6.回帰している記憶があるのですか
ケーキを無事に食べ終わった頃、私はようやく落ち着きを取り戻した。やはり我々には認識阻害の魔法がかかっていたようで、ルカスは自分と私にもキラキラをかけてそれを無効化していた。
「じゃあ、そろそろ挨拶に行くか。」
「誰に?」
「はあ? お前の親に決まってんだろ。お前の脳みそは飾りか。」
とにかく口が悪すぎる。この美しい唇から発せられているのが信じられない。
「…………もう家出して、学園にも行かないでおこうかな。そしたら命の危険もないし、別にルカスに『お願い』しなくてもいいよね。」
私は屋敷とは反対側に歩き出す。死亡を回避するには本当はそれが一番いいだろう。まあもう無理だと思うが………なんせ入学式は明日なのだ。
「いや、待て。すまなかった。一ミリだけ俺の言い方が悪かった。」
しかしルカスは私のハッタリに焦ったようで慌てて謝ってきた。この口の悪さのまま学園に連れて行くことは恐怖以外の何者でもないため、そういう選択肢もあることを示せたのは良かったと思う。まあ多分逃げれないと思うけど。
ルカスを連れて屋敷の中に入っていくと、使用人たちは皆驚く………と思ったのだが誰も驚かない。
「お帰りなさいませ、リディアお嬢様。ルカス様。」
それどころか執事は名前まで知っている様子だ。私はギョッとしてルカスを見上げる。
「これくらい朝飯前なんだよ。」
「まさか精神魔法使ってないわよね。」
「はっ。そんな面倒なことはしていない。『俺はルカスだ』って示してるだけだ。」
何だその魔法は。
ルカスは自慢げな表情でリディアの前を歩き始めた。
「ちょっと……。」
初めて入ったはずの屋敷を堂々と歩くルカス。そしてその足取りは迷うことなく父の執務室に向かっている。
トントントン。
「失礼します。」
「やあ、ルカス。そろそろ来る頃だと思っていたよ。」
娘よりも先にルカスに声をかける父。怖い。ルカスの表情を確認するとドヤ顔で私を見下ろしている。
「リディアもお帰り。今回も無事にルカスに出会えたんだね。良かったよ。」
父から発されれた衝撃の言葉に私は全身が凍りつく。そしてギギギギギ……と壊れたロボットのようにゆっくりと父の方に向き直る。
「お父様………?」
父は眉を下げて困ったような情けなさそうな悲しそうな何とも言えない表情をしていた。
「………回帰している……記憶があるのですか?」
驚きのあまりうまく声が出ない……。
「そうだよ。」
お父様はゆっくりと頷いた。
「今のリディアには隠しておくことはできないと思ってね。」
回帰している記憶など、往々にして主人公だけが持ち越すものなのではないのか。主人公だけが毎回入れ替わって、周りの人たちだけ回帰前の記憶を持ち越すなんて奇妙過ぎる。
「じゃあ、屋敷の使用人たちは?」
私はルカスの方に向き直る。
「あれは本当に俺の魔法。」
ルカスは苦笑いだ。
「私は………何人目のリディアなの?」
「もう数え切れないな……。」
父は目を細めてリディアを見つめた後、ふいっと顔を逸らした。その瞬間顔が歪んだ気がする。泣きそうだったのかもしれない。
「皆んな、死んじゃったの?」
「………。」
隣にいるルカスを見上げて尋ねたが、何の返事も返ってこない。
「ルカス……。」
父は険しい表情でルカスを見る。
「すみません。喋りすぎました。」
そのやり取りだけで十分だった。リディアの言葉は肯定された。
「学園に行かない選択肢は?」
「そういう選択肢をしたリディアもいた。」
「その子は……?」
「逃げたその日に死んでしまった……。一番短命のリディアだった。」
逃げる選択肢はないと。
「行くしか……ないんだよ。」
ルカスは眉を顰めて俯く。先ほど私のハッタリで慌てたのは、私が逃げ出して死んでしまっては困るからだったのだ。多分逃げれないどころか、絶対に逃げられないことが確定した。
「ルカスのことは学園にも話を通してある。」
「回帰している記憶があるのは?」
「私たち家族とルカスだけだ。」
お母様とお兄様も知っていたのか……。
私はこの十五年間のことが走馬灯のように頭の中に浮かび上がる。三人とも私のことをとても大切に育ててくれた。もう何回目かも分からなくなるほど繰り返しているというのに。そして最後に待っているのは必ずリディアの死。辛い。三人はどんな気持ちで私と向き合ってくれていたのだろう。毎回中身の違うリディアに。毎回死に向かうリディアに。
「……分かりました。」
「リディア……。」
悲痛な面持ちで私を見つめるお父様。私は大切な家族に二度とこんな顔はさせたくない。私が終わらせたい。このホラーのような何かしらの物語の世界を。
「十五年間大切に育てていただき、ありがとうございました。明日、私はソピアグノーシス学園に入学します。」
何とか笑顔でそう言い切ると、次はルカスを見上げる。
「ルカス様、よろしくお願いします。」
「……ああ。」
ルイスは目を細めて頷いた。
翌日、私たちはソピアグノーシス学園に向けて出発した。命をかけたデスゲームの会場へ………。え、違う? でも私、リディアにとってはそれ以外の何ものでもない。




