ひとつの確信
一方的な勘違いを受けることしばらく、ようやくのことグレゴワールから解放されるまでに、あれから実に数十分の時間を要してしまった。
一度強く思い込んでしまった人間というものは厄介この上なく、どれだけ否定しても「わかっております」とにこやかに返されてしまう始末だった。
なにしろ、彼は神託を授かれないという謎の試練を与えられ、信仰を鍛えられているのだと認識している。
その都合上、クローツに遣わされた使徒(僕のことだが)は、その身の上を隠して寄り添ってくれていると思っているのかもしれない。
「……本当に違うんだけどなぁ」
ついつい愚痴が口から漏れてしまう。
勘違いされた以上は、これからも何かと期待をされてしまったとしても避けようがないだろうか。思わずため息が漏れる。
シェリルさんからの依頼を完遂し、本来ならば意気揚々と帰れたはずだった。
それが最後の最後で想定外のトラブルで疲れてしまったせいか、ため息をつきながらトボトボと歩き家に帰るという残念な事になってしまっている。
傍目には景気の悪い顔をした探索者が明日を嘆いているように見えるのかもしれない。
足取り重くしばらく歩いて、ようやく家にたどり着いた。
それはそれでようやく落ち着ける場所に着いたので良いのだが、それとは別に先程から気になっている事があったりする。
実は帰り道を歩いている間、モノクルに表示されているディアナのマーカーを確認していたのだが、あまり大きな動きを見せないのだ。
転送後、家の中を多少動いてはいたので麻痺毒の解毒には成功しているはずだったので、てっきり飛ぶように現場に舞い戻ってくるかもしれないと思っていたのだが、それは杞憂となった。
現在のディアナの様子はというと、先程から部屋の中で動きを止め、ど真ん中から一歩も動いた形跡が無い。
もしかしたら毒が想定外のトラブルを引き起こしている可能性もゼロではない。
……まあ考えていてもキリがないか。家の中に入れば嫌でもわかることだ。
僕は玄関のドアノブに手をかけ家の中に入っていった。
「ただいま、麻痺毒はもう大丈――ってディアナさんは何をやっているのかな?」
ディアナがいるはずである部屋の扉を開けて中を覗いてみると、僕がまったく想定していなかった光景がそこに存在した。
床に引いた畳の上に跪き両の手をつき頭を下げている白装束に身を包んだディアナは、僕が呆然としている間も微動だにしなかった。
そう、土下座である。
以前セオドールから土下座なるものの存在を聞いた時は、それほど効果のあるものとは思えなかったのだがなるほどどうして、申し訳なく思っている気持ちは十二分に伝わって来たように思える。
……のは良いのだが、ディアナは何故にこんな場所でこんな事をしているのだろうか?
部屋の入口で戸惑っていると、ディアナは頭を下げたまま深刻な口調で話し始めた。
「今回はお館様にご迷惑をお掛けしてしまい面目ない次第です。全ては私の至らぬ力ゆえ、こうなってしまったからにはこの場で切腹させていただきます」
「よし、ディアナさんや、ちょっと待とうか」
それで白装束に畳というわけか……。
ディアナは今回の一件で想像以上に落ち込んでしまったのかもしれない。
確かに敵と戦う以上は負けないに越したことはないし、傷を負わないのは理想的だろう。でもそんなことは到底実現できることではないだろうし、今回は僕とディアナの二人で事にあたる予定だったはずだ。
結果を見れば自ずとわかる。
「今回のディアボロス討伐は大成功だ。誰も責任を取る必要はないよ」
「っ、ですが!」
「もし責任があるとすればそれは僕の到着が遅れてしまった事かも知れない。でもね、あの時に到着が遅れた事でディアボロス攻略の糸口を得られたのも事実なんだ。ディアナがディアボロスを移動させてくれたおかげなんだよ」
僕はなおも土下座を続けるディアナに近づき、膝をつき身体を起こしてやる。
その表情は至らぬが故の悔しさに溢れていた。
「今回のディアナの行動には間違いは無かった。人混みから距離を開け戦いやすくしてくれた。ディアボロスの異常さを迅速に知ることが出来た。ディアナが一緒に戦ってくれたおかげだ」
