謎と不審者
先ほどのマリナさんの小言で既にお腹いっぱいなので、とりあえずこれ以上は小言が始まらないようにしなければならない。
そう思い、シェリルさんが本題の話を進めてくれるようにする方法を画策する。
「ああ、遅刻した上にマリナさんに怒られた分遅れた感じです。それで、何か用事ですか? もしかして変な人でも出ましたか?」
しかしそれほど良い手が思い浮かばないため、素直に催促をする事にする。その際にせめてもの抵抗をと思い、昨日のブリジットを真似てよくわからない事をのたまってみた。
「えっ!? バーナード君のところにも情報は上がってるのね。まだそれほど情報は広がっていないはずなんだけど、流石だわ」
「え?」
「え?」
……のだが、シェリルさんから返ってきた言葉は僕が想像していたものとは異なっていた。図らずともビンゴだったようだ。
僕の様子に違和感を感じたであろうシェリルさんは、驚きから困惑へ表情を変えながらこちらの様子を窺っている。
多分、僕の言葉を待っているのだろう。
しかし、まさか当たるとは思っていなかったし、当然僕が何かを知っているわけではない。……こんなことであれば昨日きちんとブリジットから話を聞いておけばよかったかな。
昨日はブリジットが危なそうな路地に寄り道をした事の方に焦点が当たってしまったため、結局もっと変な人に関する詳細を聞かなかったのだ。
どうにも真面目な話のようなので、下手に知ったようなふりをしても悪い方にしか話は転がらないだろう。
「すみません、不審者が現れた事は聞きましたが詳しい話は知らないんですよ。でもそれくらいでわざわざ忙しいシェリルさんが来ないですよね?」
「まあ、そうね。ということはほとんど話は知らないと言う前提で話したほうが良いわね」
「はい、その前提でお願いします」
「ああ、その前に場所を移動しても良いかしら。時間はそれほど取らせないわ」
シェリルさんは一度話を止め、少し周りの様子を伺う素振りを見せると、そう言った。つまり、ここでは話しにくい内容だということなのだろう。
「皆ごめん。少し待っててもらえるかな?」
「いや、俺も聞かせてもらいてぇな。都市内の厄介事なら俺達も無関係じゃねぇからな」
さほど時間は掛からないようなので、皆には少し待っていてもらおうと思ったのだが、意外なことにジークが首を突っ込んできた。少し戸惑いながら皆の様子を見ると、ジークのそれにつられたのか皆一様に真剣な眼差しで頷いている。
「それでも構わないわ。時間も惜しいしね、それじゃあついて来て」
シェリルさんも皆の同席をすんなり認めて移動を始めた。時間が惜しいという言葉に嘘はないということなのだろう。
シェリルさんの後をついて向かった先は地下のミーティングルームだった。
扉を開けると室内の様子が目に入る。初めて見るのだが、思っていたよりも広い作りとなっており中は綺麗に保たれていた。……実は余り使われていなかったりするのだろうか?
