違います
――僕の話を聞いた後、グレゴワールは半信半疑……、どちらかといえば疑い寄りな気持ちが強いような目をしていた。
「バーナード様がおっしゃることなので信用はしたいところなのですが、どうにも理解が追いつかないといいますか……。その、本当に近代魔道具というものはそこまで出来てしまうものなのでしょうか?」
「今お話した通り上手く行けば、という前提になりますけどね。恐らくは大丈夫ではないかと思っています」
まあ、グレゴワールが疑うのも無理は無いだろう。
僕自身セントラルの支援がなければこんなことは出来ないのだから。
グレゴワールに説明した内容はいたって簡単、僕が先ほどの戦いでディアボロスの再生対策のためにスキャンした内容に、契約魔術の痕跡が残っている可能性がある、という話だ。
奴の再生力のからくりが掴めなかったので、解析に必要な情報が絞り込めなかった事が幸いした。
現時点で取得可能なデータはほとんどスキャンできたと思う。
その中に当然ディアボロスの身体に留まっている魔力や魔術のデータは含まれている。
それは魔術によって再生能力を得ていた可能性もあったためだ。
つまりそれをセントラルで解析するか、神託の筋書き通りにシェリルさんに解析してもらえばグレゴワールにとっては事足りるはずだ。
そのままセントラルに解析してもらえばすぐにわかるのだろうが、グレゴワール的にはシェリルさんに解析してもらう事を望むだろう。
問題はどうやってシェリルさんが解析可能な状態で見せる事ができるのか、くらいか。
……ここで考えていても埒が明かないな。そこはシェリルさんの魔術の才能に期待することにしよう。
「バーナード様さえよろしければ、これからすぐにでもシェリル様のもとに向かいたいと思っております。いかがでしょうか?」
「そうですね。僕はそれでも構いません、と言いたいところですが一度家に戻らせてもらってもよろしいでしょうか? 念の為にディアナの様子を確認しておきたいです」
「おお、申し訳ありません。私としたことが配慮が足りていなかったようです」
「ああ、どうかお気になさらずに」
グレゴワールが慌てて謝罪の言葉を口にしたのでこちらも慌ててフォローしてしまった。
彼からしてみれば一条の光が暗くなった道の先に見えたわけだから、つい焦りたくなる気持ちも解らなくはない。
僕だってどうにも研究したいものがあれば、きっとグレゴワールと同じようにそわそわしてしまうことだろう。
「それではこの場は一度解散しまして、また後でバーナード様のご自宅の方までお迎えにあがります」
「それはさすがに申し訳ないので、というよりシェリルさんに解析をお願いするだけなので、僕が一人でシェリルさんの所に行ってきますよ。もともと今回の一件はシェリルさんからの依頼ですしね」
「私どもとしては是非とも同席をお願いしたいところなのですが……いや、無理は言うべきではありませんね」
表情を見る限り完全に納得をしているわけでは無さそうだが、さすがにここで無理を強いるつもりはないようでそれ以上食い下がることはなかった。
まあ、こちらとしては話が早くて助かる。シェリルさんとの会話の中でもしかしたらグレゴワールに話すべきではない内容が出てくる可能性も否定出来ない。
あくまでもグレゴワール達とは適度な距離を保ちつつ近づき過ぎるべきでは無い。
現在ぶん殴ってやりたい奴第一位はクローツが不動のものとしているくらいだしな。彼らに知られてしまった日にはただでは済まない事間違いなしだろう。
「解析の件は僕が責任をもってお伝えしますので心配しないでください」
「わかりました。くれぐれもよろしくお願いします」
グレゴワールは改めてこちらに直って深々と頭を下げた。意図せず神託とはズレてしまったとはいえ、少々申し訳ない気持ちになってくる。
いや、あまりズレに関しては申し訳なく思う必要は無いのだろうな。いくら神託とはいえ僕にとってはまったく知らない話なのだから。
それよりも僕にとってはズレそのものの方が気になってしまう。
この際だからもう少し掘り下げて聞いても答えてくれるかもしれないな。
「それでは話をまた神託に戻してもよろしいでしょうか?」
「はい、構いません。しかし他に聞きたいことはおありですか?」
先程までの話で説明が終わったつもりだったのだろう。僕が再び神託の話に戻したため少しだけ驚いた顔をしている。
「実は神託のズレに関して一点気になった点がありまして」
「ズレに関して、ですか?」
「はい、これまで大きく神託がズレる事は無かったとのことですが、小さなズレが少しずつ積み重ねれば大きくなってくる事もあったのではないでしょうか?」
「神託は授かってからの期間が長ければ長いだけ少しずつズレていくことが多いので、ズレる事自体はそれほど珍しいことでは無いのです」
「ということはズレが大きくなること自体は仕方がないということでしょうか。でも、その場合はどうするのですか?」
「基本的には年初に一回、聖女様が儀式を行う事で新たな神託を授かります」
ここに来て聖女様の登場か。今代の聖女も単身悪魔憑きを討伐するような存在だったりするのだろうか?