「……ありがとう、ございます」
僕の言葉を聞いたディアナは一筋の涙を流し、その顔を伏せた。
未だ思うところはあるかもしれないが、ひとまずのところは落ち着いてくれたと思う。
あと、絶対に言うような雰囲気ではないが、確か切腹は武士って奴の責任の取り方だ。
また近いうちにでも訂正しておいたほうが良いだろう。
「――そういうわけで大変でしたよ。グレゴワール司祭に対していくら否定しても、わかりますの一点張りで取り付く島も無いというか……、人は信じたいものを信じるってやつですかね」
「ふーん、まあ他人事だから傍目に見る分には楽しくてしかたがないけど、クローツ教にとって新たな神託が得られないということは、それだけ大きな問題であるってことなのでしょうね」
紙の上をペンが軽快に走る音にまぎれて、もう何度目かわからない僕の愚痴に対してシェリルさんが半ばニヤニヤしながら気のない受け答えをする。
ひとまず動けるようになったディアナを伴ってシェリルさんの元を訪れた。
結論から言えば、ディアボロスのスキャンデータからシェリルさんが契約魔術の痕跡を探しだすという本来の目的は、あっという間に終わってしまった。
実を言うとシェリルさんが手こずってしまった時のためにセントラルによる解析は事前に済ませておいたのだが、あまりにあっけなく解析できてしまったので拍子抜けだった。
どうもシェリルさんはタルキルキス公とは浅からぬ因縁があったようで、タルキルキス公の関与が確定した時点でシェリルさんの機嫌は最大級に良くなっていたのは言うまでもない。
一通りの報告を終えた後、ディアナを休ませるためにアリスにお願いして部屋に送ってもらうことにした。
ちなみに僕はと言うとやるべきことが出来たため、シェリルさんへの報告内容を補完しながらその仕事を果たしている最中である。
「それで、本当のところはどうなのかしら? あ、そこ内容が間違えてるわよ」
「……何がですか?」
シェリルさんから指摘を受け書類の内容を修正しながら会話を続ける。
「だからクローツの使徒って話」
「そろそろ怒りますよ?」
「いやねぇ、冗談に決まってるじゃない」
だから先程から何度も違うって言っているではないか。
僕が努めてにこやかに、しかし暗黙のプレッシャーをかけながら返答を返すと、シェリルさんは悪びれずに冗談を主張する。
「……まあそれは良いのですが、僕はあと何枚書類を書けば良いのでしょうか?」
「えっと、あとこの山を処理し終わったら終わりね」
シェリルさんが手元にある紙の山を軽く叩きながら何事もないように言い放つ。
実は僕達が破壊しまくった地盤や建造物の被害は相当な規模になるようで、シェリルさんから建設用魔道具の提供や各所への再発注書類の作成、及び各所への謝罪をさせられることとなったのだ。
道理でグレゴワール達も被害に対して口をつむったわけだ。なるべく被害とは無関係を装うつもりなのだろう。
まあ事実遅れて到着した彼らは関係が無いから仕方がないか。
本来であればディアナも僕と同じように罰を受けなければいけないのだが、先程「何も間違っていない」と言ってしまった手前、潔く一人で受け持つことと相成った次第である。
……つらい。
そろそろ大量の書類も底を見せ始めた頃、シェリルさんが思い出したようにつぶやく。
「でも、グレゴワール達はどうして新たな神託を授かれないのかしら?」
「ああ、それに関しては確かに疑問は湧きますね。どうしてなのでしょうか?」
生命の海でクローツが言っていた言葉が僕の頭のなかをよぎる。
……百年、か。
僕の行動は読み切れないようなので、現状は神託を授けた所で簡単にズレていってしまうのは想像に難くない。
……まさかとは思うが、ズレまくる神託の更新が面倒だからじゃないだろうな?
もし僕の予想があっているとすると、最後に言い残した「少しだけ大変」の意味が変わってくる。
そして僕の中である一つの答えが確信めいたものに感じられる。
あの野郎、僕に丸投げしやがったな。
随分と引き伸ばしてしまいましたが、ひとまずこれで神託編が終了です。
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