ランディス
ランディスは僕の一言であからさまに動揺をし始めた。
「ば、ば、ば」
「ばばば?」
「ば、馬鹿なこと言ってんじゃねーよバーナード兄。お、俺がエステルの事好きな訳ねーだろ!?」
「……いや、そこまでは言ってなかったんだけど、ここで自爆してどうする」
そう言って、僕に詰め寄るランディスにエステル達の方へ注意をうながす。
いくら皆がそれぞれの事に集中していたとしても、流石にこんな建物の中で大声で話していては、皆の注目は自然とこちらに集まろうというものである。
「ランディス兄ちゃんはエステル姉ちゃんの事嫌いなの?」
「ばっかだなぁ。あれはテレカクシってやつなんだぜ」
「そうそう、ランディス兄ちゃんがエステル姉ちゃんの事嫌いなわけ無いじゃん。みんな知ってるよ」
……皆知っていたらしい。もしかしたら割とよくある光景だったりするのだろう。
まあ、ちょっとつついただけで盛大に自爆しているくらいだから、知られないほうが無理かな。
男の子は冷やかし、女の子はきゃっきゃと喜んでいる。
肝心のエステルはというと顔を赤くして下を向いてしまった。その真意は分かりかねるが嫌がっているというわけでも無いようだ。
この孤児院が作られてから、まだそれほど日も経っていないはずなのだが、子供達は長年の付き合いがあるかのように振舞っている。
孤児院設立の有無にかかわらず、孤児は孤児なりの関係を築いていたということなのだろう。
まあ、それよりも――
「もし好きな女性に良いところを見せたいとか、そういう理由ならランディスが探索者になることはお勧めできないかな」
「……何でだよ」
僕の忠告にランディスはわかりやすいくらい不機嫌そうな態度で聞いてくる。
「別に好きな女性に格好良いところを見せたいというのは悪いことではないよ。でもね、そこに簡単に命を掛けてはいけない」
「す、好きじゃねーって」
いや、そこはもう良いから。
「探索者は危険な職業なんだ。相応の実力がなければそこに待つのは死だけ」
「……俺が弱いって言いたいのか?」
「それもあるけど、何よりランディスはまだ若すぎる」
「バーナード兄やアリス姉だって、俺とそんなに変わらねーじゃねーか。何でバーナード兄達が良くて俺はダメなんだよ!?」
ランディスは訳がわからない、と声を荒げ始めてしまった。まあ確かに好きな女性の前で弱いだの若すぎるだの言われて、はいそうですかと納得する男はどこにもいないだろう。
流石に言うべき場所を選ぶべきだったかもしれない。
しかしランディスが十五歳を間近に控えているが故に、言うべきことはきちんと言っておかねばならないだろう。
現状のランディスの実力では探索者としての生き死に以前に、まず間違いなくトライアルに合格する事もままならないだろう。
そうなってしまえば、この異界都市に戻ることはできなくなる。
トライアル自体には期間制限は無いので、死ぬこと無く諦めずに森の異界に挑み続ければ、いつかはトライアルをクリアすることは出来るかもしれないが……流石にそれは現実的では無いだろう。
「僕とアリスはランディスよりも遥かに強い。だから探索者になれた」
「そんなの納得できるかよ! 俺だって強い!」
ランディスの怒りが大きくなってきている。このまま話していても埒があかない、か。
僕は一度目を閉じて、一つ深呼吸をする。そして目を開き強い意志を持ってランディスの目を見据える。
「あまりこういうことはしたくないけど仕方がない。裏庭で証拠を見せるよ」
「証拠?」
「うん、ちょっとした勝負をしよう。もしランディスが僕との訓練についてくることができたなら、最後まで立っていられたのなら、今のままで探索者になることに反対はしない」
「……良いぜ。逆にバーナード兄が立っていられなかったらどうすんだ? 探索者を辞めるのか?」
