塔のルーツ
僕がポーションを手渡すと、シェリルさんはその場で栓を抜き、腰に手を当てて一気飲みをした。
ごくごくと喉を鳴らす音がこちらにも伝わってくる。
当然のことながら、シェリルさんの護衛の面々はその様子を見るなり、ざわざわとどよめくわけだが。
何というかシェリルさんはもう少し自身の安全に気をつけたほうが良いと思うのだが……。
これまでも何度か聞いてみたがこれは彼女のポリシーらしく、変えるつもりは今のところは全く無いようだった。
まあ、それでもこのレベルの立場の人間がこれまで無事に生きてこられたのだ。シェリルさんなりに無意識的な回避をとっている、と好意的に解釈するべきか。
……護衛の方たちも相当に苦労しているだろうな。
「……何よ?」
「イエ、ナンデモ」
そう思ってシェリルさんを生暖かい目で見ていると睨まれてしまった。
「最近ちょっと疲れが溜まってたから、ちょうど良かったわ。もう効き始めてるのがわかるくらいに強力な効き目ね」
「効果は高いですが、ちゃんと安全なものですから安心してください」
「もちろん、その辺はバーナード君を信用しているわ」
初めて会った時には、まさかこんなことを言われるようになるとは全く予想していなかった。
……獣人燃やしてたしな。
「もし良かったら練習させがてらシャーロットに錬成してもらってください。彼女にはレシピは共有してますから」
「それは助かるわ。効果も高そうだしそれに結構美味しかったしね。あ、でも練習であれば出来れば自分でも錬成してみたいのだけど」
「あー、シェリルさんにはまだちょっと早いかな。効果だけならもう少し頑張ればなんとか錬成できるようになるかもしれません。でも、効果を落とさずに味をつけようとすると、いきなり錬成難易度が上がるんですよ」
するとシェリルさんは天を仰いで悔しそうにする。
「そっかぁ、それじゃあ味調整有りと無しのレシピ両方を教えてもらっても良いかしら? 味なしレシピは実用を兼ねて練習に使うことにするわ」
「わかりました」
それにしても割りと普通に話を進めているけど、いったい何時練習しているのだろうか。
僕が把握しているだけでも、シェリルさんは毎日多忙なはずなのだが、確かに日々上達しているのだ。
「まあポーションの事は良いとして、まさか天獄塔がそんなに高かったとはね。以前から幾度と無く数えてみてはいたの。だけど、どれだけ天気が良くても、遠くから見ても一度も数えきることができなかったのよね」
「防犯も兼ねて、強めに認識阻害を施してありますからね。漠然と見ることは出来ても正確に認識することは難しいと思いますよ」
「え、どうしてそんなことをしているの?」
シェリルさんが意外そうな目でこちらを見てくる。そんなに意外だったかな?
「空から魔物が飛び込んできたら危ないですからね。塔は遠くからでも視認出来てしまうので、遠目で目立つとそれこそドラゴンが襲ってくることもありますから」
「あー、それは流石に怖いわね。天獄塔はかなり遠くから見ても目立ってしまうから、認識阻害を掛けてくれていなかったらきっと、異界都市もこれほどの発展はなかったでしょうね。なんだかもう聞くのも怖いけど、だったらどうしてあんなに大きな塔にしたの?」
「なんとなく、ですかね。最初は控えめに10層くらいにするつもりだったんですけど、途中からついつい楽しくなってしまいまして……あとはセオドールから聞いた伝承の影響かな」
「伝承?」
「遥か東方の国には、悪魔が住む60層の塔に黄金の騎士が挑み、数々の魔道具を駆使して悪魔を討伐し囚われた姫を救い出したという伝承があるらしいんですよ。それが格好良くて」
「黄金の騎士って凄いわね。数々の魔道具って、もしかして近代魔道具、かしら?」
「いえ、伝承として伝え聞いているという事なので相当昔の話なんだと思いますよ。近代魔道具ではなく恐らくはアーティファクトの類かと思います。神話のような」
「興味深くはあるけど、少なくとも私は聞いたことが無いわね。東方にそれほど伝説が残るような国があるなんて初めて知ったわ」
シェリルさんも聞いたことが無い、か。あれから百年もの月日が経ってはいるが、近代錬金術を失った世界では仕方が無いことではある……か。
「僕も旅の中で見つけることは出来ませんでしたしね。ちなみにディアナが憧れている忍者もその国発祥らしいですよ」
「それだけ具体的な話が多く伝わっている位だから、本当に存在はしていると考えたほうが良さそうね」
シェリルさんは自身の中で納得出来たようで、腕を組んで、うんうんと頭を立てに振っている。
もしくは過去には存在していた、と言う可能性かな。
僕も結構探したわけだがそれでも痕跡すら見つからなかった。もしかしたらセオドールの家には古くから伝わっていたが、既に存在していない可能性もゼロではない。
……まあ、今それを考えたところでしょうがない話か。
「って、あれ?」
塔を眺めるシェリルさんは少しの間思いにふけると、唐突に何かを思いついたようにこちらに向き直る。
「急にどうしました?」
「ちょっと待って。さっきまでの話しを聞いている限りでは、面倒なところが無かったんじゃないかしら。ビルダーを錬成する魔道具ってやつを造ればそれで終わりじゃない」
シェリルさんが頬を膨らまして文句を言っている。騙されかけた的な顔でこちらを見るが、別に騙したというわけではない。
本当に面倒なのだ。
「それを造ることができれば、ですけどね」
「……うぅ、何か含みを持ってるわね。確かに高難易度な錬成はまだ私たちには難しいと思うけど、バーナードくんやシャーロットちゃんなら作れるんでしょ? きちんと報酬を払うから造ってもらえないかしら?」
シェリルさんは祈るように手を合わせてこちらにウインクしている。ちょっとだけ可愛らしいけどだからといってどうにか出来る話ではない。
僕としてもシェリルさんの目指す近代錬金術の再普及の為に協力できる限りのことは協力してあげたいと思ってはいるのだ。
「あー、いや。別にいじわるで言っているわけではなくてですね。……錬成素材が中々手に入らないんですよ」
「バーナード君の言う、中々手に入らないってすごく怖いんですけど……」
「聞きます?」
「……一応、後学のために聞きます」
錬成素材はだいたい覚えているが、正確な情報を確認するために確認をしておくか。
シェリルさんに一言だけ断りを入れ、モノクル越しに表示されるメニューを操作する。
確かレシピはこの辺に……、あったあった。
「えっと、まずはキング・ベヒーモスの心臓とアース・ドラゴンの牙、あとは――」
「あー、ゴメンなさい。私が悪かったわ。後学も何もあったもんじゃないわね。というよりも、どうして建築用の魔道具にそんなとんでもない素材が必要になるのよ?」
「多数のゴーレムをきちんと制御しきるためにはそれくらいが必要ということですよ。……だから面倒だって――」
「面倒どころじゃないから。というか、つまり当時のバーナード君はその素材を用意することができたって事よね。昔は結構市場に出回ってたりしたの?」
「いえ、現地まで直接採取しに行きましたよ?」
「……念のため聞いておくけど、バーナード君って人間よね?」
「もちろん、人間ですよ」
その当時はね。
「何度か危ない目には合いましたけど、どうにか出来ないことも無いですよ。結局のところは準備次第です。そういうわけで話を戻しますけど、現状での錬成は難しいですね」
「まあ、色々と問題が山積していることはわかったわ。でもそのうちなんとかしてみせるから」
そうシェリルさんは意気込みを語ってみせた。
以前から思うが、彼女の前向きな精神は見習うべきところが多いな。
ド○アーガの塔