皆が部屋に入ったのを確認してから、アイテムポーチから魔道具を取り出して発動させる。この建物はシェリルさんのホームグラウンドなので大丈夫だとは思うが、念のため室外へ音が漏れないように対策はしておくに越したことはない。
「ありがとう、手間が省けるわ」
シェリルさんもすぐにそれに気がついたようで、こちらに軽く微笑んだ。
全員が椅子に座り向き合うと、シェリルさんは一度全員を見渡してから改めて僕に向き直る。
「一昨日の事なんだけど、孤児等の人攫いを生業としていた、とある裏組織が壊滅したわ」
「それと不審者の件に何か関係があるんですか? 壊滅時に逃れた組員とかですか?」
「いいえ、組織のメンバーは全員大なり小なり怪我はしているけど全員捉えたわ。どうもその組織を壊滅に追い込んだのが、その不審者らしいのよ」
「裏組織を壊滅してくれたんなら、別に不審者呼ばわりはする必要はねえんじゃねぇか?」
ジークはシェリルさんの説明に違和感を持ったのか、疑問の言葉を口にした。
確かに裏組織を壊滅させる不審者とか意味がわからないな。
「捕縛した組員から聞いた話では、なんでもその不審者が常軌を逸した異常な出で立ちだったらしいの。その姿と威圧にとてつもない狂気を感じたそうよ」
「狂気、ですか?」
「ただ一言、ポツリと口にした赤と言う言葉が気になるけど、詳しく聞こうとしても怯えるばかりで、それ以上は何も話してくれなかったわ。相当な恐怖心を植え付けられたようね」
「それで不審者、ですか。でも、やはりそれを僕に慌てて伝えにきた理由がわからないのですが」
僕の疑問に対してシェリルさんは「そうね」と言葉を続ける。
「実はその裏組織が壊滅して、翌日――昨日の明朝の事になるのだけれど、これまたとある貴族がこの先の広場で変死体で発見されたの」
「……その貴族が人身売買に関与していた?」
「事実関係は定かではないけど、死体の周りにはそれに関与していたことを示した書類がばらまかれていたわ」
「つまりその貴族の殺害に不審者が関与している可能性がある?」
「そうね」
「はあ!?」
突然、背後から素っ頓狂な叫び声が聞こえたので驚きながらも反射的に振り向くと、ジークが何かしら信じられない物を見たような顔で目を見開いていた。
「……び、びっくりさせないでよ。心臓が止まるかと思ったわ」
「あ、いや、その、すまねえ。な、なんでもありやがらねぇぜ」
謎の動揺を見せてブロークンな言葉を口にしたジークの声に、驚いたシェリルさんが少しキツ目な視線を向けると、視線を合わせること無く、そっぽを向いてしまった。
シェリルさんはそんなジークの様子を訝しがりながらも、視線を僕に戻して話を続ける。
「ただ、その貴族は近代錬金術復活の宣言以降、日頃の魔術師達の素行に対して声高に非難を続けていた。……もしかしたら、人身売買に関与していた証拠もダミーかもしれない」
「錬金術排斥派の魔術師であれば、罪の捏造もお手のものですからね。強硬手段に出る可能性も十分に考えられますね。……ん? ちょっと待ってください。二件の事件で死んだのはその貴族だけですか?」
「そう、私もそこが引っかかってはいるのよ。やはり――」
「不審者の主目的はあくまで貴族の殺害?」
「私としてもその可能性は捨てきれないの。近代錬金術に関するキーマンの情報は漏れていないと思うけど、もしかしたらバーナード君に危険が及ぶ可能性もゼロではないわ」
「わかりました。一応暫くの間は警戒するようにしておきます」
僕の回答に満足したのかシェリルさんは一つ頷くと、話を終え部屋を出て行った。
シェリルさんとの話が終わり、ミーティングルームを出た僕たちはそのまま地上に上がり、天獄塔の広場へと足を運んだ。
僕の遅刻といい、シェリルさんの要件といい、イレギュラーな出来事で探索開始の予定時間を大きくオーバーしてしまった。
アリス達のためにも早めに研究室に戻りたい気持ちには変わりはないのだが、焦りがミスを呼び込んでしまう可能性もある為、探索に関しては着実に進めていくことが大事であることは理解しているので努めて焦らないようには心がけているつもりではある。
――さて、今回の探索は前回に引き続き第十八層の探索だ。マリナさんと戦力状況の情報交換をした日以降、小刻みではあるが数回探索を行ったので、すでに必要なピースは揃っている。
今回はそれほど時間も掛からずにガーディアンの元へ辿り着けるはずだ。
「今回はガーディアンを討伐して次の階層に挑めると思う。皆気を抜かずに挑もう」
皆の顔を見て、その表情を確認していく。
皆、気合十分なようなので何も心配はいらないだろう。
天獄塔一回の受付を通りぬけ、ポータルで第十八層へと移動する。
さあ、探索を始めよう。




