57. 前向きにな
「あら、何かしら?」
部屋に入るとメールボックスに何やら重要そうな封書が届いていた。手に取って、くるりと裏返してみる。封蝋に押された紋章から、物々しい雰囲気は伝わってくるものの、世間知らずな私にはどこから送られてきたものなのか見当もつかない。寮母さんのチェックを通ってきて部屋まで届けられているはずなので、怪しい手紙であるはずわないのだが。
「嫌な予感がす……」
「王城からだな。」
「ルカスッ!」
突然頭の上から声がしたため、私は驚いて飛び跳ねてしまった。
「った! 」
「ーーーっ。」
私の頭がルカスの顎にぶつかり、お互いに大ダメージを喰らった。ルカスは顎を押さえ、私は頭を押さえて蹲る。ちなみに、頭の上にルカスの頭があったという事は、おそらく従者スタイルのルカスだろう。確認する余裕ないけど。
「リディ、ふざけるなよ。」
「ご、ごめんなさい……。」
驚かせたルカスもちょっとだけ悪いと思うのだけど。
「外務省からだな。外交官、我が国の対外的な広報として働いてほしいと書いてある。」
双方、痛みから復活して先程の手紙を開けてみる事にした。
「内定通知書って書いてあるように見えるのだけど。」
「ああ、そうだ。冒頭に目立つように書いてあるな。」
ソファに横並びで腰をかけ、ルカスと一緒に手紙を確認している。というか、達筆すぎて半分くらい読めなかったので、ルカスに解読をお願いしたのだ。手紙は相手に伝わるように書きなさいよ。
「私、願書なんて出していないのに。」
私は頭を抱えながら涙目で続きを確認する。
「既に春の運動会で目をつけられていたんだろう。『収穫祭』でのリディの戦闘力を確認して、即この手紙を送りつけた。まあ俺でもそうする。」
「拒否権は?」
「なくはないが、なぜ断る?」
「それは……。」
「それは?」
ルカスは首を傾げて私の次の言葉を促す。
しかし続く言葉が出てこなくなってしまった。ヴェルディ商会にはお兄様がいる。私が戻る必要などこれっぽっちもない。魔法付与の才能もなく、開発にも携われないだろう。それに引き換え、外務省はわたしの魔法の能力を認め、それを必要としてくれているのだ。
「ルカスは私が外交官になれると思う?」
「ああ、絶対になれる。」
ノータイムで返事を返すルカス。
「何でそんな事が言い切れるの?」
私の事であるが、なぜルカスが自信満々に言い切れるのか。首を傾げて聞き返す。
「お前の才能があれば、簡単な仕事だ。」
ルカスは肩をすくめて何でもないことのように答えた。
「意外ね。まさかルカスが私の魔法の才能を認めてくれていたなんて。」
「…………誰がお前に魔法の才能があると言った。」
ルカスはため息を吐きながら首を横に振る。
「えっ? だって才能があれば……って。」
「リディの『努力の才能』があれば、という意味だ。」
「努力の、才能?」
私は傾げていた首を更に捻って質問を続ける。
「俺はリディほど努力を続ける人間を見た事がない。そこまでくれば、それはもう才能だ。お前ならきっと外交官だって務まるだろう。まあ、魔法の才能もなくはない。」
「ルカス……。」
目の前のルカスががぼやけてくる。『努力の才能』と聞いて、最初ちょっとだけがっかりしたが、そんな風に言ってもらえるのは嬉しい。
「あ、ちなみに魔法付与のセンスは皆無だ。ヴェルディ商会だけは絶対にやめておけ。足手纏いにしかならん。」
「…………。」
ちなむなよ。感動が飛んでいったよ。
「まあ取り敢えず、ルカスはヴェルディ商会には戻らないでほしいって事ね。」
「………そうは言ってない。」
気まずそうに視線を逸らすルカス。冗談で言ったのだが、もしかしたらそういう気持ちも少しはあるのかもしれない。
「……………運動会の演舞の時。リディが物凄く楽しそうに見えた。それを仕事に出来れば幸せなんじゃないかと思った。」
「え?」
ルカスがめちゃくちゃ小さな声で呟いた。しかし、空耳ではなさそうだ。私は驚いて視線の合わないルカスの方に向き直る。
「それに、前世も今世も屋敷に閉じこもっていたリディに、外の世界を見てきてほしい。」
「ええ?」
「そして、ここが現実世界だって事を分かってほしい。」
「えええっ! どうしたのルカス?」
普段のルカスであれば言わなさそうな言葉が三連発で出てきたため、私は耳を疑った。
「別に………思った事を言っただけだ。」
「思った事……。」
ルカスは私の事をずっと見守り、こんなにも真剣に考えてくれていたのだ。
「ありがとう、ルカス。外交官の事、前向きに考えてみるね。」
「ああ。」
ルカスは適当な返事を返すと、ソファを立ち上がり部屋の扉に向かって歩いていく。
「おやすみ、ルカス。」
「ああ、おやすみ。」
もう帰るんだろうと別れの挨拶をしてみたが、返事が返ってきただけでルカスは部屋から出て行こうとはしない。
「どうしたの、ルカス?」
今日のルカスは本当に変だ。
「この世界が現実世界だって分かったら、俺の事も現実の人間だと認識してほしい。俺の事を真剣に考えてほしい。」
「え?」
思ってもみない返事が返ってきたため、私は上手く理解する事が出来ない。
「どういう意味かしら? 難しすぎるわ。」
「俺と、結婚してほしい。」
ルカスから食い気味にその言葉の説明を受ける。予想外すぎた、その答え。
「…………………ちょっと、考えさせてもらえるかしら。」
「前向きにな。」
「ええ、そうね。」
なる早で前向きに検討すべき大きな問題が二つもできてしまった。意味が分からなかろうが、適当に微笑んでおけばよかった。明確に言い直させてしまったため、逃げる術もない。
「また、明日。」
そう言ったルカスの声は今まで聞いた中で一番優しい声色をしていた。残念ながら扉の方を向いていたため、ルカスがどんな表情をしていたのか、確認する事はできなかった。




