繋いだもの
二人は前のめりになりまっすぐな目で僕の反応を見ている。
なんとなくだが、フィリップは見たがるだろうなとは思っていたのだが、まさかのシャーロットまでもが僕の失敗作を見たがっている。
シャーロットは割りと引っ込み思案な正確なので、もし見たかったとしてもそれを口に出すような積極性は持ち合わせていないと思っていた。少々意外ではある。
もしかしたら強引なフィリップに接している内にが何かしらの影響を受けているのかもしれないな。
手に入れた金銭の殆どを研究に費やされても困るので、出来れば影響を受けるのは錬金術そのものに関してだけにしてもらいたいところだが……まあ、そこは今考えることではないか。
「もちろんあるにはあるけど、性能とは別の部分で失敗作なんだ。できればこのまま誰にも見せずにお蔵入りさせたいかな。その代わりと言ってはなんだけど、これから行う錬成の工程を見ててもらっても良いよ」
「おお、それはありがたい!」
「バーナード様の邪魔にならないように静かに見ていますね」
錬成工程の見学を許可したところ、二人の喜びようはこちらも驚くほどだった。
結構この二人にとって互いの存在が良い刺激になっているのかもしれない。
「それじゃあこれから準備するよ。ひとまずアリスにはテーブルの上の片付けをお願いしても良いかな」
「かしこまりました」
アリスは恭しく頭を下げたあと、音もなく椅子から立ち上がり手慣れた様子で食器類を片付け始めた。
さて、と。こちらはこちらで錬成の準備を始めていきますか。
テーブルに空きができる度に、アイテムポーチから取り出した錬金素材や機材を広げていく。アリスが片付けを終えた頃には、僕の目の前の作業空間以外は埋め尽くされていた。
フィリップとシャーロットはその素材や機材の一つ一つを興味深く見つめている。……いや、今回は特にめずらしい素材を使う予定は無いので、少々申し訳なくなってしまう。
研究室に戻れば特別な錬成機材などが多く揃えてあるのだが、現在使用している機材の殆どは塔を下りてから改めて用意しなおしたものばかりだ。
そして最後の素材を取り出した瞬間にフィリップの動きがピタリと止まる。
「……これはクローツ教の修道服、ですな」
「はい、先ほどグレゴワール司祭のところで借りてきたものです」
「バーナード殿、そういう気遣いは無用だ。これはグレゴワール司祭ではなくマリナに借りてきたのだろう? これはマリナの修道服だ」
いや、特に気を使ったつもりは無いのだが、ってちょっと待て、何故この修道服がマリナの物だとわかるんだ?
確か借りる際にマリナさんは一般的に皆が着ているものだと言っていた気がするのだが……。
偶然なのだろうか? これは突っ込んだほうが良いのだろうか――いや、この巨大な釣り針には食いついてはいけない気がする。
「まあどちらでも変わりません。それより今回はこの修道服をベースに訓練用の魔道具を作ります」
「訓練に魔道具、ですか?」
フィリップの闇を振り払い話題を変えたところ、上手いことにシャーロットが疑問を口にしてくれた。
「うん、訓練用の魔道具。シャーロットはやっぱり違和感を感じる?」
「そうですね。魔道具の用途は即実用という印象が強いので、訓練に魔道具を使うというのは珍しくは感じます」
そう、魔道具の本来の成り立ちは魔法現象の発現が目的である。火をつけるにしろ物を転送するにしろシャーロットの言うように即実用できるものである。
魔道具の使用方法に慣れる必要はもちろんあるが、魔道具を使えば人はそれだけで強くなる。
今回の用に訓練を行う魔道具が作られることは全く無いとは言わないが非常に事例が少ないのは事実だろう。
疑問をいだいたまま見ていても身が入らないかもしれないので、本格的に作業を始める前に二人には今回の目的である気の件を軽く話した上で、今回錬成する魔道具の基本的なコンセプトを説明することにする。
修道服を錬成水につけている間は時間が空くのでちょうど良いだろう。
――二人への説明を終え、今回の趣旨を理解をしてもらったところで訓練用魔道具の制作に入る。
さすがに短期間に何回も作っているので、細かい部分は異なるが特に工程に詰まるようなことはない。淀みのない手つきで錬成工程をこなしていく。
「バーナード殿、ちょっとよろしいか?」
「はい、何でしょうか?」
ふと、フィリップに声を掛けられた。まだ序盤の工程なのでそれほど難しい箇所は無いはずなのだが、なんだろうか?
