8. 今までのリディアの中でお前が一番不安だ
「さて、と。今日は入学式とクラス分けのテストだけで終わりね。寮に帰ってゆっくり休もうっと。」
私はうーんっと伸びをしながらテスト教室から出る。クラス分けの結果は後で寮まで届けられるらしい。
「今日は推しを拝んでる場合じゃなかったわね。どこにいたのかしら……というか推しの名前とか家門とか、何にも知らないわね、私。」
へにょりと眉を下げながら廊下を歩いてると、後ろからガシリと頭頂部を掴まれた。
「ほんとお前って呑気だな。命の危険にいつ晒されるか分かんないからな。」
「ちょっと!」
そんな失礼な事をするやつは一人しかいない。文句を言うために後ろを振り返ったが、想像していた顔はそこにはなかった。
「えっ?」
少しだけ目線を下げてみる。
「えーーーーー!」
私は思い切り叫んだ。
「うるさい……。」
「可愛い、何それ。どうしたの、ルカス。」
ルカスが少し若返り、背も私より少しだけ高いくらいになっている。
「くそっ。お前と同じ歳に見えるように調節しろと言われたが、これじゃ幼すぎじゃないか。」
ルカスはわしゃわしゃと頭を掻きむしっている。髪の毛も短くなっている。
「え?誰に言われたの?」
「アナベルだよ。」
ルカスは険しい顔で舌打ちをしているが、先ほどまでの迫力はない。おそらく同じ年くらいの少年に見えているからかもしれない。そして、ルカスが口にしたその名前。
「アナベル……どっかで聞いたことあるような……。」
「お前の脳みそはニワトリレベルか。入学式で挨拶してだろ。ソピアグノーシスの学長だよ。」
「おお、そうだった。」
私はポンと手を叩く。
ルカスは私が入学式に参加している間に学長室に呼ばれ、生徒として私の側に居たければ身体を小さくするように言われたらしい。お父様が言っていた学園に話を通してあると言うのはこの事だったのか。
「………俺は今までのリディアの中でお前が一番不安だ。」
ルカスは眉を顰めて私を見る。ちなみに、今までは普通に従者として学園について来ただけで、生徒になりすます事はなかったらしい。どういう風の吹き回しかと思ったら、そろそろ本気で解放されたいらしい。そりゃそうだ。
「はあ……お前はほんとに危機感がなさすぎるな。」
寮への道を歩きながらルカスは呆れたようにため息をつく。
「ふふっ、そんなつもりはないんだけど……死と隣り合わせの生活は慣れてるんだよね。」
「は?」
ルカスは怪訝な顔で私を見ている。私は苦笑いを浮かべながら前世の記憶を話す事にした。
前世の私にはいつでも死の影が纏わりついていた。生まれた時から体が弱く、物心つく前から何度も手術を繰り返していた。それでも完治する事はなく、入退院を繰り返し、退院しても酸素ボンベを一日中引っ張って過ごす生活。また調子が悪くなれば入院して、何度も死の淵を彷徨った。そして何度目かの危篤状態の後、私の一度目の生は終焉を迎えた。若干10歳であった。
学校も行けず、字もほとんど読めず、本も読めない。ケータイやゲームも負担になるからとさせてはもらえなかった。唯一許された娯楽がテレビ。そこに映し出されるキラキラとしたアイドルたちに何度も癒されて、何度も元気をもらった。私の推し達だ。私は病気による苦しさはあったが、まずまず人生は楽しんだと思う。何十年分も推しを眺めまくった。生のライブを観れなかったのは少し残念だったが、両親がライブDVDをたくさん集めてくれたので何度も繰り返し繰り返し観ることができた。グッズもたくさん買い集めてくれて、愛されていたと思う。
一つだけ心残りがあるとすれば、私の病状で両親を一喜一憂させ続けた事。そして結局両親より先に旅立つことになってしまった事だ。私はとても幸せだったし、一生懸命にそれを伝えたつもりだったが、私の死に関して彼らが心を痛めていなければいいなと思う。
「だから私はリディアに生まれ変わって幸せよ。こんなに毎日元気に過ごせて、学校にも通うことが出来るんだから。意味の分からないデスゲームに参加させられてる事以外は。」
前世の話を終えた私は、にこりと微笑んでルイスを見る。お兄様という推しに会えなくなる辛さで学園への入学を渋っていたが、前世の私はずっと学校に行ってみたかったのだ。言わば憧れの学園生活を体験できている。
お兄様 > ソピアグノーシス学園
であるが、
新しい推し + 学園生活 > お兄様
であり、
意味の分からないデスゲーム < 新しい推し + 学園生活
である。
かなりインパクトのある役目を聞いた時は頭が真っ白になり絶望しかけたが、冷静になってみれば私の得意分野である。
リディアの得意分野 = 死の淵
改めて考えるととんでもない。
「……そんな事言う奴は初めてだな。今までの奴らはもれなくリディアに生まれ変わった事を嘆いていたし、絶望する者もいた。まあ……それが普通だろ。」
ルカスはチラリと私を見下ろし、また前を向いて歩き出す。その表情からはルカスが何を考えているのか、読み取る事は出来なかった。
ゆっくりと話をしながら歩いて寮まで戻ると、そのロビーにはたくさんの生徒が集まっていた。初めて寮に足を踏み入れた感動よりも、その騒がしさに呆気にとられる。
「もうクラス分けの知らせが届いてるぞ。」
「え、もう?」
人だかりの前方を確認するとボードが立てられていて、クラス分けの表が張り出されていた。AからEクラスまであり、魔力の強さや魔法の技術、筆記試験などの総合評価によりクラス分けされるらしい。ちなみにAが一番成績が良く、Eは落ちこぼれクラスだそうだ。何だその差別的ネーミングは……と思ったら、私は余裕でEクラスだった。
「Eクラスのリディアも初めてだ。今までのリディアは自分がリディアだと分かった瞬間から猛勉強と魔法の練習をしていたらしいからな。」
「何なのその大きなハンデ!私はリディアの物語を知らないのよ……。そして前世は学校にも行ってないし……。そういえばルカスの願い事も後一つしか残ってないじゃない。」
詰みまくっている。
「それは自業自得だろ。」
「ふふっ、おっしゃる通り。」
昨日はかなりビビり倒していたソピアグノーシス学園であるが、正門をくぐった瞬間から自分のテンションが上がっている事が分かる。
「何でずっと笑ってんだよ。何が可笑しいのかさっぱり分からん。」
少しだけ見た目の可愛くなったルカスと、その見た目に似合わない可愛くない喋り方も結構ツボであった。
ピコンッ。
初年度クラス分け:E
ゲーム難易度:イージー
私の知らない所で静かにゲームウィンドウが開いていた。




