60. 生贄として
「やはりキャンベル公爵家の………………クトゥルフか。」
「やめろ! 思い出したくもない! 私の身体の中にあの悍ましい魔物が潜んでいると思うと吐き気がする!」
「クトゥルフ?」
「もともとはキャンベル公爵家が海の祠に封印していた魔物だ。俺が封印される直前、クトゥルフの封印が解かれたという知らせが入っていた。もちろん俺が対処に向かう予定だったが、俺の方が本の中に封印されてしまったからな。」
「それでローガン先生が………。」
だんだんと話が見えてきた。
「アナベルが不在で私が行くしかなかった。そして、私一人でどうにか出来るレベルの魔物ではないことも分かりきっていたのに! それでも奴らは私を生贄として魔物の前に突き出したんだ!」
そしてやはり、先生はこの話をルカスに聞かせたかったのだと思う。
「海の祠は老朽していて使えない。トドメを刺すほどの力なはい。残された道は自身の身体に魔物を封印することだけだった、と。……………それでも、クトゥルフを百年も身体に留めておいたことは賞賛に値する。」
「はっ! 君に褒められても嬉しくも何ともない。君なら簡単に息の根を止められていたのだから。そして私は使い捨ての祠として使われたんだ。」
先生の話が本当だとするならば、ほんの少しだけ可哀想だと思う。ただし、先にルカスが言ったように情状酌量の余地はない。それに…………。
「………………キャンベル公爵家の滅亡とクトゥルフの事件は何か関係があるのかしら?」
キャンベル公爵家の滅亡も百年前だと聞いている。
「おおよそ、クトゥルフの封印が解けた責任でも負わされたんだろう。俺の存在もわざと隠したなんて噂が経てば、反逆罪として捕えられるのには十分すぎる理由だ。」
「…………………。」
しばらく饒舌に話していたローガン先生の言葉が止まる。その沈黙が答えだろう。
ルカスの声は落ち着いていた。とても穏やかだった。しかし彼の肩はかすかに震えている。それは悲しみによるものなのか……それとも怒り……………。
「…………はははははははははははは。」
「え?」
「は?」
ルカスは笑った。可笑しくて肩が震えていたらしい。そんな事あるだろうか。今の話題のどこに笑う要素があったのか。ローガンまで困惑の表情を浮かべている。
「くだらない。バカじゃないのかお前。そんな大事にしておいて、今更自分の身体からクトゥルフが出てくる恐怖で何度も、何十回も時間を巻き戻しているというのか。本当にくだらない。」
「笑うな! 自分の身体を壊してあの怪物が国に放たれるんだ。恐怖以外の何物でもない!」
ローガンは再び激昂する。
「それは自分が死ぬ恐怖も、自分が怪物を抑えきれなかったっていう罪を被る恐怖も、ってことかしら。」
この人は何て自分勝手なのだろう。身体が蝕まれる苦痛も、死にゆく恐怖も、私には自分の事のように共感できる。しかし、関係ない人を何人も巻き込んで、人を殺め、未来を奪う事に関しては全く共感できない。
「それは………。」
「本当はもう分かっているんじゃないのか。この学園の生徒たちもそうだが、今の魔法使いたちは俺たちが現役でいた時よりも数段レベルが高くなっている。クトゥルフが今更出てきたところで大した恐怖じゃないだろう。お前は自分の死の恐怖を、それらしい理由の中に隠しているだけだ。」
「うるさい! 黙れ!」
ローガンは突然、中央の台座に向かって走り出した。図星をつかれて、もう何も言い返せなくなったのだろう。言いたい事も言い切ったのかもしれない。
「まずいな。」
言葉とは裏腹に落ち着いた様子のルカス。
「う…………。」
その時、中央の台座の布の中から小さな呻き声が聞こえた。
「なぜ! 確かに生き絶えていたはず!」
焦りながら両手を前に構え、魔法を唱えるローガン。
「遅い!」
「お前、贄の人選が悪すぎるな。そいつは絶対に選んではいけない奴だ。」
ルカスがそう言った瞬間には、ローガンの両肘の下から先が彼の身体からプスリと離れていった。
「ぎゃーーーーーーー!」
驚いて叫び、無いはずの両手を凝視するローガン。私が放った氷の刃で切り落としたのだ。
「他の誰が贄でも許すつもりはなかったけれど、エリオットは私の大事なお友だち。そして未来の同僚よ!」
あの小さな呻き声一つでも、顔が見えなくても、絶対に間違えるわけがない。私の大切な推しだ。
「ぐああああーーーーーーーー!」
ローガン先生は風魔法で台座の近くから吹き飛ばされ、グシャリと音がして屋上の床に叩きつけられる。もちろん私が放った魔法だ。
「えげつないな。魔物が中に入っているが、あいつは人間だ。」
「いいえ。あの人は魔物よ。これまでのミッションに関係している魔物たちには全てうっすらとあの人の魔力が残っていたわ。」
「………魔力の見分けができるようになったのは最近じゃなかったのか?」
「私は物凄く記憶力がいいのよ。その時は意味のわからない情報も、頭の中に残っていれば後から判別できる。」
「………。」
ルカスは疑わしげな表情でこちらを見ているが、嘘は言っていない。直接的な介入があったかどうかは分からないが、何らかの関与があった事は確かだ。
「大量殺人犯に情けは必要ないはずよ。」
「情けは必要ないが、あいつの身体が崩れたら………。」
私はハッとして床にぐったりと倒れているローガンを見る。
「嘘………。」
彼の体の中から、ズズズ………っと気味の悪い魔力が這いずり出てきたからだ。
Last ミッション
クトゥルフを撃破せよ




