61.最後のミッション
「校舎の上で水属性の魔物と戦うなんて、苦手中の苦手なんだけど。」
「まあ、そういうな。流石に最後のミッションだろう。」
今日は何を隠そう、卒業式の前の日なのだ。私が死ぬと回帰が起こる。だが死ななかった世界線を私もルカスも知らなかったため、卒業の日まで神経を張り巡らせていたのだ。ローガンがこの悪夢の根源であるのならば、まだ何かが起こる。私を殺せなければ3ーAの他の生徒が危ないかもしれない、とクラスメイト全体に保護魔法と、攻撃を受けた時に一時的に仮死状態にする魔法をかけていた。……………もちろんルカスが。私には到底できない。出来たとしても、一人二人が限界だ。
抜け殻となったローガンの身体はピクリとも動かなくなった。完全に力尽きてしまったようだ。その身体から出てきたとは信じられないほどの巨体が、屋上の上にウヨウヨと蠢いている。グロテスクな海洋生物のような見た目、てらてらと滑りを感じる皮膚に肌が粟立つ。
「だから…………何でこんなに醜悪な見た目をしているのよ、この世界の魔物は!」
そう言いながら、校舎に燃え移らない程度の炎魔法を打ち込んでみる。
「…………。」
「そ、そんな目で見なくても、今のは試し打ちよ!」
もちろんびくともしなかった。ルカスの目が怖い。
例に漏れずクトゥルフも精神魔法を操る魔物だはと思うが、ルカスの保護魔法のおかげなのか特に何も違和感はない。触手のようなもので私の身体を掴みにきたが、氷の刃で切り刻む。しかし新しい触手がすぐにズボっと生え変わってきた。
「これじゃ、キリがないわね。」
顔のようなものが一応はあるが、アレが急所かどうかも分からない。私は両腕を空にかざす。
「こんな日のためにずっと準備してきたんだから。」
得意の炎魔法が効かない水属性の敵に対峙した時、最も効果的であろう魔法は………。
「雷魔法一択よね。」
ズドーーーーーーン!
巨大な柱のような稲妻がクトゥルフの巨体に落ちた。クトゥルフの全身がビリビリと光り、真っ黒になって黒い霧のように散り散りになる。そして、跡形もなく飛んでいってしまった。
「あー、俺は知らないからな。」
「………嘘………でしょ……。」
黒い霧が消えると、そこには大きな大きな穴が空いた…………校舎が現れた。なんと、卒業式の前日に退学になる可能性が出てきてしまった。
「もう少し手加減できないのか。」
「そんな器用な事、できるわけないでしょ!」
あんなに巨大で強い魔物に対峙したことはないのだ。そしてこんなに大きな雷魔法も打ったことがない。
「どうしよう……どうしよう………どうしよう………。」
私は涙目になりながら、とにかく誰も巻き込んでいないことを祈る。
「うーーーーん。あれ、何で私、こんな所に寝てるのか……って、どうしたのこれ?」
絶妙なタイミングで目を覚ましたエリオット。
「ご無事で何よりです、エリオット。」
私は半泣きのまま声をかける。
「もう少し早く起きていたら、証人になってもらえたのにな。」
ルカスは肩をすくめながら大きな穴を覗き込む。
「え、もしかしてリディアがやったの? すごい魔力だね、本当に。頼りになるよ。」
ふわりと微笑んだエリオットを見て、力が抜けた私はヘナヘナと床に座り込む。
Last ミッション
クトゥルフを撃破せよ クリア
「安心しろ、誰も巻き込んではいないようだ。アナベルにも俺から説明しておいてやるよ。」
ルカスは私の元に戻ってきて、当たり前のように抱き上げる。
「ほ、本当に!」
「ああ。ま、大丈夫だろう。」
「神様、ルカス様、大魔法使い様!」
私はルカスの首元に抱きつく。
「何だそれは。」
盛大にため息をついたルカスはエリオットが座っている台座に近づく。
「エリオットは自分で歩けるな。」
「えー、私も歩けそうにないから一緒に抱き上げて……」
エリオットがそこまで言ったところで、彼が座っていた台座が燃え上がった。
「わあ、うそうそ、冗談だよ。」
慌てて飛び降りるエリオット。
「保護魔法がかかっている、怪我はしていないはずだ。」
吐き捨てるように言ったルカスはエリオットを置いて先に歩き出してしまった。
「待ってよ、ルカス。君が守ってくれたの? ありがとう。」
「ふん、お前だけを守っていたんじゃない。クラス全体に保護魔法をかけていたんだ。」
「そうなの? やっぱり君たちすごいよね。」
そう言ってエリオットは眉を下げて笑った。
翌朝、私は何とか卒業することができた。ルカスがアナベル学長と交渉してくれたらしい。私が校舎を壊したことを不問にする代わり、ルカスがスピアグノーシス学園で働くことになったそうだ。何それ、どういうこと?と思ったが、元々そういう打診を受けていたらしい。三年になる前の春季休暇で盗み聞きした二人の話はこの事だったようだ。
「卒業おめでとう、リディ。」
「ありがとう、ルカス。」
三年前は一人で通った正門を、今度はルカスと二人で通って学園を後にした。
ピコンッ。
Happy END
ルカスルート
「でもあの人、本当にすごい魔法使いだったのよね。時間を巻き戻すなんて普通の人には使えない魔法だわ。」
三年ぶりのヴェルディ邸への帰り道、馬車の中でルカスとローガンについての会話になった。
「闇魔法だからな。本来は禁忌とされている。しかし、呪いを操るクトゥルフを身体に取り込んでいるとはいえ、何十回も数年単位で時間を巻き戻すのは簡単な事じゃない。贄になったリディアたちのためにも褒められた事ではないが、すごい魔法使いだった事は間違いない。」
「そう思うと神様のやる事って残酷よね。」
「どういう事だ。」
「神様がルカスを本に閉じ込めなければ、あの人はクトゥルフと対峙して身体に取り込む事も、呪いを受ける事もなかった。」
「まあ、そうだな。」
「そして、贄を使って時間を待ち戻す事もなかったのよね。本当にルカスが本に閉じ込めなければ、この物語は始まる事もなかったんだわ。」
これまで犠牲になり続けたリディアや他の生徒たち、彼らはもちろんこの物語の犠牲者である事は紛れもない事実なのだが、ローガンもこの物語の被害者の一人なのだろうと思う。
キューーーーー。
「あれ? 今、キューちゃんの声しなかった?」
「いや、気のせいだろ。ちゃんと学園の森で別れを言ってきたんだ。本契約も結んでいない魔物がこんなところまで来るはず…………。」
窓から馬車の外を確認したルカスは、顔を引き攣らせ、次の言葉が出てこなくなってしまったのだった。




