソ気味に大きな声を上げた。
その様子を見てエリーシャはくすっと小さく微笑んだ。マリナさんとアリスはそっぽを向きながら、何やら肩を震わせて何かを堪えているようにも見える。
「ずぶ濡れになったんだよ」
「……は?」
「一体目のカーボネーテッドウォーター・エレメンタルを倒した時に勢い余って炭酸水まみれになったんだよ!」
「あー」
そういえば注意しておくのを忘れたな。というよりも、液体の魔物倒すのに何も対策しないで戦うとは思ってもみなかった。
そう言われてみれば剣筋が炭酸の泡でぶれたって言ってたな。
でも、これだけ面子がいて誰も気が付かなかったのだろうか? そう思っていると、エリーシャがジークの話の補足をし始めた。
なんでも、僕と別れた後に初めて遭遇した魔物がカーボネーテッドウォーター・エレメンタルだったそうで、ジークが突撃をかまして切り結び最後には足元から切り上げてコア真っ二つにしてしまったらしい。
そんなことをすれば結果どうなったかといえば、当然のことながらコアの制御を失った液体はその場にとどまることができなくなり――ジークは頭から大量の炭酸水を被ってしまったというわけだ。
さすがに皆、ウォーター・エレメンタル討伐の注意点は知っていると思って誰も話すことは無かったらしい。
「そ、それは大変だったね。……ってあれ? その割にはジークが濡れているようには見えないんだけれど?」
「近くの水場で洗い流したんだよ。幸い水場は所々に点在しているからな」
「そのあと風の精霊に手伝ってもらって乾かしたってわけ」
ジークの言葉を聞いて自然と周囲を見渡す。……確かにちょっと見渡しただけで水場はところどころに見受けられる。
カーボネーテッドウォーター・エレメンタルとの初戦は幸い大事にはならなかったようだ。……が、ちょっと言っておかないといけないかな。
「皆、今回はたまたま被害が少なかったみたいだけど、もし今回の魔物がアシッド・エレメンタルだったらどうなっていたと思う?」
僕の言葉で皆の表情が一瞬で強張る。そう、たまたま今回は炭酸水だったから良かったが、もしこれが強酸だったらまず間違いなく大怪我をしていることだろう。アリスに持たせてあるポーションがあれば、さすがに死ぬことは無いとは思うが、かなり痛い思いをすることになるのはほぼ間違いない。
第十八層のガーディアンをジークが単独撃破したことで、皆の気が知らず知らずのうちに緩んでしまっていたのだろうか?
「魔物の危険性に関しては、きちんと声掛けをしないといけないよ? 恐らく多くが無駄になるかもしれないけど、これは大事なことだよ?」
「申し訳ございません、以後気をつけます」
アリスが深々と頭を下げた。つられるように皆も反省を始める。
「わかってくれれば良いよ。まあ、僕もそういった部分は至らないことが多いからね。だから偉そうに人のことは言えないんだけど」
だって僕も昔、似たような事をやらかしているからな。言わないけど。
その時はマッドゴーレムだったな。魔術師を倒して油断していた事もあって、盛大に泥をかぶってしまったのだ。
あの時はセオドールに盛大に笑われてしまったものだ。
そういえば僕が簡易浴槽を持ち運ぶようになったのは、あの一件があってからだったな。
「な、なに笑ってやがるんだよ。……ところで、カーボネーテッドウォーター・エレメンタルの素材を採取するための魔道具は見つかったのか?」
懐かしさについ笑みが漏れてしまったようだ。
「ああ、ゴメンゴメン。ちょっと懐かしいことを思い出しちゃってね。魔道具はバッチリ見つかったよ」
「よっしゃ、それじゃあ次のカーボネーテッドウォーター・エレメンタルからは素材の回収が出来るってわけだ。うめぇジュースにしてやるぜ」
「はは、まあ調理はアリス次第かな。楽しみにしてるね」
そう言ってアリスを見やると、やる気に満ちた面持ちでこちらを見つめていた。
「お任せください。既に予備知識の習得は完了しています」
「あー、オッホン! び、美容の方も忘れないでね?」
マリナさんの割り込みに大きく頷くエリーシャ。アリスも僕がいない間になにやら興味が湧いてきたようで、非常に期待を込めた瞳をしている。……二人に何かを吹きこまれたのだろうか?
まあ、仲良きことは美しきかな。よし、皆のためにも炭酸美容グッズを作り上げてみせようじゃないか!
折角だからセオドールの資料もひっくり返していろいろと盛り込んでみるか。フフ、フフフ。
「あ、余り根を詰めすぎるのも良くないし、普通ので良いからね? ねえ、ジーク?」
「そ、そうだな! なるべく普通に良いのを期待してるぜ!」
マカセテオイテー、普通とかありえないから。美容のための魔道具とかアタラシイじゃないか。
小休憩を終えた僕たちは第十九層の探索を再開した。マップを確認したところ、そこそこ地図が出来上がった部分も広がっていた。
「ここから北に一日程度行った所に大きな湖があるみたいだ。ひとまずはそこを目指してみようか」
「湖、か。この階層のガーディアンはバカでけえウォーター・エレメンタルだったりしやがってな」
……ジークさんや。それは多分フラグってやつだよ。そう思わせておいて一捻りある気がする。……僕も思ったけど言うのを控えてたのに。
ま、まあガーディアンの領域まで到達すればわかることだから、余り不要な憶測立ててると臨機応変に対応できませんよ?
北に進路を取り、岩石地帯を進むことしばらく。何故か出現する魔物はレアアース・エレメンタルばかりだった。
もしかしたら水たまりが多いところじゃないとカーボネーテッドウォーター・エレメンタルは出現しないのだろうか?
「もうっ、何で出てこないのよ!」
「この先少しで水たまりが多い地形になるみたいなので、そのあたりに出現するかもしれませんね」
苛立ちを口に出してしまったマリナさんをそれっぽい予想でなだめる。でもまあ確かに折角魔道具を取りに帰ったのだから、さっさと遭遇して魔道具を披露したいところではある。
――そうこうしている内に視線の先に少し地形に変化が見受けられるようになってきた。
そして辺りに水たまりが増えてきた辺りで遂に、念願のカーボネーテッドウォーター・エレメンタルに遭遇することができた。
自然と皆の視線が僕に集まる。
「さて、どうしてウォーター・エレメンタルの素材採取は難しいのでしょうか?」
「さっき何体か倒した時にはそのまま崩れて地面に染みちまったな」
「そうだね。ということは素材採取するにはどうすれば良い?」
「……その流れだと地面に染みなければ良い、かしら? でもどうやって?」
ジークとエリーシャが僕の問いかけに答える。僕はそれを聞いてからアイテムポーチから例の魔道具を取り出す。
「そこでこれの出番ですよ」
「……それは、杭?」




