神託のズレ
「幸いこの場には我々しかいないようですので、このままお話させていただきますが、よろしいでしょうか?」
「そうですね、グレゴワール司祭の事を疑っているわけではないのですが、この機会を逃してうやむやになってしまっても困りますから」
場所を移して落ち着ける場所で話を聞くことを考えないでもないが、この場を回避されてしまうとまたしばらく話を聞くチャンスが来ない可能性も十分考えられる。
周辺の気配を探ってみると、確かに僕達以外の気配は無いようだ。
僕は同意の意味でグレゴワールに対して軽く頷いた。
グレゴワールは僕が頷いた事を確認した後、配下の者たちに距離を置かせると周辺の警戒に当たらせた。
「それでは……、まずはどこからお話するのがよろしいでしょうか?」
「グレゴワール司祭、まずは大きな流れからお願いします。今回の一件に関して何がスタートで何がゴールなのか、現状ではそれすらもわかりませんから」
「ふむ、確かにそうですな。急に細かなお話だけをかいつまんでも誤解等が発生してしまう可能性もゼロでは無いでしょう」
現状では僕が把握しているのは、先程までに自らの目で見たものだけだ。
グレゴワールの言うとおり一部だけを知って理解したつもりになってしまうのも問題だ。
「神託では事の発端はプリッシラ氏がバーナード様から依頼されたある歌を公衆の面前で披露したこととなります」
「グレゴワール司祭が広場でおっしゃっていた話ですね」
「はい、そしてその歌を二週間ほど前に異界都市の内部に侵入を成功させていたディアボロスが偶然耳にすることになります」
……ディアボロスはそんなに以前から異界都市の内部にいたのか。
しかしそうなると――
「ディアボロスは何故この異界都市に入りこんだのでしょうか? プリッシラさんの件が偶然で始まるということは本来の目的は別の所にあったということになりませんか?」
「本来の暗殺対象はシェリル様です」
「……やはりそうですか」
僕の存在が公になっていないという希望的観測にはなるが、この異界都市で現状一番命を狙われやすいのはシェリルさん以外には存在しないだろう。
「異界都市外部からシェリルさんの命を狙っている輩が存在する、ということですね。いや、存在しない訳がないか」
ただでさえ天獄塔という強烈な利権を持っている上に非公開とはいえ近代魔道具にも手を広げている。
そんな存在に敵がいないわけがない。
「しかし、それなら何故ディアボロスはプリッシラさんの殺害を本来の目的よりも優先してしまうのですか?」
何故暗殺者が本来のターゲットよりもプリッシラさんに手を出さなければならないのだろうか?
普通に考えればおかしな話だ。
「……ディアボロスが、いやディアボロスの血縁が裏の世界に身を置く事になった原因の一つにセオドールが絡んでいるからです」
「セオドールが? 失礼ですがセオドールは百年も前に処刑されたということは当然ご存知ですよね?」
グレゴワールは当然の疑問と言わんばかりに話を続ける。
「もちろん知っていますよ。……ディアボロスの先祖に当たる人物は当時錬金術師でした」
「……錬金狩り、ですか」
「はい、血縁者が全員処刑されたわけではありませんが、当主が処刑されたことにより爵位は廃嫡。以後ディアボロスの先祖は日陰の道を歩むことになります」
「しかしそれならセオドールではなく魔術師を恨むべきではないでしょうか?」
「いえ、セオドールが大量殺戮者のレッテルを貼られなければこんな苦労をする必要は無かった、そう考えることは決しておかしな話ではありません」
「ディアボロスの捜索は続けておりました。しかしあの存在感が問題となります」
「そしてディアボロスの潜伏先を調べきることが出来なかった、と?」
「はい、幸い襲撃場所があの広場であることはわかっておりましたので、心苦しくはありましたが囮のような扱いをさせていただきました」
グレゴワールは話し終えると申し訳無さそうに頭を下げた。
僕も先日体験したようにディアボロスの特異な存在感が捜索を阻んでしまっていたようだ。
……そういえば結局あの存在感の種明かしはされないままとなってしまった。
ディアボロス本人とその装備品もろとも粉々になってしまったので仕方が無いことはわかっているのだが――いや待てよ?
悪魔憑きの分析をした際にスキャンはしているのでもしかしたらその中にヒントになるような物があるかもしれない。
よし! 早速今夜にでも――
「ード様、バーナード様。聞いておりますか?」
「え!? あ、はいもちろん聞いていますよ」
……いけないな、興味深いことがあるとついつい考えに浸ってしまう。
悪い癖だと思ってはいるのだが……。
「本来であれば我々が神具で悪魔との契約を断ち切りディアボロスを捕獲するはずだったのですが……」
「ああ、装備品もろとも粉々になってしまいましたね」
「……はい」
僕の返答でグレゴワールの様子が暗くなってしまった。
捕獲できなかったのは残念な事だが、そこまで落ち込まなければいけないような話だったのだろうか?
神託に添えないことの苦しみは信心深い司祭様には厳しい物なのかもしれないな。
「ま、まあ一応ディアボロスは討伐出来たわけですから結果的には無難な線に落ち着いたのでは無いでしょうか」
「……いえ、これではシェリル様がタルキルキス公を糾弾できないのです」
……誰?
「すみません。僕はどうにも上層階級の事には疎いようで、タルキルキス公を存じあげないのですが……」
「ああ、それは申し訳ありません。タルキルキス公は王都の南東に位置する領地を治めているお方です」
「そのタルキルキス公がディアボロスを使ってシェリルさんを暗殺しようとした。ということでしょうか」
「その通りです」
グレゴワールが大きく頷く。
いや、その通りじゃなくてそれほど困るような話でも無いと思うのだが。
「神託においてタルキルキス公がシェリルさんの暗殺がわかっているのであれば、それを公にすれば済む話だと思うのですが」
しかしグレゴワールは僕の言葉に対して首を縦にふらなかった。
「我々クローツ教は神託を必要以上の人間に公開する事を良しとはしません。またこのような話を事前に伝える事もしないのです。神託への影響が心配です」
ああ、確かに神託の内容を事前に公開してしまえばその流れが大きく変わってしまう可能性が出てくるのは想像に難くない。
これまでの話を聞く限りでは神託とは絶対の確度を持っているものでは無い。
ただし流れを守っている限りでは、その大きな流れの先は定まる。
何となくクローツのやることなので、余興として選択肢の一つを提供しているだけのような気がしなくもない。
しかしながら、その大きな流れの先に世界の繁栄が待っているということであれば、なるべく崩さないように調整を行うことにも一定の意義はあるだろう。しかし――
「それではどうやってディアボロスとタルキルキス公の間の道を繋ぐ予定だったのですか?」
「タルキルキス公はディアボロスとの契約の際に承諾の上で契約の魔術を施していたのです。それをシェリル様が解析し読み取ることで暗殺を依頼した者がタルキルキス公であることに気付くはずでした。……しかし肝心のディアボロスは消失してしまいました」
グレゴワールは僕との話を続けていく中でどんどん元気がなくなっていきついにはうなだれてしまった。
肝心の証拠が失われてしまったのだ。確かにそこまでズレてしまえばリカバリーのしようも無いだろう。
僕がいなければ。
とはいえ確実に解析できる保証はない上に、神託から大きくズレてしまった事自体が僕が行ったことが原因である以上は強気の発言は出来ないか。
「グレゴワール司祭、顔を上げてください。もしかしたらディアボロスに施された契約魔術を解析し読み取ることが可能かもしれません」
僕に促され顔を上げたグレゴワールの目に希望の光りが見えたことを確認しながら控えめではあるが話を伝えた。