ランディスは自身の身体能力に自信があるのか、僕に勝つつもりでいるようだ。……相手との実力差がわからないようでは先が思いやられるが、ランディス自体これまで経験が無いだろうから仕方が無いのかもしれない。
「僕は家に帰らないといけないから、探索者を辞めるわけにはいかないけど……そうだね。今のランディスに負けるようなら僕の月詠をあげるよ」
「家? つくよみ?」
「ああ、ごめん。家の件は忘れてくれて良い。月詠は……僕の持っている中で一番の武器だ。その性能は保証するよ」
「マジかよ!? わかった、約束だぞ! それじゃあ早く裏庭に行こうぜ!」
一番という言葉が気に入ったのか、ランディスはやる気を見せて走って裏に出て行ってしまった。
「……バーナード様」
呼ばれた方に振り向くと、そこにはエステルが心配そうな顔をしてこちらを見ていた。
「大丈夫、酷いことはするつもりはないから心配しなくていいよ」
「ランディス君が探索者になりたいと思う気持ちは本物だと思います」
「それはわかっているよ。ランディスは良い素質を持っているのはわかっているつもりだよ。だからいずれは探索者になれるとは思うけど、今はまだ早い。それだけだよ」
簡単に言ってしまえば探索者になるのが早いか遅いかだけの話だ。
この異界都市において、花型な職業といえばやはり探索者だ。まあ魔術の才能が有るのなら話は変わってくるが、ランディスはまさに探索者向けだろう。
まだ若い子達はエリーシャやエステルからそれなりの教育を受けている為、他の職業につくという選択肢も考えられる。
しかしながら、ランディスのように成人間近にこの孤児院に入った子供は満足に教育を受ける時間が無い。
「それじゃあ、エステル達は他の子供達をよろしくね」
「……はい」
頷きはするものの、エステルの表情からは心配の色は消えてはくれない。
とはいえ、既にランディスは外に出て待っているようなので余り待たせてはいけないな。
と、部屋を出ようとすると今度はアリスが近くに寄ってきた。
「バーナード様、もしよろしければ私が変わりますが?」
「いや、良いよ。僕がけしかけた事だからね。それに……アリスは容赦なくやり過ぎる気がする」
「決してそのようなことは……」
だって、今のアリスは目が怖いよ?
しかし折角の申し出だから、ただ断るだけというのも申し訳ない。アリスにも何か手伝ってもらうことにしよう。
「それじゃあ、訓練後にサポートお願いすることにしようか」
「かしこまりました。何か冷たい飲み物を用意しておきますね」
アリスはそう言って嬉しそうに微笑んだ。
「バーナード兄! まだかー!?」
「おっと、それじゃあ行ってくるよ」
「いってらっしゃいませ」
深々と頭を下げるアリスに送られながら、僕は部屋を出てランディスの待つ裏庭に向かった。
裏庭に出ると、そこでは既に準備万端とばかりに気合の入ったランディスが待ち構えていた。
忙しなく準備運動をする様を見ると、やはりまだ子供だなと感じてしまう。
僕も十四歳の頃は当たって砕けろ的な落ち着きの無さを発揮していたと思い当たり、少々恥ずかしい気持ちになる。
「んで、バーナード兄、訓練ってどんな訓練をするんだ?」
「そうだね、今回はわかりやすく打ち合い稽古にしようか。ランディスの得意な武器種は何?」
それを聞いたランディスは壁に立てかけてある模擬用武器の中から少し大振りの剣を選んで手にとった。
「俺はジーク兄と同じバスタードソードだ!」
「……え?」
獣人のハーフは総じて人間よりも身体能力が高い。そのためランディスの身体能力を活かすのであれば、バスタードソードを選択する必要は一切ないはずだ。
膂力に任せて長物を振り回すか、素早さを重視して懐に入り込み手甲や鉤爪を使い手数で圧倒するか。
バスタードソードにはそのどちらも適してはいない。
「何故にバスタードソードを?」
「ジーク兄が使ってるからに決まってる!」
お、おう。
……まずはその認識からきちんと正す必要がありそうだ。




