52.誰も死なせねえよ
「ルカス?」
驚愕の表情を浮かべて固まったままのルカスに声をかける。
「………お前は俺の領域に近づき過ぎている。それじゃあ俺の存在意義がないだろう。」
私は今、何だか意味の分からない怒られ方をされている。それっていい事なんじゃなくて?
「それだけの能力があれば、夏季休暇の間中ラミアを探し回る事も無かったのにな。」
「懐かしいわね…………って大昔の話、しないでくれる? 今、それどころじゃないのよ。」
私は今迷っている。元凶を叩かなければ、無限に魔物が生み出されてこの国中が魔物で埋め尽くされるかもしれない。しかし、元凶を倒しに行ってしまえば、今こちらに向かっている無数の魔物たちが3-Aのクラスメイトに襲いかかってしまうかもしれない。どちらが正解なのかは正直分からない。
「私にはここに保護魔法をかけたまま戦いに行く力はない。でも………。」
「何でそんなに難しく考えるんだ? ここに来た魔物たちはここにいる奴らに任せれば良いんじゃないのか? それともあいつらを信用できないのか?」
「それは………。」
本当は分かっている。私が彼らを守ろうなんて烏滸がましい事を。彼らは素晴らしい魔法使いたちだ。私なんていなくてもきっと魔物には負けない筈だ。
それでもやはり躊躇ってしまうのは、私が誰かを失う事に慣れていないせいかもしれない。自分が死ぬ事には慣れているくせに……。私は前世から数えても、大切な人を失った経験は一度もない。だから、それが何よりも怖い。国中が魔物に占領されるよりも。
「誰が誰の心配をしている!」
頭を抱えたまま固まっている私に、地上から大きな声がかけられた。
「レオ!」
私はすぐに地上に降りてレオの元に駆け寄る。
「本物の落ちこぼれはリディアだけだよねー。」
「リディア様、ここは私たちにお任せ下さい。」
レオの隣にはセオドア、クロエが並んでいる。
「皆んな……どうして………。」
皆がテントに入り、寝静まったと思った頃を見計らって出て来たのだ。それが何故だか全員集合してしまっている。
「リディア嬢の様子がおかしいのなんて、私たちにはバレバレだよ。」
もちろんエリオットも。いつも通りの笑顔でレオのセオドアとは反対側の隣に立つ。
「私たちの事、そんなに信用できないかな?」
「そんな事ある訳ないわ!」
エリオットの問いに、私は間髪入れずに答える。絶対にそんな事はない。
「じゃあ僕たちに任せてくれないかなー、ココ。」
「私たちなら大丈夫です!」
「誰も死なせねえよ。約束する。」
「皆んな………。」
四人の顔を見て、私は両手をぎゅっと握り込む。
「ルカス、いきましょう!」
ひらりと身を翻して、渓谷の向こうに聳え立つ高い山を睨みつける。
「ここは頼みます!」
振り返る事なく、大きな声で叫ぶと大勢の返事が返って来た。おそらく3-A全員が戦闘体制を整えてくれているのだと思う。その声を聞いて、私たちは再び空へと飛び上がった。
「心強い仲間がいたもんだな。」
「ええ。」
「何人か拾って行かなくていいのか?」
「いけるわ。大丈夫。」
元凶だけを相手にするのであれば、何とかやれるはず。私は大きく頷いて先を急ぐ。
キューーーー!
突然私たちの更に上空に大きな影が現れて、月明かりが遮られる。
「え?」
「何だ!」
私とルカスは同時に上空を見上げる。
「キューちゃん!」
「キューちゃん?」
そこにいたのは、二年の運動会でパートナーを組んだあのグリフィンだった。その後も何かと会いに来てくれるグリフィンが可愛すぎて、ついに名前をつけてしまった。キューキューと鳴いて甘える姿が大好きで、思わずきゅうりの漬物のような名前を付けてしまった。が、本人は名前で呼ばれて嬉しそうなのでそのままにしている。
キューちゃんは当たり前のように私を背中に乗せて飛び始めた。
「随分と懐いているな。」
「ふふっ、そうでしょう? 慣れない浮遊魔法で飛ぶより、乗せてもらった方が早いわね。ありがとう、キューちゃん。」
そう言いながら頭を撫でると、嬉しそうに目を細める。
「ルカスも乗せてもらう?」
キーーーー!
キューちゃんが威嚇した。
「キラーエイプか………俺は自力で飛んでも追いつける。このまま行くぞ。」
「その方が平和そうね。今度こそ、行きましょう。」
キューーーーー!
グリフィンのキューちゃんを仲間にした私たちは、移動速度を上げて山の頂上付近を目指す。目下にはウゴウゴと魔物らしき大群が蠢いているが、これを相手にしていてはキリがない。皆を信じると決めた以上進むしかないのだ。
「あそこね。」
「山頂に降りるぞ。」
ガサガサッ、ガサガサガサ………ザザザザ。
「何だ、これは………。」
生い茂る木々を避けながら山の頂上に降り立つと、そこには何かの祠と思われるような建造物が建てられていた。
「何か……は分からないけれど、どう見ても破壊されているわよね。」
これが何かの神様を祀っている祠であれば、完全にその神様は怒っているはずだ。
これが何かを封印していた祠だとすれば、それはもう完全に自由を手にしているはずだ。
「やばい予感しか……しないわね。」
「………完全に同意する。」
ルカスが頷いたのを確認して、私はキューちゃんに向き直る。この壊れた建造物の中にはどう頑張ってもキューちゃんは入れなさそうなのだ。
「キューちゃんは戻って、セオたちを助けてあげてくれる?」
私と同じ二年にキューちゃんとペアを組んで射的競技に出場したのはセオドアだ。キューちゃんもきっと彼を覚えているはず。
キュー?
「完全に首を傾げているが。」
「………そうね。じゃあ……………私の仲間たちを助けにいってちょうだい。」
キューーーーー!
今度こそ意思の通じたキューちゃんは3ーAの野営陣に………多分、野営陣に飛び立っていった。
「無事に辿り着くといいな。」
「た、たぶん大丈夫よ。」
キューちゃんの姿が小さくなるのを確認した私とルカスは、目の前の『大規模に破壊された何か』の建造物の中に足を踏み入れたのだった。