まあ今は聖女様のことはどうでも良いか。どうせ僕が関わることなどないだろう。
「その一年の間に大きくズレたらどうするのですか?」
「一年ではズレもそれほど大きくならないのでこれまでは問題になることはありませんでした。時折儀式以外でも聖女様が神託を授かることは無くもないのですが、基本的には儀式ありきです。ただ、今回のようにこれほどまでに早くズレ始めたのは例がありません」
というよりも神託は受動的に授かるものよりも能動的に授かる事の方が一般的だとは思ってもみなかった。
今になって思えば、クローツが僕のことを起しに来た時点ですでに大きくズレていたのだろう。
「現状は既に大きくずれ始めているように思われますが、改めて儀式を行ったりはしていないのでしょうか?」
するとグレゴワールは少し考えるそぶりを見せた後、一度目を大きく見開いた。
そしてその視線は僕の顔、いや少し上……髪の毛に向いている。
「……これは本来お話しすべき事では無いとは思うのですが、私の判断として特例的にお話させていただきます。実はもう既に数ヶ月に渡り神託を授かることができていないのです」
いや、それは僕に話して良い内容とは思えないのだが……。
しかしグレゴワールの様子は真剣そのもので、本気で話して良いと判断しているように見える。
ふと、クローツが言い残した言葉が僕の頭をよぎる。
僕の聞き間違いでなければ、あの時クローツは割りと軽い雰囲気で「次に会えるのは早くても百年後くらい」と言っていた。
もしもあの時の言葉が関係があるとしたら、次に神託を授かることが出来るのは百年も後ということにならないか?
あぁ、これは聞きたくなかった。胃がキリキリしそうな程に重い話だ。
「……何故それを僕に話してくれる気になったのですか?」
「私はバーナード様とお会いしてからある種の予感のようなものを感じておりました。そして今回の一件で一つの確信を得たのです」
……あれ、なんだろうか、すごく嫌な予感がするのだけれど。このまま聞いていて大丈夫なのだろうか?
僕の心配をよそにグレゴワールは饒舌に語り続けている。
「今おはなしさせていただいたように、現在の神託以降は新たに神託を授かることが出来ておりません。そしてその神託はクローツ様と同じ黒髪のバーナード様の事が主となっております」
「あ、あのグレゴワール司祭?」
「これはクローツ様が我々に課した試練なのでは無いかと。そう、バーナード様はクローツ様が現世に遣わした使徒で――」
「違うから! 断じて違いますから!」
「わかります。わかっております。確かに試練であると考えればこの異常事態、十分に納得がいきます」
いや、全然わかってないから納得しないで欲しい。
初対面の時に手っ取り早く信ぴょう性を持たせるためとはいえ、髪の毛の色を見せてしまったのは失敗だったかもしれない。
これからも彼らとは近づき過ぎず、適度な距離を保ちたいなぁ。