「先ほど修道服を錬成水に浸しているのを見て思い出したのだが、この工程はこれ以上短く出来ないものなのだろうか?」
「短く、ですか?」
「そう、短くだ。錬成水に浸すという工程が、近代錬金術において最も重要な要素であることは学び始めたばかりの私でも十分に理解している。ただ素材によっては相当に時間がかかってしまう」
「ふむ、今回の魔道具錬成と言うよりは、基礎段階に関する疑問ですね。良い質問です」
「そ、そうか」
僕の言葉を聞いたフィリップの表情からは微かにだが喜びの色が見て取れる。本人は努めて平静を装っているのだが隠しきれていないようだ。
「結論から言えば、恐らくは可能です」
「恐らく?」
「はい、現段階ではその技術は確立されてはいません。ですが僕のこれまでの経験上、外的要因と思われるもので浸す工程に時間の前後があったのは事実です」
「ただ、これまでその点を研究していた錬金術師を僕は知りません。近代錬金術は未だ発展の途上にあります。皆、そちらに興味を持ってしまうのだと思います」
「そ、そうか」
フィリップは先ほどの喜びから一転暗い表情を見せる。
「そんなに落ち込まないでください。先ほども言ったように着眼点は良いと思います。これは古典錬金術に多くの労力を費やしたフィリップさんならではの着眼点だと思います。伊達に臨界点を探りながら研究をしていたわけでは無いということですね」
「私も興味深い内容だと思いました」
シャーロットもフィリップの意見に関心を持ったようだ。なにやら目を輝かせている。
「もし今後、近代錬金術の基礎を修め研究を続ける中で再び思い至る事があれば、その時に改めて研究をしてみるのも良いかもしれません。僕もちょっと興味が湧いたので今度研究してみます」
「わかった。案外バーナード殿が近々に解決してしまうかもしれないが心には刻んでおこう」
「私も忘れないようにします!」
フィリップとシャーロットは強く宣言した後、互いに顔を見合わせ頷いている。
二人の意気込みを見て少しうれしくなってしまった。僕もセオドールも、いや僕達の時代の錬金術師達は皆、新しい可能性に重きをおいて様々な研究を行ってきた。もちろんそれは間違っていたわけではない。
広がった多くの可能性が一度は潰えてしまったが、その成果をようやく新たな世代に伝えることができた結果、基礎に立ち戻った研究にも目が行くようになったのだ。
百年前に僕が賢者の石の錬成に成功していなければ、きっと僕もいずれは謀略により殺されていたことだろう。そうなれば近代錬金術は本当に全て失われていたことだろう。
あの奇跡のような出来事に至ることができたのは、間違いなくあの時代の錬金術師たちが多くの可能性を広げ繋いできた結果だ。
「バーナード様、泣いておられるのですか?」
「え?」
ふと、離れて座っていたアリスから声を掛けられて我に返り頬に手を当てる。確かに涙が頬を伝っていた。
「バーナード殿……」
「バーナード様……」
目の前の二人も気がついたようだ。少々困惑した表情でこちらを見ている。
「はは、ちょっと昔のことを色々と思い出してしまって。……情けないところを見せてしまったなあ」
「いいえ、そんなことは無いです。今のバーナード様はとても嬉しそうに見えます」
「アリス……そう、だね。とても嬉しくてつい感傷に浸ってしまった。……二人共、僕からお願いがあるんだけど聞いてもらえるかな?」
僕の問いかけに二人は僕の目を見て、無言のまま僕の言葉を待っている。少々照れくさくもあるが、どうしても今はこの言葉を口にしたい。
「僕達の近代錬金術を更に発展させて新しい世代にしっかりと繋いで欲しい」
「もちろんだ」
「はい、任せて下さい!」
二人から帰ってきたのは僕が期待していた通りの心強い言葉だった。




