48. 楽しくやろー
「知ってた。知ってたわよ。もう本当に分かってた。私は卒業するまで、絶対にヴェルディ邸には帰れないんだわ!」
三年の夏季休暇三日目。今日も私は生徒会の教室に拘束されている。
「どうしたの、リディアー。なんか荒れてない? そんなに怒っていたらお肌に良くないよー。さあさあ、楽しくやろー。」
私は昨年のセオドアにそっくりそのままその台詞を返したい。あんなにも夏季休暇が潰れる事を嫌がっていたセオドアが、今年はめちゃくちゃテキパキと働いている。そして生徒会の皆んなに気を配りながら、荒れまくっている私の元へとやってきたのだ。
「どうしたもこうしたもないのよ!」
何なら『どうしたの』はこちらの台詞で、発言の主は昨年のセオドアとは全くの別人である。こっそりクロエに聞いてみたところ、「今年のコレが通常のセオドア様ですわ。昨年は予定外で立て続けに長期休暇が潰れてしまったから、あんなにも荒れていらっしゃったのよ。」との事だ。『二年の冬季休暇以降の長期休暇が全て生徒会の仕事で潰れる』という事は、セオドア自身、入学前から知っていたらしい。なるほど、人それぞれ色々な事情があるものだ。
「そろそろお兄様に会わないと元気がなくなってしまいますわ!」
学園生活は楽しいし、仲間も出来たし、新しい推しのエリオットもいるが、お兄様は別次元なのだ。二年半で一度しか会えていないのは流石に寂しい。運動会はスケジュールが合わず、今年も観に来られなかった事を詫びる手紙が届いていた。もうすぐ私の充電が切れる頃だと思う。ちなみに今年の運動会、観覧席で私の魔法演舞を観たお父様とお母様は泣きながら絶賛してくれていた。
「今年も収穫祭には来るんじゃないのか。」
ルカスが少し離れたところから声をかけた。私たちの話が聞こえていたらしい。
「今年は来てくれても、会える時間なんて無いじゃない。私たちは『収穫』してるんだから。」
そう、収穫祭はただの文化祭の異名ではない。一年、二年の生徒にとってはそうだったかもしれないが、三年の生徒たちは本当に収穫するのだ。しかも、私たちが収穫するのは農作物ではない。この世界で言うところの『収穫』とは…………増えすぎた魔物を間引く事を言うのだ。農作物を『収穫する』の『収穫』ではない、魔物を間引いて大きな『収穫を得る』の『収穫』だ。そして運動会同様、その様子を観るため多くの観客が学園にやってくる。そこで一年、二年の生徒たちは本物の『収穫祭』を観に来た人たちにさらに学園を楽しんでもらうためにお店を出しているというわけだ。本来のお祭りの出店と同じシステムだと思う。
「今年の会場はいつ頃決まるのかしら。」
クロエは頬に手を当てて首を傾げる。『収穫祭』の会場はその年に魔物が一番多い場所が選ばれる。学生相手に何とも鬼畜な行事だ、と思わなくもないが、魔物が多い=弱い魔物が群れている=強い魔物はいない、と言う考えらしい。今までに例外は一度もないという。確かに強い魔物がいれば、弱肉強食で弱い魔物の数が減り、その場所の相対数は減るはずだ。
「………。」
ルカスが黙っているところを見ると、やはり今年のミッションはココで与えられるのだと確信する。ミッションを関する話題が出た途端にルカスの口数が減るのだ。それにより逆にミッションの予想を立てやすいし、余計な事を聞いてしまって死ぬのも困るため、私としてもこれがベストな対応だと思っている。そして、次のミッションの事が頭の中に入ってきたため、私は少しだけ冷静さを取り戻した。いつまでも我儘を言っていても仕方がない。お兄様の元に戻るためにもこのまま無事に卒業するしか方法はないのだ。
「早く場所を決めてくれないと、予算が組めないんだよねー。」
セオドアは手に持ったペンをクルクルと回しながら書類を確認している。収穫祭の予算は、三年の遠征費の予算を先に決めて、残りを学園内のお祭りの予算に充てているらしい。
「聖夜祭の方を先に組んでしまう、というのはどうでしょうか。」
この学園の二学期にあたる夏休み明けには、収穫祭と聖夜祭と言う二大ビッグイベントが待ち構えているのだ。そして、聖夜祭は先生の手が全く入らないため、全て生徒会が仕切ることになっている。
「そうね、そうしましょう!」
クロエの提案に私が同意の声を上げ、皆が頷いたところで生徒会の扉を叩く音が聞こえた。
「はーい。どうぞー。」
セオドアがゆるい返事を返す。
「会議中にすまないね。収穫祭の場所が決まったのでそれを伝えに来たんだ。」
3-Aの担任であるローガン先生だ。いつも穏やかで授業も面白く、人気のある先生だ。
「ローガン先生、場所は何処に決まったんですか?」
一番扉に近い席に座っていた私が書類を受け取りに行く。
「アナベル学長とかなり揉めてしまってね。まあ結局は僕の推した場所に決まったよ。」
「スティーブ渓谷? 何処だったかしら?」
聞き覚えのない場所に私は首を傾げる。
「スティーブ渓谷だと?」
ルカスが慌てた様子で私の元に駆け寄る。
「アナベルは何処を推していたんだ?」
ルカスは眉を寄せて私が手に持っていた書類を奪い、ローガン先生に尋ねる。
「え? アナベル学長はインテンス火山を推していたよ。ただ、あそこだと噴火のリスクもあるからそれも考慮しないといけなくなるからね。」
「そうか……。」
ルカスはそれだけ言うと、書類を私に返して自分の席に戻った。その只事ではない様子に少しだけ不安を感じながらもローガン先生に笑顔でお礼を言う。
「時間がかかってしまって申し訳なかったが、予算組よろしく頼むよ。」
ローガン先生は片手を上げて退室していった。
「じゃあやっぱり収穫祭を先にやってしまおうかー。こっちは絶対に夏休み中にしないといけないしねー。」
「スティーブ渓谷だとそんなに距離もありませんから、去年の予算構成をほぼそのまま使えそうですわ。」
私もセオドアに書類を渡して自分の席に戻った。ルカス以外は別に様子はおかしくない。であれば特に危険な場所でもないのだろう。
「もしかして……今までとは違う場所になったって事かしら……。」
私は頭に浮かんだ事を誰にも聞こえない小さな声で呟く。
「おーい、リディア。ちゃんとメモ取ってるー?」
「へ?」
今は生徒会の予算会議中であった。そして、私は書記である。
「す、すみません! もう一度お願いします!」
収穫祭への不安は一旦頭の隅に追いやり、取り敢えず聞いた事をメモする作業を始めた。




