研究手法の問題点
正座をさせている二人の様子を見る。
一応、二人共神妙そうな顔はしているので、ぱっと見では反省しているように見える。
状況が状況だったので、勢いで二人共正座させてしまったが、何気にフィリップを正座させているのはあまりよろしくは無い気がしなくもない……無いのだが、このまま放って置けるような事案でもない事だし、今日に限っては我慢してもらおう。
「シャーロットの服装がだらしないのはもちろん問題ですが、フィリップ副司祭ももう少し誤解を受けないように気をつけていただかないと困ります」
「この研究所内では副司祭は不要とお願いしたとはずだが?」
「ああ、これは失礼。フィリップさん、さん付けは容赦願います」
「まあ、教会関係の敬称が使われなければそれで構わない」
それで構わないとか言いつつも、フィリップの表情からは満足そうな気配はまったくしていない。現段階ではお互いにそれほど気安くなった記憶もないので、呼び捨てとかは勘弁してもらいたい。
僕的にはさん付け辺りが落とし所だと思っているので現段階ではそれ以上は望まないで欲しい。
というよりも、こういったやり取りをしていると、なんだか僕のほうが怒られているかのように錯覚してしまう。残念ながら今はそんな話をしているわけではない。
「この建物は外部からの盗聴に対して、幾つかの対策は施してはいます。しかしそれはあくまで施設外に対してのことで、内部に関しては別で結構聞こえてしまうんですよ。音が完全に聞こえないと色々問題ですからね」
「もちろん、それは理解しているつもりだ」
いやいや嘘を付かないで欲しい。理解をしているのであればなぜ、あのような周囲の誤解を招きかねない、というか招いている会話が聞こえてくるというのか。
「研究所の内部であれば会話を聞かれたからどうということはない。見習い同士、それを切っ掛けに互いに何か新しい発見があるかもしれないからな」
猥談からの発見ってなんだよ。
「あ、いや。そうじゃなくて問題は二人の会話を外から聞くと、いかがわしい会話に聞こえるという点なんですよ」
「いかがわしいとは心外だな。我々は近代錬金術と真摯に向き合っているつもりだが?」
二人の目は僕のことをまっすぐに見つめている。……これはヤバい、二人はいたって真面目にそう思っているようだ。
「……仕方がないですね。二人共ちょっとこれを聞いてもらえますか?」
そう言って、モノクルにオーバーレイされたメニューを操作する。シャーロットもフィリップも僕の行動の真意が見えないのか、不思議そうにこちらを向いている。
数秒後、部屋の中にとある二人の会話が流れて始めると、二人は驚き視線を忙しなく動かし始めた。どうも二人は僕が何かをしゃべるのだと思っていたようだ。
まあ普通はそう思うか。
それはそれとして、とある二人の会話とはもちろんシャーロットとフィリップの先ほどの会話である――が、先入観無しで考えてもらうために、声色は別人のものに変更して再生している。
初めはただ漠然と聞いていたのだが、次第に二人の様相は異なってくる。
まずシャーロットは顔を伏せがちに耳まで真っ赤にして、そしてフィリップは若干の怒りを滲ませて。
「……バーナード殿、この卑猥な会話は何ですかな? 今は真面目な話をしているつもりだったのだが、これは私の勘違いだったかな?」
「いえ、それで合っていますよ。若干、声色を変えていますけど、この会話は先程まで部屋から漏れていた二人の会話ですよ」
「……は?」
シャーロットはなんとなくは感づいていたようで、僕の言葉でそれが確定した事で完全に顔を伏せてしまった。しかしフィリップはただとぼけた声を上げただけだった。
やはりフィリップには自覚無し、か。
「それでは、次は声色をオリジナルデータに戻して再生しますね」
フィリップに有無を言わさないように、そのままオリジナルの音声を再生する。当然のことながら、先程フィリップが怒り混じりに卑猥だと言い切った会話が流れる訳で……。
「――申し訳ないが少々旅に出てくる。すまないが私のことは探さないで欲しい」
「あー、それは勘弁願います。面倒なんで」
フィリップに与えた衝撃は相当に大きかったのか、彼の渾身作である魔道具を破壊した時よりも更に落ち込んでいるように見える。
穴があったら入りたい。とは正にこの状況のことを言うのだろう。
もしこれが僕だったらしばらく立ち直れないかもしれない。
本当はもう一件改善をしないといけない事があったりするのだが、……このまま続けても大丈夫だろうか?
少々心配にはなるが、こちらの内容も大事であることには変わりない。このまま言わないでおくわけにもいかないだろう。
「非常に申し訳ないのですが、実はもう一件先ほどの会話に関して、どうしても正して置かなければならない事があります」
「ほ、他にもあるのか?」
「そんなに激しくかき混ぜたら、の件です」
一度はこちらを向いた二人だったが、今度は二人揃って顔を真赤に染めて下を向いてしまう。
いや、いじめるためにわざと言っているわけじゃないぞ。
「この言葉から、フィリップさんがどのようにして古典魔道具をあれほどの物に高めることが出来たのか、それが伝わってきます」
「……どういうことだ?」
一瞬、フィリップの動きが止まり、ゆっくりと僕に向き直る。その評定は先程までの赤い顔ではなく真剣な物に変わっている。
「フィリップさんは古典魔道具の性能を最大限に引き出して集積させるために、常に臨界点ギリギリを探っていたのではないですか?」
「確かにバーナード殿の言う通りだ」
「それ自体は決して問題があるわけではありません。臨界点を越え暴走したところで所詮は古典魔道具。被害といえば素材が無駄になってしまう程度で済むでしょう。しかし――」
「近代魔道具は違う。……そうか、近代魔道具が暴走してしまえば被害は素材の消失程度では終わらない」
「そうです。魔道具の規模によっては下手をするとその被害は研究所周辺にも及びます。近代魔道具を扱う際には臨界点ではなく、あくまで安全安定を探らなければなりません」
フィリップは己の過ちを理解したようで、目をつぶり上を向く。そして一拍置いてゆっくりと目を開き再びこちらに向き直った。
「これからは決してそのようなことをしないよう、十分に気をつけさせてもらう。シャーロット、私に至らぬ点があれば厳しく指摘してほしい」
「……わかりました。私こそ申し訳ありませんでした。これからは私も気をつけます」
ひとまずは二人共理解はしてもらえたようだ。とはいえ、ここに至るまで実態を把握していなかった僕も悪かった事には変わりない、かな。
「僕の話はそれくらいかな。ちょっと休憩しようか。二人共正座で足が疲れたよね?」
「それでは何か飲み物を用意しますね」
僕の提案に合わせ、アリスが休憩の準備を始める。
シャーロットとフィリップは慣れない正座に足をやられたようで、生まれたての子鹿のように素敵な足取りで椅子に倒れかけるように座った。
「あ、そういえば、バーナード様がこちらにいらっしゃったということは私たちに何か用ですか?」
アリスが用意したデザートセットを皆で堪能し、一休みしていると不意にシャーロットが疑問を口にした。
先ほどの一件があまりの衝撃事件だったために、この研究所を訪ねた本来の目的を忘れてしまうところだった。
「急いで作りなおさないといけない魔道具があってね。家まで戻るのは時間の無駄だからここを貸してもらえないかい?」
「はい、それは構いません。作りなおす、ということは元になるものがあるということですよね? もしよろしければ見せていただけないでしょうか?」
「それは私も興味がある。バーナード殿がそう言うということは当然新しい魔道具なのだろう?」




