7. お前の目は節穴か
ソピアグノーシス学園。この国の15歳から18歳までの貴族の子女がここで勉学を共にする。全寮制であり、ほとんどの貴族が初めて親元を離れて暮らすことになる場所だ。学園の中では爵位に関わらず平等を掲げているため、明らかなカースト制度のようなものはない。しかしながら、ここで王族や高位貴族、有力貴族たちと繋がりを持とうとする子女は多く、やはりそういった者たちの人気は特別に高いという。
「着いたぞ。」
「ええ。」
私は窓から馬車の外を確認して小さく頷く。
「俺が荷物を寮に運んでおく。お前はこのまま入学式へ向かえ。」
ルカスは重いトランク二つを両手にひょいと持ち上げる。
「え? あ、ありがとう。」
もちろん自分で運ぶつもりだった私は目を瞬く。ルカスには従者として学園について来てもらったのだが、ただの名目だと思っていた。ちなみに学園では各自一名のみ従者もしくは侍女の同行が許されている。貴族の子女がいきなり一人で寮に入り、なんでも自分でできる訳はないからだ。
学園の敷地内でルカスと別れ、私は校舎の方へと歩きだす。一昨日までは新しい推しに会えるとウキウキしていたのが嘘のようだ。足が重く感じる。
「まあ、入学早々にそんな危険な事は起こらないかな……。」
私は意を決して正門をくぐる。
「あなたがあのヴェルディ伯爵家の娘ね。」
学園の前庭に入ったところで声をかけられた。私はくるりと声の主の方へ身体を向ける。
「ご両親の事業が上手くいっているからって調子に乗らないでくださる?」
四人組の女の子たちである。
「まあ、両親を褒めていただきありがとうございます。でも、調子に乗ったつもりは……。」
心当たりのない言葉に私は手を口元に当ててわざとらしく首を傾げる。
「新年のパーティーで王太子殿下とお話しされていた上に、エリオット様とも親しくされていたとか。」
エリオットって誰だろうか……と考えてみたものの、あの会場でお兄様以外と口を聞いたのは、アーサーと新しい推しの二人だけだ。と言う事は、新しい推しがエリオットで間違いないだろう。
「おかしいですね。エリオット様とお話ししたのは中庭だけだったように思うのですが……。苦しまれていたエリオット様を介抱した時だけ、です。まさか遠巻きにご覧になられていたのですか? もしかして、あなた方がエリオット様に……。」
私は両手を口の前に広げて大袈裟に驚いてみせる。四人の女の子たちは顔が真っ青だ。図星だったのだろう。
「ははっ、お前は可愛げがないな。せっかく様子を見に来てやったのに助けるどころか、相手を追い込んでいるとは。」
背後から失礼な声が聞こえた。振り返ってみたら、やはりルカスである。
「失礼ね。伯爵家の使用人たちの間では、なかなかの美人だと言われているわ。」
頬を膨らませて抗議する。私はおそらくこの世界のヒロインである。可愛くない訳がないのだ。
「………………世辞だ。」
ルカスはたっぷりと間をとってそう言った。なんでタメる必要があった。……ひどい。
「やあ、さすが飛ぶ鳥を落とす勢いのヴェルディ伯爵家のご令嬢。従者の格も桁違いだね。」
穏やかな聞き覚えのある声に私はホッとする。新年のパーティーでお兄様が紹介してくれたアーサーだ。
「アーサー殿下、おはようございます。」
私はニコリと微笑みあいさつを返す。
しかし今の一瞬で従者の格が分かるような場面が……あった。あったわ。寮に向かったはずのルカスが突然現れたのだ。転移魔法でも使ったに違いない。馬鹿なの、入学早々に目立ちすぎよ。そんな思いを込めて私はルカスをジト目で見上げる。
「ふん。」
ルカスはアーサーに挨拶をすることもなくそっぽを向いてしまった。
「こら、ルカス。申し訳ございません。」
ルカスは従者スタイルのため、話し方や呼び方も打ち合わせ済みだ。それにしても態度が酷すぎる。
「おはよう、リディア嬢。今日も美しいね。」
アーサーは眉を下げて笑う。
「あれ、さっきのご令嬢たちは……。」
私はキョロキョロと周りを見渡す。先ほどまでここにいた彼女たちが跡形もなく消え去っている。
「リディア嬢の従者を見た瞬間、一目散に逃げていったよ。」
アーサーは先ほどの女の子たちが走って行った方に視線を向ける。
「あー。せっかくお友だちになれると思ったのに。」
私はがっくりと肩を落とす。確かにルカスは見た目が怖い。イケメンというアドバンテージを覆すほどの迫力がある。私も初見では全速力で逃げたものだ。転移魔法で突然現れたとなれば尚更怖い。
「お前の目は節穴か。どこに友人になれる要素があった。」
そして口も悪い。
「だって校門をくぐって初めてお声がけいただいた方々なのよ。誤解が解ければきっと仲良くなれるわ。」
リディアはニコリと微笑む。
「うん……そうなるといいね。」
アーサーは苦笑いだ。
「さあ、新入生はもう集合の時間ではないかな? リディア嬢は講堂へ行っておいで。」
アーサーはそう言って私の背中をポンと軽く押し出す。
「あ、そうだった。ありがとうございます!」
私は慌てて講堂へ向かって走り出す。あまりのんびりしている時間はなかった。
「おっと、君はちょっと待って。」
私の後を追いかけようとしたルカスをアーサーが捕まえる。
「さて、君はどうしたものかな…………兎に角大きすぎるね。」
アーサーも別に小さいわけではないが、ルカスが大きすぎた。ルカスと目を合わせるためにはアーサーですら見上げなければならない。
「取り敢えず、ここは目立ちすぎる。こっちへ。」
ここはまだ校舎前の前庭である。その場にいた生徒はすでにほぼいなくなっているが、校舎からの在校生の視線が集まってしまった。
「おい、何だよ。こんな事は今までなかっただろう。」
アーサーは自分よりも大柄なルカスに臆することなく、腕を掴んでぐいぐいと引っ張る。
「ちょっと何言ってるか分からないな。」
アーサーはチラリと後ろを振り返り、ふわりと微笑んで校舎内へと入っていった。




