3 よりによって《牛魔》かよ!
高身長で筋肉質――。
それは、一般的に男性の憧れとされる体型である。
しかし、何事にも限度はある。
「でかすぎるのも困りものだな」
よいしょ、と男は這うように枝をくぐった。
コバルトブルーの森にいる。
生い茂った木々はちょうど男の顔の高さに枝葉を伸ばし、歩くたびに頬を打つか、耳を引っ掻くか、角に絡みつくかした。
悪意すら感じるほどに煩わしい。
木に出くわすたびに旅館の女将さながらに腰を折ることになる。
いかに強靭なミノタウロスとはいえ腰痛になりそうだった。
そのうえ、かなりの確率で「動く木」がまじっていて、枝のハンマーを振り下ろしてくる。
異世界の森は大変だ。
「ん邪魔……」
手で無造作に押すと、太い枝が心地よい音を立てて折れた。
視界が開け、日射しが鼻筋を打つ。
胸のすくような思いがした。
これがコロンブスの卵になった。
「もういっそへし折りながら走るか!」
目を細め、口を引き結ぶ。
男は駿馬のごとく駆け出した。
蜘蛛の糸を切るほどの容易さで枝葉を引きちぎり、ひづめは油圧ショベルとなり根をえぐる。
木々が悲鳴を上げた。
男の足跡が一番新しい獣道となって森を拓いていく。
立ちはだかる何もかもをぶち壊し、森林破壊の化身となって男は快哉を叫んだ。
「ンモッモオオオオオッ!!」
強い、堅い、速い。
圧倒的フィジカル。
そして、無尽蔵のスタミナ。
ミノタウロスの体は無敵だった。
俺を止められる奴は世界のどこにもいねえ、と高鳴る鼓動に任せてラリアットを繰り出すと、動く巨木が砕けて白い樹片をポップコーンみたいに弾けさせた。
「俺すごいな!」
唯一、短所を上げるとすれば、
「よだれもすごいな……」
男はじゅる、とみだらな音を立てた。
牛は1日に100リットルもの唾液を出すという話だが、牛人間も同じであるらしい。
やがて、男は街道らしき場所に飛び出した。
それは、この世界に来て初めて目にする人工物だった。
すべての道はローマに通ず。
この道の先にも町があるはずだ。
「ブモオオオオオオオォ――!!」
男は喜びの雄叫びを上げた。
そして、遅ればせながら気づいた。
こちらを見て、腰を抜かす人々に。
「ま、魔物だ……!」
誰かがそう言った。
1台の馬車と、その周りには護衛らしき若者が数名。
みな一様に恐怖に呑まれた顔で男を見上げている。
「……あー」
ただでさえ恐ろしげな牛頭の巨漢が、突如木々をへし折って現れ、狂気の笑みでよだれを垂れ流し、咆哮……。
それが目下の状況だ。
男は苦笑する。
第一印象が9割という言葉を思い出した。
(これはちょっと話とかできる雰囲気じゃないな……)
冒険者といった風体の者らが慌てて剣を抜いた。
「よりによって《牛魔》かよ!」
「さっきトロールと出くわしたばかりだってのに、ツいてねえ……」
言葉が通じる!
という喜びはほんの一瞬のもの。
向けられた敵意と畏怖の眼差しに、男は人並みに傷ついていた。
「おい、冒険者ども! なんとかせぬか! 見事わしを守り通せたなら好きなだけ金をくれてやるぞ!」
から揚げにするとうまそうな、丸々とした老爺が車窓から身を乗り出している。
冒険者たちは鼻で笑った。
「死体がどうやって金をもらうってんだ。クソ豚がァ」
「どうするよ、リーダー。相手は牛魔だ。全員散り散りに逃げても半分は死ぬぜ? 戦えば全滅だがな……」
「るッせえな。今考えてんだよ。どうにかこうにか助かる妙案をよぉ」
「なるべく早く頼むぜ。やっこさんが動き出す前によ」
男は泣きたくなった。
ケモ耳枠やリザードマン枠で人間扱いされようという淡い期待はもろくも崩れ去った。
この様子では町に行ったらパニックになるだろう。
軍隊が出てくるかもしれない。
魔物――それがどういう扱いか、まだわからない。
しかし、人類の敵であることは明白だった。
「逃げるなど許さぬぞ! 戦って死ね! わしを逃がすためにな!」
老爺は肉厚な顔に黒い笑みを浮かべた。
「戦わぬと言うならば、貴様らは依頼人を置いて逃げたクズどもだと言いふらしてやるわ。もはや冒険者としては終わりと知れ。銀等級冒険者であろうが! 覚悟を決めぬか!」
これで冒険者たちの顔色が変わった。
理不尽に対する怒り。
そして、冒険者としてのプライド。
「うるせえよ、豚貴族がァ」
「だけどよ、リーダー。オレたち、逃げる前にやることがあるよな?」
「おうよ。このデカブツぶち殺して、夢にまで見た金等級を掴んでやらァ」
緊張と興奮が綯い交ぜになって殺気を形作る。
「いっちょやってやろうぜ!」
などと勝手にたかぶる冒険者たちを見下ろし、男は、完全に敵役じゃん、と肩を落とした。
(こっちは仲良くお茶でもしたい気分なんですけど……)
と苦笑する。
すると、口の隙間からよだれがこぼれた。
冒険者たちが青ざめる。
ダメだ、こりゃ。
男は巨大なため息をつくのだった。




